第40話 脱出
第06節 騎士王国〔9/9〕
契約魔法は、契約に示された条件が成立した時に、その内容が履行される。
この場合、騎士王が自ら敗北を認めることで、サリアに対する奴隷契約が発動するのだ。
が、まだサリアの首に奴隷の首輪が付けられていない。つまりまだ、騎士王は敗北を認めていない、ということだ。
なら。
俺は、恐怖に震える騎士王を見据えながら、〔無限収納〕より5年前牛鬼を屠った大槍を取り出した。
そして大槍の先端から一直線に、【気流操作】によって真空の道を作り、その道を大槍が駆け抜けるように〔射出〕した。これぞ無属性魔法Lv.1【物体操作】派生02e.〔死翔の槍〕!
〔射出〕は空気抵抗を無視して等速で目標まで飛翔するが、空気抵抗を受けない訳では無い。が、空気抵抗が完全に0になるのなら、空気を引き裂く為に消費していた魔力も速度に回せる。加えて、俺の魔力も5年前の比ではない。
大槍は、音速にまで達した速度を伴い騎士王の傍らを通過し、城の尖塔に激突しこれを大破させた(大槍それ自体も、激突の衝撃に耐えられずバラバラに砕けたが)。
ここにきて、ついに騎士王の意気も砕けた。
サリアの首に奴隷の首輪が現れたのを見て、右手に顕現させた太刀『八咫』を再び〔無限収納〕に仕舞った。
「じゃぁサリア。行こうか」
晴れて俺の奴隷となった、サリアを連れて。
◇◆◇ ◆◇◆
ところで、今回の奴隷契約の内容は「無条件・無制限・無期限」である。騎士王は字義通りの意味で俺を隷属させたかったのだということが、これでわかる。
ところが、騎士王が敗者となったことで、サリアが俺の奴隷となった。この条件であれば、俺は文字通り、サリアに何をすることも許されるのだ。だけど今すべきは。
「サリア。学院に戻ったら私物を纏めて俺の部屋に来い」
「……畏まりました。あの、下着は新しいのに換えた方が良いですか?」
「何を考えているか簡単に想像出来るけど、服は動き易くて暖かいものを選べ。
今日中に学院を出るぞ」
「え?」
「まさか、あの決闘で全部終わりだと思ったか?
騎士王が復活し次第国の全軍を挙げて俺たちを討ちに来るだろうさ。
王宮騎士団が全滅しても、地方駐在の騎士団は残っているし、その他歩兵軍も海軍も健在だからね」
◇◆◇ ◆◇◆
学院の、俺達に宛がわれた部屋に戻ると、シェイラたちのみならず王女たちも来ていたので、事の次第を説明するのは一回で済んだ。
「そういう訳ですので、ルシル王女。今すぐ俺を馘にしてください」
「え?」
「今日の決闘騒ぎは、俺が勝手にやったこと。王女殿下に責はありません」
「……セレストグロウン卿。卿の言う通り、騎士が主君の意に反する行いをすることはありえません。ならばその決闘は、私の意に沿うたものであったということです。
アレク、貴方は私に累が及ばないように、と考えてそう言っていることはわかります。けれど、私は私の騎士を信じています。
それにね、これでも私、怒っているんです」
「え?」
「王女を無視してその騎士を勧誘する? それを断られたから決闘?
