第36話 「何故、雨が降り風が吹く?」
第06節 騎士王国〔5/9〕
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自治会長のサリアがアレクを呼び出した時、ルシルとシルヴィアはその理由がわからなかった。
自治会長と劣等生。二人に接点はない。なら何故?
アレクが何か、問題でも起こした? 否、呼び出した時の会話は、そういった手合いのモノではなかった。
妹がどう、とか言っていたけど、アレクには妹はいない筈。
意味がわからないからこそ、興味を隠し切れなかった。だからついて行った。
覗き見し、聞き耳を立てた。
その結果。
……前世? 生まれ変わり? この二人、何を言っているの?
ルシルらは本気で訳がわからなくなった。
二人が、正気とは思えない。けど、それが事実であるという前提のもとに、二人の会話は進められて行く。挙句、ルシルにとって聞き捨てならない言葉をアレクは口にした。
「サリア会長。貴女はこの世界で色々やって来たんでしょう? 東大陸でも噂になっていました。キャメロン騎士王国では壊血病の予防法を確立したって。けど外国人には教えられないって」
!
つまり、ルシルがキャメロン騎士王国に来た理由の一つ。壊血病予防策の出所。それが、サリアだったということ?
考えてみれば、ルシルたちが乗っていた『光と雪の女王』号も、結局壊血病に罹った船員は一人もいなかった。それはアレクが事前に手を打っていたから? だとしたら、二人が共有する知識の価値は……。
確かにそんな情報、国元の許可なく流出させることなど赦される筈がない。
引き摺り込まれるように二人の会話を聞いていると。アレクは更に聞き捨てならない言葉を口にした。
「世界は四大精霊神が支配し、四大精霊神の力で調和が保たれている。本当に?
だって、四大精霊の存在は、地球じゃぁ300年以上も前に否定された仮説だろう?」
……、な……ん…………で、すっ…………て……?
精霊神が、存在しない?
◇◆◇ ◆◇◆
「サリアはこの世界の常識の枠の中で、前世の知識を使っている。けどそれは、サリアに知識を与えられたこの国の民とどう違う?」
俺が口にした、この言葉の持つ意味。おそらくサリアにとっては意外なモノだろう。
当然ながら、聞き耳立ててる雪娘姫とくっころさんにとっても。
でも、これは教えておいた方が良いだろう。
「『この世界に精霊神たちが降り立つ前、世界は混沌の中にあった』。この文言に聞き覚えは?」
「『創世記』の一説でしょ? 知らない人の方が珍しいんじゃない?」
「なら、これはこう言い換えることが出来るんじゃないか?
『嘗て世界には、属性魔法なんかなかった。全てが無属性だった』
と」
そして、
「『それを見兼ねた精霊神たちが世界に降り立ち、この世に秩序と安寧を齎した』。ならこれはこう言い換えることが出来る。
『無属性魔法に方向性と限界を与え、属性魔法を作り出した。
方向性と限界が与えられたから、人は魔法をイメージし易くなった』
と」
「……それは、でも――」
「そう。この世界で、普通の人相手にこの話をすることは出来ない。
それは、天動説全盛の時代に地動説を唱えるようなものだからだ。
だが俺たちは、地動説こそが真実だと知っている。なら。
何故天動説に従って森羅万象を理解しようと試みる必要がある?」
それが、俺が無属性魔法に拘った理由。敢えて精霊神の加護を求めなかった理由。
属性魔法は、用意されたレールだ。その上を走ることはとても簡単。
だけど、行ける場所は限られているし、レールの行き付く終着点は必ずある。
なら俺は、自分でハンドルを握る。何処に行くか、何処に行けるか、試行錯誤しながら。
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全ての始まりは無属性。それに方向性と限界を与えたのが、属性魔法。
アレクのこの説は、とても受け入れられるものではない。
何故なら、無属性とは属性を得られなかった者に与えられる、精霊神の慈悲。
だがアレクの説では、属性魔法は無属性の一部、ということになってしまう。
でも、それならアレクが熱と、氷結魔法〔酷寒地獄〕という、真逆の属性の魔法を使えることの理由としては成立する!
