第15話 電磁気力と魔力
第03節 戦後処理〔4/7〕
『八咫』の試し斬りの後、『長鳴』の試し斬りも行った。こちらは普通に振るうことが出来たが、やはり殆ど力を入れなくても巻藁を両断することが出来た。
流石にこれは、俺の技量だけとは思えない。神聖鉄の特性の顕れだろう。なら、一日も早くこの刀に慣れるようにしないと。
そのあとで、シェイラとリリスも同様に巻藁を斬った。が。
シェイラは良いとして、リリス。
自分の服の中から全長193.92cmの大薙刀を出すのは止めなさい。
抑々、その正体は空間魔法を使い熟し、星の海を渡り征くショゴスである。服の中が亜空間に繋がっていても、別に不思議はない。
それどころか、本来は山をも(もしかしたら大陸をも)包み込むサイズのショゴスが、身長172cm程度の女性の姿に収まっている。それに本来Pt単位の質量(ショゴスの体細胞密度なんか知らないけれど)が、女性として不自然でない程度の体重(怖くて聞けない)に収まるのだ。どう考えても質量保存の法則が仕事していない。なら小瓶の中から鳩を取り出すが如く、服の中から薙刀を出したっておかしいことではないだろう。
……止めよう。ショゴスという生物(ナマモノ……かな?)の生態(……って、そもそも生きてるの?)を真面目に考えようものなら、正気を保つ為に喪ってはならないモノが、かき氷の如くガリゴリ削られていくような気がする。まさにネットスラングで言う「SAN値直葬」「SAN値がピンチ」という奴だ。
隣でシンディさんが必死になって見ないふり・気付いていないふりしているのが可哀想すぎる(おそらくバレたのかそれとも自分から話したか、シンディさんはリリスが人間じゃないことを知っている)。
そこで、助け舟を出すつもりで、話題を変えることにした。
「シンディさん、リリス。頼んでおいたもう一つの奴は、どうなった?」
二人に頼んでおいた、別のこと。それは、『ベスタ大迷宮』で採掘した銀鉱石の還元と加工、そして鉄の加工である。
銀鉱石は、組成としては硫化銀であることから、純銀に製錬しなければならない。これについては原始的でありながら精度の高い「灰吹き法」についての知識があったので、これをシンディさん経由で鍛冶師ギルドに教え、その対価として銀鉱石の精錬を依頼してもらったのである。
精錬された銀は、更に加工してワイヤーを量産した。銀ワイヤーは銅ワイヤーとは比較にならない伝導率を持つのである。
それを直径5cm程度の延棒状に加工した鉄に、反時計回りで隙間無く(捩れ無く)巻く。
おそらく、平成日本で平均的な学校教育を受けた者であれば、それが電磁石の作り方だということは普通にわかるだろう。だが、電磁石を作る為には、電気が必要なのだ。
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二人が作ってくれた、地上の全自然鉱石中最高の電導効率を誇る銀ワイヤーを巻いたコイル巻鉄棒(仮称)は、計10本。それを持って、その日街の外に出た。
その日は天気が悪く、午後には嵐になる。そう言われていた。
そこで、草原の真ん中まで行き、コイル巻鉄棒に巻いた銀ワイヤーの一端を地面に挿した。
実は、もう危険な時間帯に突入している。いつその瞬間が来てもおかしくない。そしてその瞬間が来てしまったら、俺の命など一瞬で潰える。
だから急ぎながら、けど慎重に作業を進め、10本全て挿し終えた。
そして、銀ワイヤーのもう一方。こちらには1,000mくらいの長さを残しているのだが、これを一斉に天空(雷雲)に向けて〔射出〕し、同時に俺はその場所から可能な限りのスピードで避難した。
……避難した、つもりだったが、〔空間機動〕で離脱した直後、銀ワイヤーに雷が直撃したようだ。
その後暫くして気絶から醒め、俺は自分が生きていることが奇跡に近いことを自覚した。
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地上で、どのように磁石が生まれるのか。これは二つの生成原因がある。
一つは、火山地帯の鉄鉱石(酸化鉄)が硫化鉄になり、且つその莫大な地熱で変性し磁硫鉄鉱になる、というモノ。
もう一つは、鉄鉱床に雷が落ち、大電力と電磁熱で鉄鉱石が帯磁し、磁鉄鉱になる、というモノ。
そして後者の現象を、小学校で超小規模に再現したのが、電磁石の作り方である。
だから、より効率的に、帯磁し易いように、導線をコイル状にし、且つ確実に落雷するように導線を雷雲中まで伸ばしたのが、今回の俺の実験であった。
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シャレにならないレベルでの命懸けの実験の結果、かなりの強力な天然磁石を生成することが出来た。何しろこの世界は、磁石に関する研究は殆ど進んでおらず(磁石は「土の精霊神の悪戯」だから、その意味を考えること自体が無意味であるというのが一般の認識)、当然電気に関する研究も誰も行っていない(ちなみに落雷は「風の精霊神の神威」なのだそうな)。
磁石を作る為には電気が必要で、発電の為には磁石が必要。
しかし天然磁石は少なく、そもそも電気は無い。
だから、少々無茶をしてでも磁石を作る必要があったのだ。
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それから数日。俺は孤児院の自分の部屋に籠って、この磁石についてを研究していた。
安全か危険かは置いておいて、磁石(或いは電気)を作る為に、自然の落雷を利用するというのは、どう考えても今回限り。あまりに効率が悪い。
だから、俺の得意な分野で研究を進めれば良い。つまり、無属性魔法だ。
無属性魔法で磁場を動かせれば、そのまま魔法で電気を生み出せる。
そう思って試行錯誤しているのだが、今まで以上に難敵だ。
けど、ふと思った。
何で今回に限り、俺は物理学に拘っているのだろう?
今まで無属性魔法を開発するにあたって、どれだけ厳密に物理学を考慮した?
魔法に必要なことは、結果を観測すること。そして遡って事象を確定すること。隕石を落とすのに、隕石の所在地などの小難しいことは全部無視したように、ただその結果が観測出来る環境を整えれば良い。
なら、魔法で磁力の操作をする為に今しなければいけないのは、磁力の可視化だろう。
それは難しいことではない。砂鉄を使えば良い。これも、小学校の実験のレベルの問題だ。
砂鉄を使い、磁力線を可視化した上で、その磁力線を動かすことを考える。
砂鉄で作った磁力線が動くのなら、それは魔力が磁力に干渉したという、明らかな証拠。
そして俺は、無属性魔法Lv.6【磁界誘導】を完成させたのである。
(2,843文字:2015/12/12初稿 2016/09/01投稿予約 2016/10/21 03:00掲載予定)
【注:Pは10の15乗、千兆を意味します。
「SAN値がピンチ」という言い回しは、〔逢空万太著『這いよれ!ニャル子さん』ソフトバンククリエイティブGA文庫〕が原典です。なお、「SAN値」については、本作第三章第36話「接触」のあとがきを参照願います。
「灰吹法」については、石見銀山遺跡のHP内コンテンツ「銀の精錬―灰吹法―」(http://ginzan.city.ohda.lg.jp/wh/jp/technology/haifuki.html)を、銀の性質についてはWikipedia「銀」の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/銀)を、それぞれ参照しています】
・ アレクは、「電気」イコール「科学」と考え、科学的に魔法を開発しようとしていたんですね。