あまりにも莫迦にしています。
キャメロン騎士王国は、フェルマールに宣戦布告したも同然。こちらも相応の対処をすべきでしょう。
セレストグロウン卿。献策を」
「ルシル王女……、はい。
我々は直ちに学院を離れ、『光と雪の女王』号と合流すべきでしょう。
その為にも……シェイラ」
「はい」
「マーゲートに先行し、ラザーランド船長に事の次第を報告しろ。
『光と雪の女王』号は、まだ港に入っていない可能性もある。その場合は情報収集と物資調達、それからあとから来るであろう王都からの急使に対する妨害工作を行え。
優先順位は、1.ラザーランド船長との合流、2. 妨害工作、3. 物資の調達。
それに伴い、あらゆる手段をシェイラの主アレクの名の下に許容する」
「御意」
「行け!」
とるものも取り敢えず、シェイラは窓から飛び出した。
「シェイラの足は、早馬より速い。ここからマーゲートまでの距離を考えたら、夜明けには着くでしょう。
ルシル王女、シルヴィアさん。すぐに支度を。不要不急の物は置いて行きます」
「わかりました。すぐに!」
傍で聞いてた侍女たちが、一斉に走り出した。そう、これからは時間の勝負。
「俺たちはまず、シャーウッドの森を抜けて北に出ます」
「北? 逆じゃないのか」
「えぇシルヴィアさん。これで一旦攪乱します。
森を抜けたら東に進路を変えて、海岸沿いを南下します」
「確かに、それなら追っ手を撒けるかもしれないな。でも、騎士王麾下の軍隊が追わずに待ち構えることだって考えられるだろう?」
「はい。莫迦でもない限りはマーゲートに行かなければ俺たちには船が無いことを知っている筈ですから、マーゲートの前で陣を布くでしょう。
けど、そちらはシェイラに任せておけば大丈夫です。あいつはこういう不正規戦でこそ真価を発揮する戦士ですから」
◇◆◇ ◆◇◆
俺の持ち物は全て〔無限収納〕に収めている。だから急な出立でも何らの準備も必要もない。だからこの時間を使って必要なものを用意した。
まずは知識。図書館に向かい、手の届く範囲にある全ての書籍を〔無限収納〕に放り込む。どうせ指名手配されるのなら思いっきりやってしまおう。次いで、馬。俺たち学院生が馬術の授業で使う馬なら比較的容易に手に入れられる。ちなみに王女たちが乗ってきた馬車は、学院の許可なく動かすことは出来ず、それはつまりこの期に及んで許可が出ることはないということだ。
つまり、馬4頭に人間10人。
「侍女さんたちの中で馬に乗れる人はいますか?」
サリアと侍女さんたちが全員戻って来たところで、確認を取った。
「はい。私は嗜み程度ですが馬に乗れます」
「充分です。そう言えば名前を聞いていませんでしたね」
「アナと申します」
「じゃぁアナ。アナはそっちの侍女さんと二人乗りで。
王女とシルヴィアさんも、後ろに侍女さんたちを乗せてください」
「え? 王女様の背に乗るなんて、恐れ多い。私たちは歩きます」
「歩くんじゃなくて走るんです。女性の足じゃぁすぐについてこれなくなります。
貴女たちの活躍する場は止まった後なんですから、移動中は運ばれてください」
「わ……わかりました」
「で、シンディはサリアの後ろ。
俺とリリスは走る」
「当然じゃな」
「それから、サリア」
「なに?」
「これの使い方をシンディに教えてあげて」
「これって、この間見せてくれたスマホ?!」
「実は、ちょっとしたやり方で充電出来ているんだ。シンディ、事前搭載されているコンパスアプリとタイマーで、5分刻みで進行方向を報告してほしい」
「大丈夫なの?」
「この世界の測量技術じゃぁ森の大きさも形も適当だ。だけど方角さえわかれば迷いの森を抜ける手懸りになる。
さあ、行くぞ!」
(2,996文字:第四章完:2015/12/23初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/12 03:00掲載予定)
【注:アイルランドの伝説の英雄クー・フーリンが使う武器の名が「ゲイ・ボルグ」ですが、それに「死翔の槍」との漢字名を与えるのは、〔TYPE-MOON製作18禁PCゲーム『Fate/stay_night』〕が原典です】
・ サリア「あの、下着は新しいのに換えた方が良いですか?」アレク「いちごパンツ以外不許可」というネタを放り込む余地がなかった……。
・ アレク「今すぐ俺を馘にしてください」ルシル「却下」アレク(……逃げられなかった(TдT))。




