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転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第四章:「見習い騎士は気象学者!?」
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第26話 戦争の総括~勝利の方程式~

第05節 新たな旅立ち〔2/7〕

◆◇◆ ◇◆◇


「やるべきことをやっていれば、あの状況でなお持ち(こた)える余裕があったんだ」


 アレクの語ったこの言葉に、ルシル王女は興味を持った。どう考えてもあの時、兵糧(ひょうろう)を焼かれた状況で、フェルマールが勝ちを拾える可能性に思い至らなったからだ。


抑々(そもそも)全ての補給物資を前線に運び込んだこと自体が、フェルマール側の誤謬(ミス)の第一。本来ならブルックリンに補給物資の大半を置いて、前線には当座に必要な分だけを置くべきだった。

 そうしておけば、仮に前線の兵糧全てを焼かれても、それで戦えなくなるってことは無かった(はず)だ。

 またそういう理由で、エルルーサ卿――現ハティス男爵――は、全兵糧の三分の一を俺に(たく)したんだから」


 もし、総司令官であるルシル王女が、ハティスからの糧秣(りょうまつ)の量とその所在を確認していれば、あの時焼かれた兵糧は全体の三分の二に過ぎず、残った兵糧で自軍の兵を二ヶ月半(まかな)える、ということを知っていた筈である。

 なら(むし)ろ、何もしないことで『これでフェルマール軍は全ての兵糧を失った』とマキアに誤認させることが出来た。そこから先の選択肢はかなり多い。そのどれもフェルマールにとって勝算の高いものとなる。


 だが、ルシル王女はそれを知らなかった。その為、兵糧を守る為に氷雪魔法を使わざるを得なかった。それが直接の敗因になったのだ。


「フェルマールにとって最高の迎撃地点を自軍のミスで明け渡し、フェルマールにとって不利な地形であるヴィッシンズで決戦に挑まなければならなかった。その時点で、フェルマールは九割方負けなんだ。

 それを(くつが)す為には、英雄が必要になった。


 本来、英雄が必要になる軍や国っていうのは、負けている側なんだ。

 勝っている軍に英雄は必要ない。英雄の存在で鼓舞(こぶ)しなくても勝っているんだから。


 その結果が、ヴィッシンズに於ける英雄姫の誕生なんだ」


◆◇◆ ◇◆◇


 あれがああなって、その結果こうなった。

 全てに、一本の筋が通っていた。


 ルシル王女にとっての失策は、側近であるシルヴィアを筆頭とする騎士団が突撃に失敗したことではなく、氷雪魔法を使ったことでもない。

 兵糧の総数を把握していなかったこと。ただそれだけ。

 だが、軍の総司令官が兵の総数・糧秣の総量そしてそれらの所在を把握することはある意味当然だ。それを(おこた)った。

 ルシル王女にとってあの(いくさ)初陣(ういじん)だった、など言い訳にもならない。すべきことをしなかった。結果負けた。完全に必然で、当然に自明である。

 寧ろその氷雪魔法(氷結魔法)のおかげで挽回(ばんかい)の機会を得ることが出来た。

 英雄姫と()(はや)されることを(よろこ)ぶのではなく、(みずか)らが英雄にならなければ勝てなかった、その状況を作ったことを恥じなければならないのだ。


◇◆◇ ◆◇◆


「じゃがそうだとしても、ブルックリンに集結した兵力がマキアの全戦力であるという根拠はどこにあったのじゃ?」

「第一に、地形の問題。マキア方面からフェルマールに侵攻する為には、ブルックリンを通らざるを得ないんだ。だからこそフェルマールはブルックリンの地に町を築いた。だから、戦力投入の時期(タイミング)がずれることはあっても、ブルックリンを迂回(うかい)することを考慮する必要は無い。

