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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第四章:「見習い騎士は気象学者!?」
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第32話 船旅

第06節 騎士王国〔1/9〕

 王女殿下一行は貴賓室、俺たちは士官室に案内された。

 男所帯で且つ長期の航海をする船の上で、自由にふらふらする女がいると、容易に事故(・・)が起こる。だから基本的に女は乗せないが、乗せる場合は個室であり鍵も掛けられる士官室以上の部屋に案内されるのだ。


 けど、パスカグーラから西大陸まで、潮と風が順調でも3ヶ月かかる。その間の過ご(ひまつぶ)し方を考えておかないと、ノイローゼになる。

 ちなみに、ノートPCとタブレットPCの使用は禁止した。潮風の下で電子機器を使用するなど、愚の骨頂。壊れたら修理出来ないんだから、危険は極力排除する。

 なお、入間氏の遺産の一つであるスマホは所謂(いわゆる)高耐久(タフ)スマホ」で、色々使えるセンサーアプリが事前(プリ)搭載インストールされている機種だった(つまり海中で使用しても問題ない)のだが、充電がかなり危険なやり方でだまし(だま)しやっていることを考えると、これの使用も禁止した。リリスがかなりボヤいていたが、この件では断固たる態度を取らせてもらった。

 仮にも邪神(ショゴス)、グレードダウンしても魔王級の魔物が、だ。「迷宮(ダンジョン)の奥に引き(こも)って勇者を待つ」のではなく「部屋(せんしつ)に引き籠ってゲームに熱中する」って、どうよ? と思ったので。


◇◆◇ ◆◇◆


 気分転換を兼ねて、俺たちは一日に最低一回は甲板に上がることにしている。


 本来なら、船員たちの手伝いでも、と思ったが、素人以下の俺たちが手伝っても邪魔にしかならない。だから邪魔にならないように、けれど彼らと交流出来ることを色々試した。


 たとえば、釣り。船員たちが釣り糸を()れているとき、竿(さお)を一本貸してもらい、教えてもらいながら仕掛けを作って糸を垂らした(なかなか釣れなかった。一度大物がかかったが、逃げられた)。

 たとえば、甲板掃除。ブラシをかけるくらいなら俺たちでも出来る。他の船員たちと一緒になって、甲板にブラシをかけた。

 たとえば、飲料水の確保。スコールが来た時、(から)(たる)を持ち出し、そこに水を貯める。船の上では貴重な真水(まみず)の入手手段なのだ。


 しかし、俺の趣味の実験で、結果彼らにとって極めて重要な効果を(もたら)したものもあった。


◇◆◇ ◆◇◆


「あいつらは何をやっているんだ?」

「まぁ、御覧(ごろう)じろ」


 シェイラとリリスが(メイン)(マスト)の上にある見張り台に立ち、何かを取り出していた。

 それは、連凧(れんだこ)。1m(メートル)間隔で50連。

 凧の尾は5つ毎に色を変え、凧の本体の色は10ずつ別の色にする。


 これを揚げることで、上空の風向きやその強さが見えるのだ。


「高度32、南西の風、風力3」


 一番下の凧から手元までが約5m、マストトップまでが約10mだから、単純計算で下から17枚目から連凧が流れる向きが変わっていれば、高度32mで風の層が変わっていることがわかる(凧自体も風に流されているから、垂直に32mとは断じられないが)。

