第01話 自己紹介
第01節 騎士王国からの脱出〔1/7〕
俺たちは、フルマラソンと同程度のスピードで夕暮れまで走り続けた。
地面は舗装された道路ではなく、それどころか空も碌に見えない森の中。
シンディが使うスマホのコンパスアプリで進路を確認出来なければ、すぐに方角を見失っていただろう。
そして、夕暮れ時。適当に開けた場所を見つけて、俺たちは野営をすることにした。
「……って、アレクサンドルくん、野営をするってどうやって? あたしはそんな道具持ってないわよ?」
「心配ない。一通り揃っているから」
サリアの疑問にそう答えて、俺は〔無限収納〕の中から荷馬車を取り出した。
それを見たサリアが初めて奇術を目の当たりにした子供のような表情をしていたので、
「〔インベントリー〕ってどこに物を仕舞うんだと思う?」
ちょっと講義してみることにした。
「どこって、亜空間でしょ?」
「だから、亜空間ってどこにある?」
「ここじゃない、けど隣り合わせになっている空間……」
「改めて訊こう。それは、何処にある?」
「何処って……」
「地球の知識でモノを考えれば、“亜空間”なんてモノは、仮説の上に仮説を重ねてようやくその存在を仮定出来る、という程度でしかない。
魔法だから地球の科学でモノを考えるな、っていうのなら、はじめから“四次●ポケット”でもイメージするべきだったんじゃないか?
にもかかわらず、サリアはこの世界の“常識”に縛られて、倉庫か何かをイメージしたんじゃないか? だから〔インベントリー〕のサイズは、半身突っ込んで手の届く大きさしかない」
「確かに、そうかも」
「俺は、データとして記録している」
「え?」
「俺の脳裏には、この馬車は「ワゴン」の三文字しかない。タップすれば、更に詳細なデータを閲覧出来るけどね。大きさも重さも関係ない、ただの三文字。だからこそ、俺の〔インベントリー〕は字義通り『容量無限』なんだ」
「そんなこと――」
「考えたこともなかったろ? だけど、そう考えることが出来れば、同じことが出来る。
以前知り合った子供に同じことを教えたら、俺と同じような容量無限の〔インベントリー〕を作り出すことが出来たよ?」
「ほんとに?」
「あぁ。彼女は針子でね、モノの大きさや形を、データで記録することに慣れていたんだ。だから、〔インベントリー〕も同様にデータ化することに不自然さは無かったよ」
◇◆◇ ◆◇◆
「それで、さっきみたいなことになると手間だから、改めて自己紹介がてら色々話し合おうと思う」
「さっき?」
「侍女さんたちが、王女様の後ろに乗りたくないって言った件」
「否、乗りたくないのではなく――」
「わかっている。でも結果は同じ事だ。多分予定通りなら、明日には森を抜けられる筈だけど、言い換えれば明日も今日と同じペースで走ることになる。もし足で走ったら、ついてこれるか?」
「多分、無理です。でも――」
「ルシル王女。もし彼女が脱落したとして、その後王女は彼女無しで御自分のことを全部熟せますか?」
「えっと、頑張れば……、じゃないわね。うん、無理ね」
「つまり、貴女が脱落したら、王女が困ります。王女の為に、日中は王女の背中にしがみ付いていてください」
「はい……、ハイ!」
「そういう訳で、自己紹介。
まずは俺から。名前はアレク。騎士に叙任されたときにセレストグロウンという姓を戴いたけど、取り敢えずそれは忘れて。
侍女さんたちにとっては、力仕事を押し付けられる男手、くらいに思ってくれて構わない。貴族扱いもしなくて良い。
魔法属性は無属性。但し、現在属性魔法の殆ど全てを模倣出来るようになっている。あとは前世の記憶があり、それを利用したズルも幾つか」
「はぁ」
「それから猫獣人の奴隷『シェイラ』がいる」
「次は妾じゃな。妾の名はリリス・ショゴス。御屋形様の奴隷じゃ」
「え? ショゴス?」
「サリア。今サリアの感じたことが正解。リリスの名も、その種族名である『ショゴス』も、俺が名付けた。俺たちの知っている神話のショゴスと同一個体かどうかはわからないけど、同一次元で語られるべき存在であることは事実」
「なんでそんな邪神が、アンタの奴隷なのよ!」
「本人(?)が付いてくることを望んだから」
「じゃぁあのメイド服もアンタの趣味?」
「俺の記憶を転写した挙句、『ショゴスらしい』と本人が選んだ」
「エプロンドレスがショゴスらしい? ……って、それなんてテケリさん?」
「まぁそういう訳で、リリスは人間じゃない。だから、原則人間の諍いには関与しない。これは王女たちも憶えておいてください」
「わかったわ」
「シンディです。四分の一ですがドワーフの血が混じっています。
旦那様の専属鍛冶師をやっています。おかげで神聖金属ばかり打つようになっていますけど」
「サリアです。今日からアレクサンドルくんの奴隷になりました」
「アレクで良いって」
「じゃ、アレク君と呼ぶわ。一応水属性の魔法を得意としてます」
「水属性? 貴女は火属性と聞いていたけど……」
「それは多分、あたしの〔爆炎〕を見た人が勝手に勘違いしたんだと思います。
それから、アレク君と同じ前世を持っています」
「前世での知り合いだったの?」
「否」
「ルシルよ。フェルマールの王女だけど、アレク君と同じで今はそれを忘れてくれた方が有り難いかも。
属性は水、“氷雪”の二つ名を戴いているわ。もっとも、最近は誰かに“雪娘”呼ばわりされることの方が多いけど」
「シルヴィア。一応フェルマールの騎士だ。
そういえばサリア殿、教えてほしいことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「おそらくは貴女たちの前世の言葉だと思うんだが、『くっころ』って何なのだ? アレクが時々私のいないところで私のことをそう呼んでいるようなんだが」
サリアさん、堪えきれずに大爆笑。返事は出来ない模様です。
その他、ルシルたちの侍女四人(馬に乗れる侍女長アナ、王女の背に乗るなんてと謙虚なサーラ、シルヴィアの背に乗り豪胆なナナ、無表情マイペースなメラ)も自己紹介した。
(2,403文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2015/12/23初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/14 03:00掲載 2021/01/09脱字修正)
【注:「四次●ポケット」とは、〔藤子不二雄原作アニメ『ドラえもん』〕のドラえもんの秘密道具が入っている不思議なポケットのことです。
「テケリさん」は〔静川龍宗著『うちのメイドは不定形』PHP研究所スマッシュ文庫〕のヒロイン(?)です】




