第04話 フィールドワーク・4
第01節 騎士王国からの脱出〔4/7〕
方角関係を問うと、騎士王国王都キャメロットを中心に、港町マーゲートは南南東、シャーウッドの森は北から北西にかけて広がっている。そして王都から東に馬車で一日程走れば既に海岸線が見える一方で、東側には大陸東部を中部から切り離す山脈が縦断している。
この立地条件を考えると、森を抜けてから東に転進し、海岸線沿いを南下するルートが最も合理的と判断出来る。
しかし、合理的であるが故に予想も出来るのが難点である。
抑、学院から北に針路を取ったのは、追手を攪乱することが目的の一つである。
莫迦正直に南に向かったら、マーゲートに着くまで撤退戦を続けることになる。キャメロン騎士王国の騎馬突撃には、俺は勿論シルヴィアさんも単身では抗し得ないだろう。ましてや非戦闘員を擁したままでは。また騎馬突撃をあしらえたとしても、昼夜を問わず間断なく戦闘が続けば、仮に無傷であったとしても体力と何より精神が持たない。挙句、そうして辿り着いたマーゲートもまた敵地。『光と雪の女王』号の入港までは敵地での籠城戦を強いられることになるのだ。
その為、一旦北に抜けた。これにより追捕の手とマーゲート方面への派遣戦力とに、王都からの戦力を二分出来る。そして北に向かうことで「北の別の港から船と合流するのかも」との疑念を抱かせることが出来、各港町に戦力を貼り付かせる必要が出てくる。
どちらにしてもマーゲート直前で一戦することは避けられないだろうが、二六時中戦い続けるのと、一戦でしかもシェイラが後方攪乱した上での戦闘に持ち込むのとでは、成功率の桁が違う。
だが、森を抜けた後針路を西に向けたのは、サリアから聞いた話が原因であった。
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「で、サリア。ビリィ塩湖というのはこの道で間違いないんだな?」
「確かにそうだけど。何で先の見えない逃避行の最中に観光旅行をするのかな、この主様は」
「観光じゃない。見に行きたいんだよ」
「観に行く。つまり観光じゃない」
はっきり言ってあきれられた。だが、今後を考えると是非とも寄っておきたいのだ。
けど、サリアの感想は周囲の総意でもあったようだ。
荷馬車の中で雪娘姫とくっころさん、それに侍女さんたちも、その眼差しに軽蔑の色を浮かべて俺を見ている。答えを知っているリリスは別としてシンディはそうではないことが、俺にとっては救いかもしれない。
とはいえ同じように考えていたのは、ワゴンの中の人間だけではなかった。騎士王国の追手も同様だったようで、ビリィの町に入ったとき、誰何の声はかからなかった。
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塩湖とは、地殻隆起によって川の水が堰き止められて出来た湖である。
堰き止められ、出口を失った川の水は、通常なら溢れ出して新たな川の流れを作る。しかし、流入量より蒸発量の方が大きいと、その川はその湖を終着点としてしまう。
川の水が蒸発すると、そこには水分に溶け込んだ様々なミネラル分だけが残る。それが鉱床になるのだ。
塩湖沿岸で得られる有名な鉱石は、当然岩塩がある。しかし、それ以外にも有用な鉱物が少なからず存在する。
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「背に腹は代えられない。リリス、手を貸してくれ」
「どの程度の助力が必要かの?」
「目標は岩塩とトロナだ。だけど岩塩は良く知られているから、露天鉱床に手を出したら面倒臭いことになる。目立たず効率的に採掘するには、どのあたりを攻めたら良いと思う?」
「金銀銅鉛錫鉄に白金ニッケルコバルトマンガンマグネシウムウランイリジウムリチウムと、色々採り放題だの。御屋形様の構想を鑑みたらボーキサイトあたりも狙えそうじゃな」
「前世から言われていたけど、塩湖は資源の宝庫だな」
「では湖の南側、元来の川の下流域から攻めるのが吉と思うのぉ」
「多謝」
リリスの助言に従い、塩湖の南岸に馬車を進める。この辺りは岩盤層が川の水による融解と塩湖となった後の風化の結果、岩盤が複雑に浸蝕され、不気味な風景を醸し出している。
「……この世のものとは思えないな」
「この世のものですよ、これもね。知らないだけです、世界はこんなにも広いんだってことを」
馬車を仕舞い、馬を曳き、岩で出来た森を暫く進むと、そこに鍾乳洞があった。
「じゃぁここから入るから」
「そろそろ説明してほしいのだけど? アレク君はここで何をしようというの?」
「幾つかの資源の採取をしたいと思っているのです、姫様」
「それは、今やらなきゃならないことなの?」
「多分、今でなきゃ出来ないことです」
「どうして?」
「人数が多いから、塩の備蓄が心許ないというのが一つ。海水から塩を生成しても良いけど、船の上ではそれも限度があります。またその他にも、ここでなければ採掘出来ない資源も少なからずあるんです」
「そんなモノがあるのか?」
「幸いにも、まだ知られていないようですけどね。
サリアならこう言えばわかるか?
トロナ鉱石はガラスの、ボーキサイトはアルミニウムの原料だ」
「流石にそれは、場違いな工芸品過ぎると思うけど」
「それ以前に、工業施設が無いからすぐには着手出来ないよ」
「……それって、施設があったらすぐに着手するって言っているような気がするけど?」
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さておき。
何だかんだ言っても、興味(好奇心)は隠せないようで。何人かは残って馬の番をしてほしかったのだが、全員がついてくることになった(馬はその辺の岩に縄で縛っておいた)。
「リリス。魔力濃度は?」
「それほど高くはない。迷宮ではなく、普通の鍾乳洞じゃな」
「けど普通の鍾乳洞もそれなりに危険だからね。
全員命綱を腰に巻いて」
命綱を巻くことで、誰かが足を滑らせても残り全員でその人を支えられる。子供の「電車ごっこ」みたいで見栄えは悪いが、これだけの人数がいるのなら意外に安全な方法である。
そうして石灰岩層の洞窟を抜けると、ちょっとした空間が広がっていた。
「地下水脈、か」
「然様。今来た道は、太古の昔はこの水脈の出口だったのやもしれぬの」
地下水を舐めてみると、塩辛くはない。
「ごく微量の塩分は溶け込んでおるじゃろうが、気にする程でもない。濾過と煮沸で対処出来るのぅ」
「ま、最悪は蒸留すれば良いんだし」
そんな話をしながら水を汲み、また周辺の岩盤にある鉱石(岩塩とトロナそれに石灰石)を〔振動破砕〕でtの単位で採取して、帰路に着いた。
ちなみに。俺はこの世界では博物学者をも名乗っているが、石英とトロナの区別をちゃんとつけられるかというと、不安がある。
しかし今回の場合はリリスがそれを教えてくれたので、混同せずに済んでいる。
けどそれって、当初の契約以上に俺に肩入れしていることだと、リリスは自覚しているのだろうか?
(2,998文字:2016/01/03初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/20 03:00掲載予定)
【注:トロナ鉱石他塩湖周辺での鉱石分布に関しては、山口大学工学部HP内コンテンツ「学術資料展示館:堆積鉱床」(http://www.msoc.eng.yamaguchi-u.ac.jp/collection/origin_17.php)を参照しています】
・ この世界のガラスは、所謂「石英ガラス」。水晶で作られている為、非常に高価です。
・ 地下水が塩辛くない、ということに関してですが、これは即ち生理食塩水濃度以下の塩分量でしかないという意味です。その為濾過と煮沸で塩分を除去出来る、のではなく、除去しなくても問題はない、という話になります。




