第09話 逃走
第02節 カンタレラ戦争〔5/7〕
森に逃げ込んだ俺を追う為に、マキア軍はかなりの数を割いて山狩りに向かわせたようだ。
一対一で戦えば、負けることは無いだろう。
一対二、いや一対五くらいでもまだ負けない自信はある。
だが、相手が何人だろうと瞬殺することは出来ないし、周囲に〔気配隠蔽〕を施しても戦闘音を完全に消すことは出来ない(〔気配隠蔽〕で隠すことが出来るのはその範囲内の音や匂いだけであり、その外側で発せられた声を阻害することは出来ない)。
つまり、戦えば戦うほど敵を呼び込むことになり、かといって戦わなければその捜索網は狭まる。ただ逃げることだけを選べば針路は単純になり、敵に予測させる余地を残す。ましてや〔空間機動〕で空を飛べば、俺の逃走方向を敵に報告することになる。だからこれも、選べない。
そして、俺は(これでも)人間だ。休まずに動き続けることは出来ない。〔回復魔法〕である程度補うことは出来るものの、これはあくまで体力の前借り。いつまでも続けられることではない。
森に入って、既に3日目。碌に休む時間もとれず、ただただ逃げ回っていた。
「いたぞ! あそこだ」
ほんの数分息を吐くと、すぐこれだ。しかも樹が密生しており天気も良くない為、もう方角も見失っている。位置関係を考えれば、陣を張っていた丘陵の南側にこの森があり、陣の西側にブルックリンの町が、北に暫く行ったところに再集結地点であると想定されるヴィッシンズの町がある。
そして今となっては、戦場となった丘陵とブルックリンの町はともにマキア軍の占領下にあると思った方が良い。だから両方を迂回してヴィッシンズの町を目指さなければならないのだが、果たして今俺はどこにいるのか。マキアに至る街道に出会っていないということは、森の東側に抜けたということは無いだろうが、南に、マキア国境に向かって走っている可能性も、否定は出来ない。
この森の中の逃走戦で、最も使い勝手が良い武器は、実はボーラと投石紐だった。どちらも音が殆どしないし、スリングの弾丸は無限にある。相手を殺す必要が無いから殺傷力が低くても問題にならないし、鎧の上からでも効果がある。そして怯んだ隙に距離を稼げば、〔気配隠蔽〕で隠れる余地が出来る。
そして5日目の朝を迎える。
◇◆◇ ◆◇◆
その日は良く晴れていた。
だから俺は、意を決して〔空間機動〕で空に上がり、太陽の方角を確認した。
その時、一緒に二つのモノを見ることが出来た。
一つ目は、海。俺は随分西側まで移動していたようだ。
二つ目は、揚陸中の艦。軍旗はフェルマールのモノだ。
この時代、少なくともこの大陸では、「砲戦」の概念は無い。その為軍艦は、陸戦力の輸送の他、接舷移乗の為の乗り物に過ぎない(衝角攻撃は、波の荒い外洋では使えない。ちなみにリングダッド王国領内の湖沼地帯では寧ろ、衝角攻撃に特化した水軍艦隊が組織されている)。だからこそ、陸上から簡単に迎撃される上に、一隻沈めば一軍が消滅するその危険性から、海軍力はあまり重要視されていない。
しかし、自国領内で上陸地点が確保出来ているのなら、兵力の大規模輸送にこれ程向いた手段はない。
距離があるから詳細には分析出来ないが、おそらくは一万程度の兵力が、援軍として派遣されてきている。上手く合流出来れば、心強い味方になる!
そう考えて俺は、〔空間機動〕で西に向かって飛び、ある程度の距離を稼いだところで仮眠をとることにした。
◇◆◇ ◆◇◆
当然ながら、そんなに派手に姿を晒してしかも針路まで明らかにしたものだから、すぐに追手が迫ってくる。〔空間機動〕で稼いだ距離も、仮眠を取ったから差し引きマイナス。
8日目には完全に追いつかれ、足を止めて対応しなければ、というタイミングで。
森が切れた。
そして、そこにはフェルマールの軍旗を掲げた集団が駐屯していた。
「敵襲! 銅鑼を鳴らせ!」
あっという間に臨戦態勢の兵士たちが集まってきて、逆に俺を追っていたマキアの兵士は一目散に逃げだした。
そして俺は不審者として捕縛され、この援軍の司令官たるフェルマール王国第二王子リヒト殿下のもとに引っ立てられた。……というか、何故いきなり王子殿下? 普通こういうのって憲兵の担当だろ?
「脱走兵というのは、お前か?」
「否、自分は脱走兵ではありません」
「嘘を吐くな。斥候でもないのに原隊を離れている奴が脱走兵でなくて何だというんだ?」
「部隊が敗退し、敵兵から逃げる為に森を彷徨っていました。
お許しいただけるのでしたら、すぐにでも原隊に復帰したいと思います」
「敗退しただと? ルシルの軍がか? 有り得ん!
良いだろう。ルシルと合流してからお前の処遇を決める。
……連れて行け」
後ろ手で縛られ、その上縄で荷駄に括り付けられ、引き摺られるように(ではなく引き摺られながら)行軍することになった。
それでも、追われることは無く、また夜も寝られるこの環境は、この数日間とは比較にならない。少ないとはいえ食事の配給もあるし、水も飲める。寧ろようやく得られた休暇だと思い、のんびり過ごすことにしよう。
◇◆◇ ◆◇◆
ブルックリン丘陵の戦いが終わってから、14日。つまり、暦の上では夏の一の月の十九日。リヒト王子の軍は、ブルックリンの町を眼下に見下ろす位置に来ていた。
そして、ブルックリンの町の其処彼処にマキア王国の国旗が揚がっているのを目撃し、既に町が陥落していることを知った。
「まさか、本当に町が陥落しているとは……」
「だから言ったんです。
そして町の中にマキア軍が駐留している気配がありません。つまり、ルシル王女の軍を追って進軍している、ということです」
「ルシルはどこまで下がった?」
「わかりません。ただ、もし軍の再編を行える余裕があったのなら、おそらくヴィッシンズの町ではないでしょうか。俺もヴィッシンズに行って情報を集めようと思ってました」
「よし、ではヴィッシンズだ」
もしマキア軍が追撃しているのなら、もう既に戦闘状態に突入しているかもしれない。
敗走中の寡兵と、残敵狩りに勢い付く大軍。ぶつかれば結果は明らかだ。
だが、もしルシル王女の軍が壊滅する前にリヒト王子の軍が追い付けば。
その為リヒト王子は、全軍に戦闘行軍(全速力)を命じ、脱落する兵を無視してヴィッシンズに向かった。
そして二日後。マキア軍の先鋒が、ルシル王女の本陣に迫ろうとするそのタイミングで。
リヒト王子の軍が戦場に到着した。
◆◇◆ ◇◆◇
「ルシル! 無事だったか」
「お兄様。醜態を晒しました」
「何を言う。よくぞここまで軍を纏めたな。お前も立派な王家の一員だ」
「否、もっと上手くやっていれば、もっと犠牲者を減らせたのではないかと思います」
「それは今後の教訓だ。今はただ、生きていたことを歓ぼう」
(2,991文字:2015/12/10初稿 2016/09/01投稿予約 2016/10/09 03:00掲載予定)




