表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者は魔法学者!?  作者: 藤原 高彬
第四章:「見習い騎士は気象学者!?」
146/368

第08話 失策

第02節 カンタレラ戦争〔4/7〕

◆◇◆ ◇◆◇


 夏の一の月の四日夜(五日未明)。

 糧秣(りょうまつ)を備蓄している区画から出火した。


 雨の所為(せい)で糧秣が()れないように、火属性の対抗魔法がかけられていたが、それが(あだ)となり、延焼を助けることになった。

 それを見た総大将、ルシル王女は、得意の氷雪魔法で火の熱を()じ伏せ、消火した。


 だが、連日の雨で周囲の湿度はかなり高くなっている。そして、「氷雪魔法」は水蒸気を凍らせて周囲の熱を奪う魔法だ。

 結果、陣の彼我(ひが)を問わず戦場全域の空気が冷却されることになった。


◇◆◇ ◆◇◆


 俺は【分子操作】の魔法を会得(えとく)し、且つ目標そのものを加熱・冷却することが出来るようになってから、自身の体温の調整も無意識のうちに魔法で行うようになっていた。

 例えば寒い時、人は鳥肌を立てて足を(ふる)わせる。

 鳥肌を立てるのは、毛穴を(ふさ)いで放熱量を減らす為だし、身体が震えるのは筋肉を運動させることで熱量を作り出し、寒さに対抗する為だ。

 だから、体脂肪中のカロリーの代わりに魔力を消費し、身体を温めることを選んだ、という訳だ。

 その為、どこかの暴走姫の魔法の所為で、外気温が氷点下となった戦場に於いても、手足が(かじか)(ちぢ)こまるということはない。

 しかし、他の連中はそうはいかない。これでは(ろく)に戦えない。ただ幸運にも、敵もまた同様の立場にある。


 にもかかわらず、マキア軍は全軍前進を始めた。

 この状況で全軍前進は、両者全滅の可能性のある、愚策中の愚策だ。

 普通に戦えば、マキアにとってはフェルマールを(ほふ)った(のち)にもなお一万五千の兵力が残る。後詰(ごづめ)の兵力を(ごう)すれば、約四万だ。ならこの酷寒の戦況で、()えて戦う必要は無い(はず)


 その理由はすぐにわかった。

 両軍が接敵した直後、南側の森の中から、充分な防寒対策をしたマキア軍約一万が出現したのだ!


 抑々(そもそも)、『300年の(カンタレラ)』の『毒』は、ルシル王女とマキア第三王子の婚約そのものだ、と解釈されている。つまりルシル王女は、逆ハニートラップに引っかかったのだ、と。

 だが、そのハニートラップはそれだけではなかった。

 マキア王国は、ルシル王女の得意とする氷雪魔法、その利点と欠点を分析し、それを戦略に織り込んでいた。

 兵糧(ひょうろう)を燃やしたのは、消火させる為。そしてルシル王女の性格を考えれば、王女自身が氷雪魔法で消火を行うだろう。

 そして気候。ようやく雪が()けた時季で、なお寒い日が続き、更に前日まで雨が降っていた。そんな時に氷雪魔法を使えば、その影響はかなり広範囲に(わた)る。

 その場にいる両軍は(ろく)に戦えなくなるが、逆にその対策をしている別動隊にとっては絶好の機会(チャンス)


 ……この戦い、フェルマールの負けだ。


◇◆◇ ◆◇◆


「撤退しろ!

 この戦いはフェルマールの負けだ。撤退しろ!」


 俺は戦場を駆け巡りながら、友軍に撤退を(うった)えた。


「一度退()いて態勢(たいせい)を立て直せ! ここで負けても最後に勝てば良いんだ。

 今は戦力を温存する為に、屈辱に耐えて撤退しろ!」


 そして俺は、敵別動隊が出現した森を目指す。

 弓手(ひだりて)戦闘(コンバット)ナイフ、馬手(みぎて)に数本の苦無(くない)。そして前方には〔(エアロ)(ボム)〕の弾幕。

 別動隊一万の中央を突破して、森の中に逃げ込む。

 そうすれば、敵軍は撤退するフェルマール軍を追撃する余裕もなくなるだろう。


 勿論(もちろん)、〔肉体(セルフ・)操作(マリオネット)〕で運動能力を底上げし、超低空で〔空間(エアロ・)機動(マニューバ)〕まで使う。時速にして(およそ)40km/h(キロ)。馬の全速に匹敵する速さ(スピード)で突っ込んでくる歩兵など、常識で考えれば恐怖でしかない。体当たりでも、結構なダメージを与えられる(但しこちらのスピードが減殺(げんさい)されるので、あまり嬉しくない)。


