第35話 転生のはじまり
第06節 騎士王国〔4/9〕
転生者・サリアに呼び出され、重大な打ち明け話をされた時。
けどそのやり方は、あまりにも派手だった。
当然周囲の耳目を惹きつけ、興味を持たれていた。
だがサリア会長の人格が知られていた所為か、実際に覗き見・聞き耳を立てようとする者は、どこかの覗き見趣味の雪娘姫とその御付きのくっころさんだけだったようだ。
幾ら何でも上司を前に、機密漏洩出来ませんって。いなくてもしないけど。それどころか上司にも秘密にしてたけど。というかサリア会長、迂闊過ぎ。
「口が軽いのは、それだけでも利敵行為になりかねないんですよ?」
「そんな! それはちょっと冷たすぎるんじゃない?」
「キャメロン騎士王国は、貴女の知識を囲い込むことを選択しています。なら無条件での情報公開が認められる筈がない。当然でしょう?」
「そ、それは……、確かにそうだけど!」
やれやれ。
じゃぁ仕方がない。情報漏洩に該当しない情報の提供をしてあげようか。
「なら聞くけど、サリア会長。何故貴女は属性を持っているんだ?」
「え? だって精霊神の加護が無ければ属性魔法は使えないじゃない」
「どうして?」
「どうしてって……」
「世界は四大精霊神が支配し、四大精霊神の力で調和が保たれている。本当に?」
「それは当たり前のことでしょう? 本当にって、何が言いたいの?」
「だって、四大精霊論(四大元素論)は、地球じゃぁ300年以上も前に否定された仮説だろう?」
◇◆◇ ◆◇◆
この世界に転生し、最初に覚えた違和感の正体がこれ。
前世のファンタジーゲームに於ける四大精霊というモチーフは、そのゲームの製作者にとっては相克の考え方からして都合が良かった。
剣に強ければ魔法に弱い。
火の属性を持つ者は水の属性に弱い。
初期に強いキャラは後半では役に立たず、前半で成長が遅いキャラは終盤強力になる。
こうして一極的な力の偏差を均し、つまりパワーバランスの調整をするのは、偏に製作者側の都合。プレーヤーたちに長く楽しんでもらう為の、不公平感を是正する為に行ったものに過ぎない。
では現実はどうか?
神なる者がいて、誰かを主人公とする物語を作っているのなら、そういった調整もするかもしれない。しかし自分は特別ではない、何処にでもいるただの人間であるのなら。世界が自分に都合の良いように出来ている筈がない。誰かに都合良く作られている筈がないのだ。
または、神なる者が、地球のゲームを参考にして世界を創造したのなら、四大の相克などを世界の法則に取り込むこともあるだろう。けれど、人間もまた世界の書き割りの一つに過ぎないのなら、そんなパワーバランスの調整などされる筈もない。
前世地球の自然科学が、真理の全てを解き明かし、真実の全てを語っていたとは流石に思わない。けど、何千人・何万人という科学者たちが、長い歴史の中で研究し、討議し、その挙句に否定した仮説が、実は正しいという可能性は、殆ど無いだろう。つまり、四大精霊論に基づく魔法原則は、その前提から間違っているということなのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「サリア会長。貴女は『爆炎』と呼ばれているね。その正体をどこまで知っている?」
「……あたしの属性は水。つまり、酸素と水素の反応、『爆鳴気』」
「水属性が何故酸素を動かせる? 酸素は風属性の領分じゃないのか? それともサリア会長は液化酸素を扱えるのか?」
「それは……」
「魔法は、術者の願いを叶える。
その願いを聞き、その思惟からそれを実現する方法を検索し、術者が観測し得る形でその願いを実現する。
だからその『方法』が自然科学に即したモノであれば小さな力で実現出来、そうでなければ不可能を可能にする為に大きな力が必要になる。
サリア会長が爆鳴気を発動させる為には、まず空気中の水蒸気を集め、次いでそれを電気分解して酸素と水素を生成し、最後にそれを点火する必要がある。
水蒸気を集める。これはそんなに難しくない。でも次の電気分解は?
