第02話 「生きる」
第01節 騎士王国からの脱出〔2/7〕
荷馬車の後部には、所謂蚕棚式寝台が二段四床ある。つまり、一床に二人寝れば8人寝れることになる。が。
「シンディとサリアは、ソファーの方を使って。
ルシル王女とシルヴィアさんは、ベッドの上段を一人一床。
アナさんたちは、下段二床を四人で使ってください。
俺とリリスは外。
それから見張りは俺とリリス、アナさんたちの6人でローテーション」
「王女様たちはともかく、あたしはしないで良いの?」
「申し訳ないけど、サリアにはまだ見張りを任せられない。これからおいおい、ね」
「……わかったわ」
◇◆◇ ◆◇◆
このような野営の場合、俺は後半の時間帯を選ぶことにしている。何故なら、「夜更かしをして、朝まで寝る」より「早朝に起きて、そのまま朝を迎える」方が大変だから。そういうのは俺や、睡眠が娯楽でしかないリリスの役目だろう。
けど、今回の野営では俺は、前半の時間帯を選ばせてもらった。それは、予感があったから。
「アレク君、ちょっと良い?」
「サリアか、来ると思ったよ」
そう。サリアが訪ねてくることが予想出来たから。
「ねぇアレク君。どうしてあの時、ディビッド教官たちを殺したの?」
「生かしておく理由が見つからなかったから」
サリアは多分、まだその手を血で染めたことが無い。
「あたしの今生の父親は、野盗に殺されたわ。
母と二人で生きていく為には、異世界知識に頼らざるを得なかった。
やがてあたしのことが、ある豪商に知られてね。あたしたちの身元保証人になることの条件として、母はその商人の妾になったの。
あたしは地球の、というか日本の価値観を持っているから、母がまるで娼婦のように見えたわ。凄く汚らしいモノのように思えた。だから、自立したかった。
前世の理科の実験でやったボルタ電池で電磁石を作って、方位磁針を作った。それと柑橘類での壊血病予防策を王様に献策して、今の立場を買ったの。
身分的には変わらずその商人の子供だけど、貴族の子弟と同列の立場で魔法学院に入って魔法を学び、卒業後はディビッド教官の弟子として宮廷魔術師に名を連ねる筈だった」
「俺を恨んでる、ってこと?」
「違う。けど、わからない。
あたし自身、自分が何に引っかかっているのかわからないから。
だから、取り敢えず答えを持っていそうな人に、ぶつけてみたかったの」
「……成程ね。大体わかった。
前世で、さ。『何故人を殺してはいけないのか?』という問いが流行したことがあったのを憶えてる?」
「有ったわね、そんなこと」
「それに対する秀逸な回答の一つに、こんなのがあったんだ。
『まずもってこの質問をする相手先が既に間違っている。
この質問の中で、「いけない」と言っているのは誰ですか?
倫理が「人を殺してはいけない」と言っているのであれば「倫理」に聞け。
宗教が「人を殺してはいけない」と言っているのであれば「宗教」に聞け。
法律が「人を殺してはいけない」と言っているのであれば「法律」に聞け。
いや。「いけない」と言っているのは私だ。
という事であれば「自分で考えろ」。』 」
この世界の法が禁じる殺人は、貴族に対するモノと町中で行われるモノだけ。つまり、「秩序を乱す行為」である殺人が、法で禁じられているのだ。
「兵士は自国の大義の為に戦い、敵を殺す。
騎士は主君と姫君の為に戦い、敵を殺す。
だけど、自国の大義が他国では邪悪としか呼びようがないことなんか幾らでもあるし、
神と正義の名のもとに暴虐の限りを尽くした十字軍という例もある。
なら、『正義』なんてものは自分を正当化する為の言い訳でしかないんじゃないか?」
「でも、『正しいこと』をしたいと思うことは、間違ってないんじゃない?」
「だから、その『正しいこと』をどこに求めるかが問題なんだ。
俺は今、フェルマールの騎士だ。
だけど、だからといって今日の決闘で騎士や魔術師を殺したことの責任を、ルシル王女に求めるつもりはない。
『王女の為』なんていう免罪符を掲げるつもりもない。
確かに、殺す必要は無かったかもしれない。
だが、殺さない理由もまた無かったんだ。
だから殺した。自分の意思で。
国の為でも王女の為でも正義の為でも無く、ただ俺がどうするかを考えて、そうすべきと判断して、そして自分で手を下した。
その結果、俺個人はこの国を敵に回した。それは俺がやったことに対するこの国の選択だ。
そしてそんな俺と行動を共にしてくれると言ったのは、ルシル王女の選択した答えだ。
皆、自分で考えて自分で答えを出した。そしてそれが齎したモノを受け入れた。それが、『生きる』ってことだ。
日本では、『生きて』いなくても、ただ流されるだけでも『生活する』だけなら何とかなった。
でも、ここでは『生きる』ことを拒絶するのなら、それは最早奴隷でしかない」
「そういえばアレク君、貴方はあたしが『この世界に生きているって言えるのか?』って聞いたよね。それは、そういう意味もあったんだ。
あたしは今まで、自分の意思で『生きて』いなかった。最初は商人の奴隷で、その次は王様の奴隷だった、ということだったのね。
多分あたしが自分で選んだのは、父親が死んだ時。母を支える為に知識を使うと決めた時だけだった」
「否、さっきの話だと、その商人の下から出ることも、自分で選んでいるよね。
ならサリアの問題は、選んだ結果安寧に辿り着くと、そこでもう選ぶことを止めてしまうことじゃないか?
『生きる』ことは『選ぶ』こと。なら、選び続けないと。一瞬も休まずに、ね」
「でも、今のあたしは奴隷だわ」
「だから? 【脱走紋】が浮かび上がって、出会う相手から人権無視して扱われる可能性があったとしても、ここを逃げ出すっていう選択肢だってあるよね。
サリアが今まで生きてきた証が確かに足跡として刻まれていれば、たとえサリアが〔脱走奴隷〕となっても庇ってくれる友人はいるだろうし、騎士王だってその権限を以てサリアの奴隷契約を解除するよう働きかけてくれるかもしれない。
極端な話、俺の奴隷が嫌なら自害するっていう選択肢だってあるんだ」
「……ほんっと、同じ前世の価値観を持ってるとは思えない。
アレク君は、真正この世界で生きているんだね」
「これまで色々あったからね」
「決めた。あたし、このままアレク君の奴隷で居続けるわ。少なくても自分の生き様を見つけられるまで」
「否、この奴隷契約は『無条件・無制限・無期限』だから、『いつまで』って奴隷の側から決めることは出来ないんだけど」
「あら? 選択肢があるって言ったのは、アレク君でしょ? その時になったら、アレク君を殺してでも自由を掴むわよ」
そう。それがこの世界で『生きる』ということ。
「でも今は、お願い。
まだ覚悟が出来てないから、夜伽の命令はしないでほしいな」
(2,992文字:2015/12/28初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/16 03:00掲載予定)
【注:作中の「何故人を殺してはいけないのか?」という問いに関する答えは、2ちゃんねるの書き込みであり回答者は不明です】
・ ちなみに、第四章第38話に於いて酸素欠乏症で倒れた騎士たちは、失神しただけです。またそのおかげで〔雷光〕の餌食にならずに済んでいます。




