第12話 信賞必罰
第03節 戦後処理〔1/7〕
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戦争が終わると、冒険者や傭兵は自分たちが拠点としている町に帰れば良い。
だが、王族にとってはそうはいかない。
対外的には、戦費賠償と捕虜交換、その他戦勝国として領土割譲や通商上の優遇措置など、要求し話し合わなければならないことは多い。
また内部的には、論功行賞と責任追及などをする必要がある。そしてその為には、此度の戦争の一部始終を、改めて問い直さなければならないのだ。
まず、ベルナンド辺境伯。彼に対する責任追及は、壮絶なモノになることが誰の目にも明らかだった。
辺境伯とは、抑々他国と国境を接する領地を持つ貴族であり、格としては通常の伯爵と違いはないものの、領軍として保有出来る規模は他の伯爵領軍の三倍程度まで許される他、有事に於ける特別税の制定や、臨時徴兵等により保有が許される規模を超えた戦力の一時的な保有など、様々な特権が認められる。それは万一敵国からの侵略があった場合、辺境伯領軍の戦力だけで敵軍を食い止め、且つ国軍が到着するまで持ち堪える必要があるからだ。
ところが、ベルナンド辺境伯は保有が許される限界数の兵力が存在すると王都に報告し、軍の維持費としてその兵数に応じた補助金を受け取っていたにもかかわらず、実際は領軍と呼べる兵力が殆ど存在していなかった。
また戦争の兆候が見えた三年前の時点で、その報告を握り潰していたことから、逆にマキア(或いはスイザリア)に通じていた可能性さえ取り沙汰されている。
そして実際にマキア軍が兵を挙げてからも、マキアによる侵攻は無いと言い張り、ルシル王女が騎士団を率いて王都を出るまでは、防衛軍の編成さえ行っていなかった。
更に、実際に防衛出動をするという段になって、臨時徴兵で数だけ取り敢えず揃えたものの、その過半が脱走するという為体。
伯爵家の取り潰しさえあり得ると、宮廷雀たちは囁き合っていた。
それに対し、ハティス町長ケイン・エルルーサ卿。準男爵でしかない彼は、しかし事の発端となる密輸事件を突き止め、独自に密偵をスイザリアに派遣することで、此度の戦争を事前に察知することが出来た。
此度の戦争の補給も、事実上ハティスだけで賄っていたことがわかり、男爵への陞爵も現実味を帯びている。
そして、そのどちらにも関わりのある個人の名前は、しかし表に出るまでに時間を要した。
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「ルシル姫。此度の戦争に関する、報告書が纏め上がりました」
「有り難う、侍従長」
それは、ある個人の、四年間の足跡に他ならない。
「姫様、何か興味深い内容でもございましたか?」
「うん、シルヴィア。貴女も読んでみると良いわ」
ルシル王女は、報告書を自分の近衛を務める幼馴染の女騎士に渡した。
「……、これは!」
「そう、最初から最後まで、『彼』について書かれている。
最初から最後まで、『彼』の名前が出てくる」
「ベルナンド辺境伯の妾腹の息子、ですか」
「優秀過ぎるがゆえに、家にいられなくなり、優秀過ぎるがゆえに、いつの間にか事件の中心にいた、ってことね」
「もし『彼』が辺境伯の嫡子だったら、どうなっていたでしょう?」
「わからないわ。庶子だったからこそ、己の才能を磨く必要があったのかもしれないし、逆に嫡子だったとしても、王都で頭角を顕していたかもしれない。
けれど家を出て冒険者になったからこそ、自由に動けたからこそ、その足で真実を確かめることが出来た。それは事実。
だから、過去に向かって『もし』は、意味がないわ。
はっきりしているのは、彼がいたからこそ今私たちはお茶を飲んでいられるってこと」
「おっしゃる通りですね」
「今度のことで、ベルナンド伯爵家は間違いなく改易になるわ」
「『彼』を当主に立てて家名を存続させる、という可能性は?」
「無いわ。そうするにはあまりにも、辺境伯の罪が重すぎる。
『彼』の勲を正当に評価する為にも、寧ろ家名を問わず個人として賞する必要が出てくるの。『彼』個人に家名を与え、騎士爵に叙するというのが陛下としての落としどころだと思うわ」
「元辺境伯家の騎士、ではなく、冒険者出身の騎士、ですか」
「そういうことよ。
私も、『彼』が騎士になるのなら、近衛に取り立てようと思っているわ」
「姫様。また物好きな……」
「実際、あまりにも気になるのよ」
「年下の男が趣味だったんですか?」
「そういう意味じゃないわ。
シルヴィは気付かなかった?
私の氷結魔法は、あれほど強くない」
「! それに、『彼』が関わっている、と?」
「わからない。けど、あのときあの時間に、私に氷結魔法を使えと言ったのは、『彼』よ」
「ですが、それだけでは……」
「もう一つあるの。その報告書からは除外されているけどね。
昨年の末、スイザリアの副都モビレアに、星が落ちたのを知っているかしら?」
「はい、噂には」
「ちょうどその頃、彼はモビレアに滞在していた事実があるわ」
「え?」
「神話級魔法、〔星落し〕。
もしあの時、星が落ちたのが、神威ではなく人為なら。
それを為し得たのは、一体誰かしら。
そしてそれを為し得るほどの魔術師であれば、私の氷結魔法を隠れ蓑にして、最上位氷結魔法〔酷寒地獄〕を発現出来るのではないかしら?」
「それは姫様が『彼』を英雄と思い込みたいが故の、強引な考えでしかないのではありませんか?
まず神話級魔法とされる〔星落し〕が、実在する魔法なのかどうかさえわかりません。
実在する魔法だとしても、あの日星が落ちたのが、神の意思なのか人の魔法なのか、それを区別する術もまた、ありません。
そしてあれが人の魔法だったとしても、且つ『彼』がモビレアにいたのが事実だとしても、彼が〔星落し〕を使ったという証明にはなりません。
最後に〔星落し〕を使える魔法使いが、〔酷寒地獄〕を使えるとは限りません。というか、〔星落し〕は土属性の魔法と謂われますから、水属性の〔酷寒地獄〕とは属性が違います。
何より、『彼』が〔星落し〕を使えるのなら、はじめからマキア軍の本陣に星を落とせば、それだけであの戦争は終わりました。何故そうしなかったのでしょう?」
「『彼』は言ったわ。『このフェルマールに英雄姫が誕生する』って。
あぁいう大規模魔法は、ちゃんと表舞台に立てる人間でなければ行使すべきではないと考えているのかもしれないわ」
「流石にそれは、考え過ぎだと思います。
そもそも姫様、『彼』は無属性だという話ですよ?」
「ゑ?」
「資料の中に、『彼』が加護の儀式を受けた際の記録もあります。
どの精霊神も、『彼』に加護を与えていません」
「それじゃぁ……」
彼女たちが真実を知るには、まだ幾許かの時間が必要だった。
(2,668文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2015/12/10初稿 2016/09/01投稿予約 2016/10/15 03:00掲載 2021/01/23衍字修正)




