第34話 魔法学院の劣等生
第06節 騎士王国〔3/9〕
シャーウッド魔法学院に入学して、俺とルシル王女、そしてシルヴィアさんはそれぞれ別のクラスに入れられた。
ルシル王女はS組、シルヴィアさんはA組、そして俺はF組だ。
F組は貴族でありながら魔法に劣るとか、平民だけど学業だけは優秀だとか、そういった連中が集められたクラスだった。つまり、「身分差はない」というのは建前で、貴族のおちこぼれと平民が集められるクラスだということだ。
だが、俺の場合このF組に於いてもなお劣等生だった。
○座学:
読み書きは東方大陸と同じだから問題は無いし、算術も上位に食い込める(寧ろこの世界で異世界の知識を以てしてもトップを獲れない上位層の厚さは脅威。前世で数学は得意だったのに)。しかし歴史や文学では当然ながらちんぷんかんぷん。とはいえこれは必死で勉強して、何とか食らいついた。
○剣術:
この国の剣術は、フェルマールより尖がっている。歩兵剣術は曲刀を使った機動戦が前提。これは船の上での戦闘を想定しているモノと思われる。騎兵剣術は騎兵槍での突撃一本。馬上槍試合で全ての評価が決まる。
曲刀機動戦はそれなりの成績だが、馬上槍試合は駄目ダメだった。
○弓射:
この国の弓は、正しくは弩。俺にとっては孤児院時代から使っている。だからこれはそこそこの好成績を得ることが出来た。
○魔法(理論):
この国の魔法も、属性魔法前提。四大精霊論に基づく魔法理論は東方大陸と違いはない為、一通りのことは通用した。その一方で属性魔法の呪文丸暗記が要求されるので、俺にとっては実用性の無い、ただの暗記科目だった。
○魔法(実技):
魔法実技は段階を飛ばすことを認められなかった。即ち、属性魔法の呪文詠唱により一定の効果を挙げられたら、次は詠唱省略、最後に詠唱破棄。初めから呪文などは使いません、という俺の主張は相手にもされなかった。そして属性魔法を使えない俺が、この条件で0点以外の点を獲れるはずもなかった。
曲がりなりにも『魔法学院』と銘打つだけあり、全体評価に於ける魔法実技の比重は大きい。結果、俺の成績は栄えある最下位と相成ったのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「それにしてもアレク。いくら何でも最下位は無いんじゃないの?」
「はい、申し訳ありません」
カナン暦703年春の三の月。この一年(正確には9ヶ月)の成績発表の後の学院の食堂で、俺はルシル王女の叱責を受けていた。
ルシル王女は剣術と弓射で点を落としたものの、全体的には上位3%内にランクインしていた。シルヴィアさんも、座学と魔法実技が引っかかっただけで上位10%に入っている。
「だけどまぁアレクの場合、その真価はこんな学校成績では測れないのかもしれないけどね」
騎士団での決闘騒ぎを思い出したのか、シルヴィアさんがそんなフォローをくれた。その時だった、その声が聞こえたのは。
「魔法学院の劣等生は、でも実戦では超一流?」
◇◆◇ ◆◇◆
シャーウッド魔法学院自治会長、サリア。
彼女の存在は、初めて会った日にはただの女生徒に対するモノでしかなかった。前世の記憶を持つ俺にとって、「学校」などという場所は学ぶところではなく教えるところだから。生徒如きに心を動かされることはない。
だが、噂を聞いて考えが変わった。
「爆炎」のサリア。
世界で唯一、爆炎魔法の使い手。
そう謂われるくらい、「爆発」という現象は知られていないのだ。
だがそれだけではない。
曰く、大根から砂糖を作り出した。
曰く、製塩の方法を効率化した。
曰く、四圃式農法を導入した。
……いくら何でも、テンプレすぎるだろう?
サリア。この少女。
間違いなく、転生者だ。
◇◆◇ ◆◇◆
「魔法学院の劣等生は、でも実戦では超一流?」
だから、そう声を掛けられたとき、俺も反射的にこう言い返した。
「劣等生が実戦で優秀なのではなく、優等生の妹を持つ劣等生の兄が実は超一流なのでしょう?
ですが俺には、『さすおに』呼ばわりしてくれる妹には縁がありませんから」
これは本当。孤児院時代シェイラに『お兄様と呼んで良いよ』と言ったが断わられたから。
だが、この言葉の“真の意味”を、サリア会長は理解したようだ。
「……話があるわ。こっちに来て」
顔色を変えて、そう言った。
◇◆◇ ◆◇◆
「貴方、アレクサンドルくん。貴方はもしかして――」
「前世での名は○○○○、生年月日は昭和○○年○月○○日。住所地は○○県○○市」
「……やっぱり。あたしの前世の名は水無月麻美。生年月日は昭和○○年○月○○日。住所地は○○県○○市。まさか、自分以外の転生者に会えるなんて」
「他にもいたようですよ。ホラ証拠」
といって、〔無限収納〕から入間氏のスマホを見せる。
「え? それってスマホ? 何で?」
「このスマホの元持ち主は、転生者じゃなく転移者、被召喚者だったようで。他にも幾つか荷物を持ち込んでいるんです。それが〔状態保存〕の魔法で今までこの通り。ただ充電出来ませんから、今となってはただのオブジェですけどね」
「ううん、それで充分。あの世界が、あたしたちの前世が、ただの妄想じゃないっていう確かな証だもの」
そう言った彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
「ねぇ、情報交換しない?」
「それは、この世界で俺たちが何をして今日に至ったか、っていう話ですか?」
「そうそう。駄目?」
成程。共通の話題を持つ数少ない相手と、共通の話題で語りたいんだな。気持ちはわかる。けどね。
「……国の許可は得ているんですか?」
「え?」
「サリアさん。貴女はこの世界で色々やって来たんでしょう? 東大陸でも噂になっていました。キャメロン騎士王国では壊血病の予防法を確立したって。けど外国人には教えられないって。
つまり、貴女の持つ異世界知識は、国家機密クラスのモノなんです。それを語る許可を得ているんですか? 得ているのだとしたら、その対価に何を求めるつもりですか? そして俺の知識もフェルマールにとって同様の価値があるんです。
加えて言えば、俺は対価を支払ってまで貴女の知識を得たいとは思いません。何故なら、貴女と俺は、おそらく同じ基礎知識、一般教養をベースに知識を組み立てている。更に加えて似通った趣味をも持っているようですね、先程の『さすおに』でわかりました。ならば、貴女の知識と俺の知識は、細かな差異こそあれ、大枠では同じ物。わざわざ聞くまでもありません」
「で、でも、せっかく同じ前世を持っているんだから――」
「たとえ同郷人でも、仲良くなれるとは限りませんし、敵対しない保証もありません。
口が軽いのは、それだけでも利敵行為になりかねないんですよ?」
(2,857文字:2015/12/20初稿 2016/09/30投稿予約 2016/11/30 03:00掲載予定)
【注:「さすおに」とは、〔佐島勤原作テレビアニメ『魔法科高校の劣等生』〕の登場人物、司波深雪が「さすがお兄様です」と口癖のように言うことを揶揄したネットスラングです。
また、「シェイラに『お兄様と呼んで良いよ』と言ったが断わられた」というのは、第二章第07話のエピソードです】
・ アレクの前世名は今後も出す予定はありません。サリアの前世名はもしかしたら伏線になるかも……?