 上空の風は雲を呼ぶ。海面近くの風向きで風上に雲が無くても、上空の風向き次第では別の場所にある雨雲がこちらに来る。

 また、上空の風は海面近くの風向きを変えるから、風の層が低ければ、遠からず風向きが上空の風向きに変わることになる。

 だから上空の風向きが180度反対方向に近い場合は、帆が裏を打つ可能性があるので早急に準備が必要になる。


 波や風が荒れている時には使えないが、少なくとも海面上は穏やかであるときには使える上空観測法なので、ラザーランド船長にせがまれ連凧は譲ることになった。


◇◆◇ ◆◇◆


 ところで。この船旅の最中、俺の重要な秘密の一つが、ルシル王女にばれた。


 ある意味当然だったのだろう。

 水の使用が制限され、湯で体を()くことも難儀する船旅で、うちの面子(メンツ)の肌も髪も、潮で荒らされた気配がない。何故? と疑問に思うのは当然だ。

 王女たちの困難を極めた諜報活動は、しかしこちら側のちょっとしたミスにより、あっさりと成果を挙げることになった。


 何のことは無い、目撃されてしまったのだ。俺が〔無限(インベン)収納(トリー)〕から水が入った樽を取り出し、その水に手を入れるだけで()かしているその場面を。

 で、締め上げられた結果、俺は無属性魔法で属性魔法を模倣(エミュレート)出来る事を、水を沸かすことが出来る事を自白せざるを得なかった。

 それ以上はばらしていないが、間違いなく〔酷寒(コキュー)地獄(トス)〕の疑惑が再燃したことだろう。


 それはともかく俺たちの船室に来れば、毎日風呂に入れる。これを知った王女とローズヴェルト卿はその後俺たちの船室を日参し、次第に踏み込んだ話もするようになったのであった。


◇◆◇ ◆◇◆


「それにしてもアレク(・・・)、こんな本どこで手に入れたんだ?」


 ある日俺たちの船室で。


 衝立(ついたて)の向こう側で女性陣が湯浴(ゆあ)みをしている。

 一足先に湯浴みを終えたシルヴィアさん(・・)が、バスローブを羽織っただけというとても無防備な状態のままで俺にそう問いかけてきた。


「それはスイザリアを旅しているときに、ちょっとした理由でミルトン侯爵って貴族の屋敷に押し入って、その書庫にあった本類を全部押収したんです。資料なんかはモビレアの冒険者ギルドに提出しましたけど、書物の(たぐい)はそのまま頂戴しました。

 まだ読み終わって無い本もたくさんあるので、この船旅の間に少しは読み進めようかと思いましてね」

「それで、カナン帝国時代の農地改革の記録とガウス共和国で流行した恋物語が一緒に並んでいるのか」


「え? それってもしかして『フローレスの恋歌』?」

「はい姫様。その通りです」

「うわっ。読みたかったんだ、それ。

 ねぇアレク、私にも貸して?」

「ちょっと待ってください。

 ……『フローレスの恋歌』『フローレスの逃避行』『フローレスの幸せ』の三部作で、全部ありますよ?」

「貸してかしてかして!」

「あ、姫様、はしたない。アレク、あっち向け!」

「はいはい」


「でもアレク、貴方も恋物語なんか読むの?」

「そういう本は、その当時の風俗を知る貴重な資料なんですよ。

 例えばその本は、それは貴族の令嬢が町の靴職人と恋に落ちて駆け落ちする話じゃないですか。

 それがヒットするということは、裏を返すと、政略結婚じゃなく愛する人と結ばれるということを夢見る貴族の令嬢が一定数以上いるってことで、それが出来ない貴婦人たちを平民が(あわ)れむんです。更に駆け落ちして苦労する様子を見て、『ホラ貴族様があたしたちの暮らしを真似(まね)するなんて出来っこない』ってフローレス姫の選択を嘲笑(わら)うんです。この辺りは完全に、貴族と平民の意識の差を描いている部分ですね。

 そしてその上でフローレス姫が選ぶその幸せの形っていうのが――」

「駄目~~~。それ以上ネタバレ禁止!」


◇◆◇ ◆◇◆


 この船旅の間に、俺たちとルシル姫たちはファーストネームで呼び合うことになった。

 お互いまだ完全に、相手を信用することは出来ずにいるが、それでも結構歩み寄って、カナン暦702年夏の三の月の4日。当初の予定より10日以上早く、西大陸にある港町マーゲートに到着した。

(2,753文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2015/12/20初稿 2016/09/30投稿予約 2016/11/26 03:00掲載 2021/01/27誤字修正)

・ 「凧」それ自体はこの時代には存在していましたが、「連凧にして上空の風を可視化する」という発想はありませんでした。

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