 第二に、五万という兵力は、マキアにとっては動員限界数に近い。スイザリア方面を(から)に出来る状況だからこそ五万を動員出来たけど、これ以上は無理だ。

 そうなると、最大兵力五万をどういうタイミングでブルックリンに投入するか、という問題になる。


 それは同時に、マキアがこの戦争に何を求めているかということでもあるんだ」

「さっき話した戦争の目的、じゃな」

「そう。

 もしフェルマールの滅亡やら王都フェルマリアの陥落やらが目的であれば、ブルックリン――ヴィッシンズ――ハティス――ベルナンドといったベルナンド領内の各市や町は無視に近い侵攻速度が求められる。その上で、マキアは奇襲が成立するからブルックリンは即日占領出来る予定だった。そして途中の戦闘は可能な限り避けて領都ベルナンドまで進軍するのなら、マキア軍は小部隊での迅速な行動が求められる。

 だがこの場合、マキアの奇襲を事前に察知していたフェルマールとしては、マキア軍を個別に撃破する好機でしかない。つまり、奇襲を察知した時点で、フェルマールに負けは無くなったんだ。


 そしてマキアの目的が、この一戦でフェルマールを滅ぼそうなどという欲を()くことなく、南ベルナンド地方を征服するというモノなら。

 南ベルナンド地方に橋頭保(きょうとうほ)を築き、更に前進するならハティスあたりで軍備を整え王都フェルマリアを(のぞ)む。或いはハティスとその周辺を返還する代償として多額の金銭と通商の優遇等を要求し、フェルマールを経済植民地化する。

 どちらを選択しても、時間こそかかるけど最終的にフェルマールの大半をマキアの支配下に置くことが出来るんだ。そして、300年待ったという事実の前に、多少の時間は有って無きが如し。マキアにとって損はない。


 で、南ベルナンド地方の制圧を戦略目標にするのなら、彼らが想定する決戦の場ヴィッシンズに全戦力を投入するのは、用兵学的に間違っていない」


「つまり、お互いに計算違いが重なり、その弊害(へいがい)が最も大きかったのがフェルマール側で、それが敗因になったということかの」

「そういうこと。マキアの全軍を投入しての奇襲を事前に察知出来たことで、本来ならフェルマール側に負ける要因は無かった。

 だが辺境伯の売国的サボタージュの所為(せい)でその優位が消し飛び、雪娘(ゆきんこ)姫の失策で勝ちが無くなったって訳だ」


◆◇◆ ◇◆◇


 そこまでの話を聞いて、ルシル王女はその場を離れた。感情の部分でそれ以上の話は聞きたくなかったし、理性の部分でそれ以上話を聞く勇気が無かった。


 ルシル王女は疑っていた。あの〔酷寒(コキュー)地獄(トス)〕にアレクが関わっていたのではないか、と。

 だが、それ以前の問題として、アレクがいたことでフェルマールは負けずに済んだのだ。


 ただの冒険者、ただの一兵卒であった彼がここまでの大局的視野で戦場を見極め、(いく)つかの手を打っていた。

 その上であの槍働き。


 また、彼は先程の話の中で、こう言っていたのではなかったか?


 「英雄が必要になった」と。


 つまり、必要が無ければ英雄の存在抜きに、或いは〔酷寒地獄〕などさえ必要とせず、ヴィッシンズでマキア軍を撃破出来たということではないだろうか? それこそ昨日の決闘でメーダラ卿を圧倒したように、普通の騎士では想像もつかないようなやり方で。


 彼を敵に回してはいけない。

 それは、彼の槍働きだけを(もっ)てそう判断することではなく、その戦略眼、大局観を踏まえてもそう断じざるを得ない。もし彼がマキア側に立っていたのなら、フェルマールが勝てる可能性などなかったろうから。


 「一風変わった冒険者上がりの騎士」ではなく、「槍働きでは並の騎士を(しの)ぎ、全軍の総参謀を務め得る騎士」として。


 ルシル王女は、アレクを評価するようになるのであった。

(2,982文字:2015/12/18初稿 2016/09/30投稿予約 2016/11/14 03:00掲載予定)

・ ちなみに、リリスはルシル王女たちが覗いていたこと・聞き耳を立てていたことに当然気付いています。

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