どうやって電気を生み出す? そのエネルギーをどこから調達する? その答えが魔力だ。
そして転生者は、幼い頃から自我があり、幼い頃から魔法の修練が出来た。他の子供たちは無邪気に遊んでいるときに、一人自分の力を高める努力をすることが出来たんだ。だから他者より大きな魔力を動かせる。
その強大な魔力で、その不可能を無理矢理可能にした。その結果が爆鳴気だ」
「願いを……、叶える?」
「そう。俺たちの転生を成し得たように」
「え?」
「俺たちは皆、生まれた時に思うんだ。
『世界を知りたい』って。自我が無い分、純粋に。
そしてそれに応える魂があった。その魂は全存在を懸けて願っていた。【俺】の力で何かをやりたいって」
それが、転生のはじまり。俺もサリア会長も、前世で同じことを思っていた筈。
「サリア会長もそうだろう? 前世の自分は、何かをしたかった。でも出来なかった。知識が足りず、力が足りず。始める勇気が足りなかっただけかもしれないけれど。
だけど、この世界には魔法がある。最初の一歩は既にクリア出来るんだ。
だから、この世界に生まれ変わること、ではなく生き転すことを望んだんだ。
その想いが、『世界を知りたい』と望んだこの身に宿る魂と共鳴した。結果、【俺】が俺になったんだ。多分、サリア会長も」
理解が出来たのか、サリア会長の瞳は驚愕に揺れていた。俺たちは、自分で望み自分に望まれ、今ここにいる。
だけど。
「だけど、サリア会長。アンタは今、この世界に生きているって言えるのか?」
「え?」
「言い換えよう。サリアと、水無月麻美。二人は別々に、ここにいるんじゃないのか?」
「どういう意味?」
「言葉通りだ。サリアは麻美の知識を使える。けどそれだけだ。
サリアはサリアの常識の枠、この世界の常識の枠の中で、麻美の知識を使っている。けどそれは、サリアに知識を与えられたこの国の民とどう違う?
世界が誤解の上に成り立っていると知っていながら、何故その上に真理を重ねようとする?
世界が誤解の上に成り立っているなら、それは無視して一から真理を組み立てるべきじゃないのか?」
世界の常識を壊すことは難しい。そこに巨大な軋轢が存在するから。
でも、自分の常識を壊すことはそれほど難しくない。何故ならそれは自分で培ってきたものだから。
しかも俺たちは転生者。その「常識」さえ、俺たちの自我が生じた後に与えられたもの。俺たちの常識が確立した後に押し付けられたもの。ならそれを自分の中で蹴散らすことくらい、造作もない筈だ。
それを怠り、自らに限界を設定した。だから言うのだ。「サリアは今、この世界に生きているとは言い難い」と。
(2,939文字:2015/12/20初稿 2016/11/02投稿予約 2016/12/02 03:00掲載 2016/12/02脱字修正)
・ ここで語られる転生のメカニズムは、アレクの想像であって真実であるという保証はありません。けど、おそらくそんなものどうでも良いのでしょうね。
・ 水無月麻美。某県某市で会社役員をしていた両親の次女として生まれる。
高校時代に両親が交通事故で死亡し、高額の遺産を相続したが、それに伴ういざこざから人間関係に失望し、また労働意欲も減退し、高校卒業後は自宅で引き籠りの日々を過ごしていた。とはいえ甥(姉の息子)とそのガールフレンドには懐かれており、アウトドア系の遊びにもよく誘っていた。
平成●年、姉に諭され、就職の為の面接に向かう途中の駅で、痴漢被害にあっていた女性を助けようと男ともみ合った挙句、ホームから落ち、列車に轢かれて死亡。
趣味はネットゲームと同人誌作成(非BL)。Web小説の検索キーワードは〔異世界転生〕〔婚約破棄〕〔悪役令嬢〕。




