第33話 入学
第06節 騎士王国〔2/9〕
港町マーゲートからキャメロン騎士王国王都キャメロットまでは、馬車の旅になる。
船に乗る前とは違いかなり打ち解けたルシル王女は、俺たちの馬車に遊びに来て、随所に驚きの表情を浮かべた。馬車の中でも熱いお茶が飲める。それは普通では考えられないくらいの贅沢だから。
また、マーゲートからキャメロットまでは、馬車で3日かかるが、途中に宿場町は無い。
だから民家の軒下を借りるか、野営するしかないのだが、そうなるとうちの荷馬車の装備がモノを言う。王女の侍女が、申し訳なさそうに硬いパンをスープに浸して王女に出す傍らで、俺たちは肉を焼き、パンは湯気を当てて柔らかくし、スープの他に食後のお茶も出せる。
王女たちが硬い丸太を椅子にしているのに、俺たちは『S式座布団』に座り込む。野営に慣れている元冒険者一行、という言葉だけでは説明が付かない格差が、そこにはあった。
当然の結果として、そのような格差を目の当たりにしたのは一日目の最初の食事時まで。
その日の夕食から王女とシルヴィアさんは俺たちのテーブルに突撃してきて、挙句の果てにベッドまで占領した。俺は当然侍女たちと交代で不寝番をし、寝るのは外。温かい季節で良かったと、心の底からそう思った。なお王女が、ワゴンの寝台が王宮の自分の寝台より寝心地が良いと褒めてくれたのは、俺にとって慰めになった。
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キャメロン騎士王国。この国は、東方大陸の諸国家から見ると謎の多い国である。
異なる大陸に国家を構えていながら、その文化は東方大陸に似通っているところが多い。
それもその筈、キャメロン騎士王国は旧カナン帝国初代皇帝アレックスの正妃であった女の親族が、第二代皇帝の冠を巡る政争に敗れ、粛清を恐れて落ち延びた者たちの末裔である、と謂われている。
当然ながら、真偽は不明。だが事実であれば、キャメロン騎士王国が東方大陸の文化を理解していることに関する一定の答えになる。
キャメロン騎士王国の存在が東方大陸に知られるようになったのは、カナン暦483年、騎士王国より東方大陸諸国家に対する使者が派遣されたことがきっかけだった。
西の海の彼方に国家有り。これは東方大陸諸国家にとっては衝撃的な事実であった。そして西の海に面したフェルマールやマキアといった国々は、軍事的冒険心を胸に秘め西方に船を出した。しかし片道3ヶ月という距離が、ただ辿り着くだけでも(文字通り)冒険であり、戦争することなど事実上不可能であることを思い知らされた。
その後は東方大陸の海洋冒険家が幸運にも西方大陸に辿り着き、且つ東方大陸に帰還することで莫大な富を齎した一方で、キャメロン騎士王国に属する商船団は定期的に東方大陸の港に錨を下すようになった。
国家としてフェルマール王国がキャメロン騎士王国と国交を樹立したのは、カナン暦631年。ほんの70年前の出来事なのであった。
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ルシル王女一行は王都キャメロットに到着後、当然ながらキャメロン騎士王国の王家に挨拶をした。外交だ社交だと定番のやり取りの後、今度は王都にほど近いシャーウッドの町へ。ここにはキャメロン騎士王国が誇る魔法学院がある。
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シャーウッド魔法学院。
キャメロン騎士王国の貴族と、学力・剣術・魔法それぞれの分野に於いて秀でた才を持つ平民が、共に学ぶ王立の学校である。
就学年齢は12歳から。ただ諸般の事情で20歳近くなってから入学する者も少なくない。
カリキュラムは五学年制で単位・履修時間併用制。つまり所謂「飛び級」は出来るが、卒業に要する最短年限は5年。スキップすればそれだけ多くのことを学べるものの、即ち12歳で入学した者が17歳以前に卒業することは無い。
入学式は秋の一の月の朔。卒業式は春の三の月の晦日となっている。
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「よくぞいらっしゃいました、フェルマール王国の姫君。
私はシャーウッド魔法学院の学院長をしております、リトルと申します」
「初めましてリトル学院長。ルシル・フェルマールでございます。
こちらは私の守護騎士であるシルヴィア・ローズヴェルト。それから同じくアレクサンドル・セレストグロウンです」
「皆さんようこそ御出で下さいました。
皆さんが当学院で学ばれる前に、まず知っておいてもらわなければならないことがございます。
当学院に於いて、身分を以て他者と接することは禁じられております。
当学院内では、王族だろうと貧民だろうと、同じく学院生。
成績上位者や上級生を敬うことは当然ですが、学院の外での身分を理由に遜ることも、偉ぶることも、ともに禁じられております。どうぞお気を付けてください」
「誰がそれを判断するのですか? そして身分を持ち出すことを誰が断罪するのですか?」
ここで口を開いたのは、俺。
「当学院では、生徒自治が前提となっております。ですから第一次判断は自治会が行います。
そしてこれは身分問題に限りませんが、自治会が下した処分の内容に関し、異議がある場合は教授会に裁定を求める権利が生徒にはございます。
自治会の判断と教授会の裁定が対立した場合、幾つかの例外事項を除き生徒総会に上程することが出来ます。
上程出来ない例外事項の一つは、自治会判断が学院経営権に抵触するもの。たとえば生徒の退学処分、不良教授の免職要求など。これは教授会の裁定が優先されます。また、自治会運営に係る問題や自治会役員の不正に関する場合は、教授会の裁定のみで決定となり上程出来ません。
これで答えになっていますか?」
「はい、充分です」
つまり、自治会は警察権と裁判権の両方を持つけど処分権には一定の制限がかけられる、という訳か。まぁ当然だろう。学校経営を考えたら、自治会が勝手に退学処分にしたら、授業料収入がその分減る。生徒如きに学校経営に干渉する大権を与える方がどうかしている。またルシル王女のように外交が絡む問題を、生徒の判断で踏み躙らせる訳にもいかないのだろう。
「他に、学内に於ける問題解決の方法として、決闘が認められています。
決闘は、『タイマン』と『ゲーム』の二種類あり、誰かが誰かに何かをさせる、という場合は『タイマン』、対立する両者を裁定する為に行う決闘は『ゲーム』です。
『タイマン』の場合、挑まれた側がルールの決定権があり、『ゲーム』の場合は立会人がルールを定めます。また、立会人は原則自治会となりますが、自治会員が決闘の当事者の場合は教授が立会人に指名されます」
……『たいまん』って……。じゃぁその決闘に於いて素手での勝負を申し出たら、それは『ステゴロ』とでも言うんだろうか?
「以上で基本的なことの説明は終わりです。あとは彼女に聞いてください。
サリアさん、入りなさい」
「はい。初めましてフェルマール王国の皆さん。
私はシャーウッド魔法学院自治会長、サリアと申します」
(2,972文字:2015/12/20初稿 2016/09/30投稿予約 2016/11/28 03:00掲載予定)