 敵中突破の最中(さいちゅう)、敵別動隊の将軍らしき男の至近を通ることになった。

 まともに打ち合うつもりは無く、殺そうという気概(きがい)もない。

 ただ、将軍とその側近に向けて苦無を全力で〔射出(インジェクション)〕し、成果も確認せずに脇を抜けた。


 あとで知ったことだが、この攻撃で側近の一人は頭を撃ち抜かれ即死、一人は足を吹き飛ばされ、二度と戦場に立てなくなった。そして将軍自身は、左腕を千切(ちぎ)り飛ばされたという。


 その結果、雑兵(ぞうひょう)に過ぎない俺を捕える為、少なくない人数が森に入ったという。当然、撤退するフェルマール軍に対する追撃などは行えなかった。


◆◇◆ ◇◆◇


 どこで間違えたのだろう?


 フェルマール王国第二王女ルシル姫は、全てが裏目に出る状況に混乱していた。


 はじめは、マキア第三王子との婚約。

 王立学園で出会った時、これが事実上の見合いであることは知っていた。しかし、王女はその人柄に政略を超えて()かれていった。

 学園では、一緒に魔法の練習もした。“氷雪”の二つ名を持つ王女と、炎熱魔法を得意とするもその制御に難がある彼は、互いの強みと弱みを語り合い、共にお互いの力を高め合った。


 年末を前に、第三王子は国に帰ることになった。「雪が()けたら迎えに来るよ」。それが彼の別れの言葉だった。

 ところがその冬、マキア王国の謀略(ぼうりゃく)が明るみに出た。マキア王国は300年前からフェルマールを侵略する為に、様々な策を練っていたというのだ!

 はじめはその情報を持ってきた密偵(その人物と直接会うことは無かったが)こそが、たとえばスイザリアの息のかかった者であり、ただの離間(りかん)策でしかないと思った。だが、調べれば調べる程、それが事実であると信じるに足る情報が積み重なっていった。

 だから、迎撃部隊は王女(みずか)らが指揮を()ることにした。もしかしたら現場で第三王子と出逢えるかもしれないから。そうしたら、事の真相を聞けるかもしれないから。


 しかし。戦場では、王女の氷雪魔法を逆に利用された。

 マキア軍は、はじめからそれの対抗策を用意して、フェルマール軍に迫ってきた。


 この(いくさ)は、フェルマールの負けだ。


 そして、この敗戦の責任は、間違いなく王女自身にあった。


 なら、自分の身柄一つで兵たちの助命を願えないか。そう思った時。


「撤退しろ!

 この戦いはフェルマールの負けだ。撤退しろ!」


 前線から、そんな声が響いてきた。


「一度退いて態勢を立て直せ! ここで負けても最後に勝てば良いんだ。

 今は戦力を温存する為に、屈辱に耐えて撤退しろ!」


 声の主が誰だかはわからない。王女の知る騎士ではないだろう。

 だが、その声の主は、まだ(あきら)めてはいないようだ。

 そうだ、まだ戦える。なら次こそは。


「撤退! 全軍に伝令、ヴィッシンズの町まで撤退しろ!」


 指示を出しながら、改めて声の主を探した。


 ……一人の歩兵が、何かを(さけ)びながらマキアの別動隊に向かって行くのが見えた。

 彼が撤退を訴えた兵士だろうか。だがおそらくは、無事では済むまい。


 残念に思いながら、王女自身も馬首を返し、ヴィッシンズの町を目指した。

(2,990文字:2015/12/09初稿 2016/09/01投稿予約 2016/10/07 03:00掲載予定)

【注:「悴む」は北海道地方の方言で「手足が凍えて思うように動かなくなること」です。筆者の母親は北海道出身ですが筆者は東京在住なので、標準語だと思っていました】

・ アレクの声は、魔法(【気流操作】)で拡大しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