第07話 膠着
第02節 カンタレラ戦争〔3/7〕
開戦二日目、夏の一の月の朔。晴天、されど肌寒し。
フェルマール王国軍は、虎の子の騎士団を前線に投入することを決定した。
作戦概要は、傭兵部隊が敵の進軍を止め、辺境伯領軍が敵を分断、孤立した敵部隊を騎士団で殲滅する、というものだ。初日と違い、事実上の全軍前進となる。
現実的に考えれば、寡兵で大軍と対するのであれば、戦力の出し惜しみなど愚の骨頂。全部隊を、敵の極一部にぶつけることで、局所的に戦力差を逆転させる必要があるのだ。
前世日本の桶狭間や沖田畷。寡兵で大軍を降した戦いは、その戦況の推移はともかく、その根幹だけを採り上げれば、敵大軍の殆どを遊兵(戦場に居ながらにして戦争に参加していない兵力)となるように軍を動かし、実働戦力比を逆転させることで勝利をもぎ取っている。つまり、「10」対「100」では「10」の側に勝ち目はないが、敵のうち「99」を相手にせず、残り「1」とだけ戦えば、「10」対「1」で勝てる戦いになる。その「1」が敵本陣なら、残り「99」と戦わずに戦を終わらせられるのである。
閑話休題。
だがこの作戦は、ある一つの要因を無視している。それは、騎士団の実戦能力だ。
ブルックリンの町で集結した彼らを見た時、そこに歴戦の勇士の風格は見られなかった。もし虎の子が実は張り子の虎だったとしたら。この一戦でフェルマール軍が壊滅、ということにもなりかねない。
……否、止そう。こんなことは雑兵の考えることではない。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、突撃命令が下った。
俺自身、昨日よりは心理的に余裕がある。だから今日は、なるべく全体の動きを観察しながら戦闘するよう心掛けた。
最初の接敵では、(昔よりは体格も良くなり力も増したとはいえ)一撃で敵を屠ることは出来なかったが、一瞬相手の足を止めることには成功した。だが俺の方は足を止めず、相手の脇を走り抜けた。その直後、その敵は俺に続いて走って来た複数の傭兵の手で討ち取られた。まさに「足を止めた瞬間、袋叩き」にあったということだ。
そこで、俺自身戦い方を変えることにした。まず手にあった小剣を捨て、いつもの戦闘ナイフを抜いた。リーチの差で小剣を選んだが、今後の戦い方を考えるといつものナイフの方がやり易い。
そして、俺の劣等感の源である低身長を活かし、ただただ相手の足を切りつけていったのである。
切断する必要は無い。出血させる必要さえない。ただ痛みを与えれば、それで充分目的を果たせる。
また、ナイフでは相手の剣を受け止められないが、抑々俺の体格では剣を受け止めることなど出来よう筈もない。向かってくる敵に対しては〔気弾〕で体勢を崩し、それ以外の敵は容赦なくその足にナイフを這わせる。
そうしているうちに、辺境伯領軍が動いた。位置的には、俺たちを挟み込むように進撃する。……ということは、つまり。
騎士団が、俺たちのいる場所めがけて突撃してくる!
この場合、留まっていたら味方の騎士に踏み潰される。
左右に逃げようにも、辺境伯領軍に敵と間違えられて斬られるのがオチ。
ならば、敵陣最奥部まで駆け抜ける!
それまでは曲がりなりにも敵の足を切りつけようと考えていたが、むしろ刃で撫でるだけにし、今まで以上に走ることに専念した。相手と斬り結ぶことはせず、盾で受け止める代わりに〔気弾〕で弾き、ただただ向こうに突っ走る。
敵の密度はどんどん増してきて、擦り抜けること自体が難しくなってきた。
だから敵の密集地帯の後ろめがけて大きめの〔気弾〕を放ち、〔気弾〕の炸裂点を目指して走る。流石にこの攻撃は想定外だったようで、相手は受身もとれずに空白地帯を作った。
そして、走り抜けてから気付いたのだが、〔気弾〕の炸裂点は、実は敵部隊の陣(勿論大将が座する総本陣ではない)だったようで、ここで部隊長の首を獲っていれば、その後の戦況が変わっていたかもしれない。
ともかく、走り抜けたことでひとまず俺自身の危機は去った。が、敵陣を抜いたので、足を止めずに方向を変えた時。
突進力が売りの王国騎士団が、マキア軍の迎撃を受けその足を止めていた。
騎兵は、突進していればその重量(質量)だけでも恐るべき脅威になる。ましてやその突進力を乗せた騎兵槍の一撃は、全身鎧さえ紙のように貫く。
しかし足を止めたら、単なる標的になり下がるのだ。
前世日本の諺に曰く、「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」。その諺の由来となった状況を、そのままに再現してしまっている。
当然マキア軍も、足を止めた騎士団に対し、長槍を持って包囲攻撃するが、騎士たちは騎乗したままでは碌に身動きもとれず、また騎兵槍は重すぎて振り回して使うことも出来ず、ただその身に受ける傷を増やしている。
寧ろ馬を討たれた騎士は剣を抜いて戦えるので、逆に苦境を脱することが出来た。しかし馬が健在である騎士たちは。
◇◆◇ ◆◇◆
「うぉぉりゃぁあぁ!」
敵陣後方から、大声を上げながら突進する。
たった一人の突撃とはいえ、敵にとっては背後から、それも不可視の爆風(〔気弾〕)を伴っての小兵の突撃は、かなり動揺を誘うことが出来たようだ。
またそれを見た他の傭兵たちも、騎士団に集っていた敵兵の更に周囲から喚声を上げて突撃した。結果的に騎士団を囮として、傭兵部隊が敵軍を包囲してしまったのだ。
成り行きとはいえ局所的に敵軍の包囲を完成させ、敵軍約二千を散逸させることに成功した。
結局、この日の戦いの損耗数(戦死・行方不明・重傷による戦線離脱の全てを合した数)はフェルマール軍約五百、マキア軍約千五百。数の上ではフェルマールが有利だったが、フェルマール軍の犠牲者の多くは騎士団から出ており、戦力・士気の低下は著しかった。
◆◇◆ ◇◆◇
三日目から五日目。この間は、散発的な小競り合いに終始する。
騎士団による突撃に失敗したこともあり、フェルマール軍の戦術は消極的になっていった。
一方マキア軍は、第四軍の陣に敵傭兵の侵入を許したことで、寧ろ防御を固め、積極的な攻勢は差し控えた。
一見膠着状態に陥った両軍だが、次の状況変化はすぐそこまで迫ってきていた。
四日目から、霧雨が降り始めた。五日目の夕暮れには上がったが、ただでさえ肌寒い日々。この雨は兵たちの体力と気力を奪うに値するものだった。
(2,969文字:2015/12/09初稿 2016/09/01投稿予約 2016/10/05 03:00掲載予定)
【注:本文のルビ「クレオパトラの鼻が(もう少し)短ければ、その後の歴史が変わっていた」は、フランスの哲学者ブレーズ・パスカルの言葉の引用です。但しその邦訳(「鼻が低ければ」と一般には訳される)に誤解や誤認識が多分に含まれていると研究家は言います】
・ 混戦状態では、属性魔法は使い難いのです。秒を競う戦場で、とろとろと呪文を唱える訳にはいきませんから。一方、無詠唱で魔法を使えるのは導師級のみであり、こんな辺境の戦争には参加しません。
・ この日、アレクが捨てた小剣は、在りし日にアリシアがくれた物でした。それは生き抜く為の選択であると同時に、文字通り子供時代が終わったことを意味しているのかもしれません。




