第10話 前夜
第02節 カンタレラ戦争〔6/7〕
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王族兄妹の抱擁が終わって。
「ところで、軍議の前に、確認したいことがある。傭兵隊長はいるか?」
「ここに」
「脱走兵を一人確保した。お前に首実検を頼みたい」
「御意に」
「おい、連れて来い」
そしてリヒト王子が連れて来た少年を見た傭兵隊長は。
「……坊主! 生きてたのか?」
「知っているのか?」
「知っているも何も、この坊主のおかげで、姫殿下の軍は殆ど犠牲者を出さずに撤収出来たんです」
「待って。傭兵隊長、貴方は何を言っているの?」
「はい、王女殿下。
あの時、この坊主、否この少年が撤収を呼びかけてくれたから、俺たちは退くタイミングを間違えずに済んだんです。
こいつはあの後、マキアの本陣に単身駆け込み、将軍の側近二人と将軍自身に深手を負わせる大戦果を挙げています。だからこそマキア軍は追撃する余裕もなく、それどころかこいつ一人を捕まえる為に、少なくない兵力を割くことになったんです。
こいつがいなければ、王子殿下の援軍が到着する前に俺たちはマキア野郎に蹂躙されていましたよ」
「そう、あの時の……」
「と、いう事はルシル。こいつは脱走兵ではないのだな?」
「はい。寧ろ大殊勲の英雄です」
「そうかわかった。
おい、猿轡を外し、縄を解いてやれ」
「ハッ」
◇◆◇ ◆◇◆
「大丈夫か?」
以前世話になった傭兵のおっさん(傭兵隊長だとは知らなかった)が声をかけてきた。
「何とかな。それで、こっちの様子も教えてくれるか?」
「物資の殆どをブルックリンの丘に放棄してしまったし、色々あって脱走兵もかなり出ているが、まだ戦力は維持している。
だがな、そんなことはおめぇが心配するこっちゃねぇって言っただろう?
おめぇはその立場以上の大役を果たしたんだ。もう良いから休めよ」
「そうはいかない。特に、明日の戦は最前線に出るぞ」
「何故おめぇはそんなに無理しようとするんだ?」
「明日の戦は特別なんだ。
何しろ、このフェルマールに英雄姫が誕生するんだからな」
「え? ひろいん? それって私のこと?」
「立場を弁えぬ直言を御赦しください。
明日早朝、我が軍の後方から、つまり北西から南東に向けて、強い風が吹きます」
「……、それが、何だというの?」
「つまり、敵陣内で強力な氷雪魔法が炸裂しても、先日のように味方を巻き込む虞はございません」
「! つまり、先の戦いは私の氷雪魔法の所為で負けたのだから、今度は私の氷雪魔法で決着を付けろ、って言いたいの?」
「ご存分に。」
「わかったわ。今度こそ、目にモノを見せてあげるわ。
この戦争での勲一等は、アンタじゃなくて私だからね!」
「おっしゃる通りです。
王子殿下。補給物資は足りていますか?」
「我が軍の備蓄は充分あるが……」
「では、傭兵隊長。ハティス町長より預かった物資を持参しています。一応二万五千人の1ヶ月分。ですが戦争は明日午前中には終了しますから、今夜は充分飲んで食べて、英気を養いましょう」
「待て待て待て! 何でそんなもの持ってやがる?」
「万一に備えて全体量の三分の一を、俺個人の〔無限収納〕で預かっていたんです」
「……とんでもねぇ奴だな。だが確かに助かった。
はっきり言って、足りないどころの話じゃなかったんだ」
「それを収納出来るサイズの〔亜空間収納〕というのも気になるが、それ以前の話でそれだけの量となると、個人が思い付きで調達出来る量じゃないな。いつどこでどうやって入手した?」
「戦前に。スイザリアを旅しているとき、不穏な噂を聞いたので、万一に備えて俺の、じゃなく私の資金で調達出来る限界量を調達しました。『300年の毒』の暗号名を使ったら相手の商人が何か勘違いしてくれたらしく、かなりの量が調達出来ました」
「ということは、『300年の毒』を突き止めたという、ハティス町長の密偵はお前か?」
「スイザリアを旅する為に、そういった身分を町長に用意してもらったのは事実ですが、あとは全部偶然の結果です」
「敵軍の侵略を事前に察知し報告を上げ、敵軍の補給物資を押収して友軍に提供し、戦場にあっては壊走する味方の殿軍を守り、敵将軍に一騎討ちを挑み側近二人を討ち取った上にその将軍に重傷を負わせ、そして援軍を引き連れ原隊に復帰し、更に放棄した筈の物資を安全に確保していた、か。
ルシル。お前、仮にお前の魔法だけで明日の戦闘に決着を付けられたとして、それで本当に勲一等を主張出来るのか?」
「……」
「だがまぁ良い。寧ろ、全ての武勲をこいつに持ち去られないようにするには、明日は頑張るしかないな」
「はい」
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俺の原隊復帰は、意外なほど多くの冒険者・傭兵たちに喜ばれた。
「良く生き残ったな。流石だぜ!」
「まぁこいつがくたばる訳がねぇと思ったがよ」
「それでも敵陣に向かって走っていったときは、これでおしまいかと思ったぜ」
そして、食事と酒の配給があり、火を焚くことも許された。
「なんか今日は、豪勢だな」
「そうだな、昨日までの食事が嘘みたいだ」
「さっき小耳に挟んだんだが、どうやら明日、決戦らしい」
「そうか、王子様が来てくれたからな」
「だが、王子様の軍は一万。俺たちの軍は、八千かそこらしか残ってないぞ。
対してマキア軍は四万近くに膨れ上がってる。どうするんだ?」
「ちょっと待って。俺のいない間に、そんなに減っているのか?」
「あぁ。騎士団が約千騎脱落している。辺境伯領軍はもう半分近くがいない。といっても、領軍の脱落は殆どが脱走だがな」
「をい。正規兵が脱走って、大丈夫かよ?」
「もともと数合わせの臨時兵らしいからな。こんなもんだろう」
「普通、こういう場合は傭兵たちの方が先に脱走するもんじゃないか?」
「お前の所為だ、莫迦野郎!」
「え?」
「おめぇが余計なことをしやがったから、冒険者どもや傭兵たちが、いい加減なことが出来なくなっちまったんだ。『あんな子供の冒険者が敵将に一撃加えたのに、イイ大人の傭兵が尻に鞭を当てて逃げ出すのか』ってな。
しかも戦死したと思ったら無傷で生還と来やがった。おめぇは一体どんな英雄の血を引いてるんだよ?」
「大した血筋じゃないさ。俺の親の名前なんか、恥ずかしくて名乗れない程度だよ」
多分、この戦争が終わったら余計に。
けどそれも、戦争が終わってからの話。
だから、さあ。
戦争を終わらせよう。
(2,827文字:2015/12/10初稿 2016/09/01投稿予約 2016/10/11 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)
【注:「尻に鞭を当てて逃げ出す」は、この世界の格言で、地球(日本)風の言い回しは「尻に帆掛けて逃げ出す」です】