アレクとサリアの会話が、世界を覆すレベルでの真理である可能性に、ルシルたちはようやく気付いた。
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「サリア。アンタは『何故雨が降る』かを知っているか?」
「へ? 雨?」
「そうだ。地球の知識で知っているか? それをこの世界の知識に翻訳出来るか?」
世界を学ぶ為に、気象は手っ取り早い突破口になる。
「え~っと、水が蒸発して雲になって、やがて重くなって落ちてくる。それが雨?」
「まぁ間違ってない。じゃぁ翻訳して?」
「えっと、水の精霊が……風の精霊に変わる? それとも風の精霊の中に溶ける?」
「この場合は『溶ける』が正解かな? より正しくは、大気中に風の精霊と共存する、というべきだろうけど」
「『共存』。うん、そっちの方が馴染み易いかな?」
ここまでなら、四大精霊論でも翻訳出来る。
「じゃぁ次。そうやって共存した水と風の精霊は、何故上空で再び分かれて雲になる?」
「風の動きについていけなくなった水が、その場に留まる、かな?」
「だけど雲は風に乗って動く。なら『何故風が吹く』?」
「風は……、えっと、温度の差で気圧に差が出来て?」
まだ気付かないか。それとも知らないのか。
「一応合格。だけど追加するなら、その気圧差の大きなファクターの一つが、水蒸気なんだ」
「……どういうこと?」
「大気の組成は、窒素と酸素と二酸化炭素。小学校ではこう教える。けど、それだけじゃない」
「メタンガスとか硫化ガスとか?」
「そういう話じゃない。水蒸気。水だよ」
「あ、成程」
「そして、一定空間内の窒素や酸素の量は、あまり変化しない。一番変化するのは、水蒸気の量だ」
「湿度はくるくる変わるものね」
「当然、水蒸気が増えれば、一定空間内の気体密度は増す」
「!」
「気体密度、即ち気圧が高まれば、風が起きる。
なら、こう解釈することは出来ないか?
水の精霊が大気を押すと、風の精霊が生まれる、と」
そう。この時点で既に、四大精霊の相克の理屈が崩れる。
水(の精霊)が無ければ、風(の精霊)が生まれない。
なら、水と風は、決して対等とは言えない、ということになる。
「抑々、風とは大気の動き。動いていない大気には、精霊は宿らない。
何故なら、大気とは『何もない』空間だから。
『何もない』空間が、けれど『何かある』と知り得るのは、大気が動く時。即ち風が吹く時。だから風に命が宿ると考えた。
けど、俺たちは知っている。大気とは『何もない』空間じゃない、ということを。
それなら、水(の精霊)の存在無しには存在し得ない風(の精霊)に属する魔法とは、どれだけの価値がある?」
(2,857文字:2015/12/21初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/04 03:00掲載予定)
・ 2016年04月26日の活動報告で触れた、第二章第12話の初稿の内容が今話です。こんな話、転生者相手にしか出来ませんって。
・ 今話で語られる雨の降る理由・風の吹く理由(ついでに気圧が上昇する理由)は、あくまで原因の一つにすぎません。実際は、複数の原因が複雑に絡み合い干渉しあい、結果生まれた風が更に相互に影響しあう為、「気象予報」が難しくなるのです。
・ 学問の分野で通常「空気の組成」を語る時、水蒸気(水)を含まない「乾燥空気」を前提とします。大気中の水蒸気量は、少ない時・場所で限りなく0%に近く、多い時・場所では4%ほど(二酸化炭素より多い)、平均すると0.4%程度と言われておりますが、変動幅が大きすぎて理論値を採用出来ない為です。




