第04話 孤児院にて
第01節 出征〔4/4〕
「こんにちは。セラさんいますか?」
孤児院の職員の制服(ミリアの意匠)を着た、けれど見覚えのない女性に声をかけ、セラさんを呼んでもらった。
「アレク君! 久しぶりね。随分大きくなって」
「止めてくださいよ。まだガキですよ、俺は」
実際、身長は漸く140cmに届いたくらい。シェイラは今145cmくらいなので、まだ追い付かない。『ベスタ大迷宮』で半年ほど時間を飛んでしまったのだが、成長期の子供にとって半年は大きい。半年あれば、シェイラに身長で追いついたかもしれないのに。
「何を言っているの。アレク君は昔も今も、私たちにとっては頼れる男性よ」
「有り難うございます」
「さぁ入って入って。ここはアレク君の家でもあるんだから。
あ、ごめんね。先に言わなきゃいけないことがあったわ」
「何ですか?」
「おかえりなさい、アレク君、シェイラちゃん」
「ただいま、セラさん」
「ただいま帰りました」
◇◆◇ ◆◇◆
セラさんはこの2年の間に雇用した職員を紹介しようとしたり、この2年間のことを聞きたがったり、またリリスのことを聞きたがったりしたが、シアをはじめとした大人組(12歳以上でなお孤児院に籍を置く子供たち)が戻ってくるまでは、と口を閉ざした。
そして夕餉の時間を前にして、大人組が帰って来た。
「アレク! 久しぶりだな」
「シアも久しぶり。相変わらずみたいだね」
「それは男がいないと言いたいのか?」
さておき。
取り敢えず、お互いの新顔の紹介を簡単にして(リリスのことは、単に「新しい家族」とのみ告げた)、子供たちと食事を共にして、ひと段落ついて。
「そういえば、結構子供の数が増えたね」
「そうね。この2年で13人、入って来たわ」
「経営の方は大丈夫?」
「さすがにアレク君がいた時ほどの余裕はないけど、アレク君が来る前ほど苦しくもないわ。少しだけど貯金も出来ているし」
「そうか。実はモビレアで服が売れたから、あとで売上金を金庫に入れるよ」
「それは正直有り難いわ。
特にこれから戦争が始まるって話で、色々値上がりしているから」
「実は、その話がしたかったんだ。けどその前に、食料や燃料は足りてる?」
「食料は充分、とは言い難いけど多分足りてるわ。彼らが頑張って狩ってきてくれているから」
と、セラさんは大人組に入れられた子供たちを見ながら言い、彼らもまた恥ずかしくも誇らしいといった表情をしていた。
「燃料も充分かな? 石炭もあるし」
「そうか。
で、シア。
もう話は聞いていると思うけど、徴兵の件」
「あぁ、聞いている。旅団一つにつき最低2人、だそうだ。うちからはあたしが征くことが決まっている。あと一人は……」
「その話だけど。単刀直入に。
氏族【Children of Seraph】からは、俺一人だけが出征することになった」
「え?」
「ご主人様、それはどういうことですか?」
「言葉の通りだ。ここにいる人間は、冒険者登録していても、此度の戦争に参加する必要は無い。俺が一人で行く」
「そんな! 私は足手纏いだというんですか?」
「シェイラ。はっきり言う。
もしマキア軍を全滅させることが目的なら、俺はシェイラに同行を求める。
だが、俺はマキアに恨みもなければフェルマールに恩もない。
俺が戦争に行く理由は、この街を戦争に巻き込まないようにする為だ。
フェルマールが勝つならそれで良い。けど負けるなら、マキア軍が勝ってもそれ以上の侵攻が出来ない程度の打撃を与えたい。
つまり、この戦争で俺がすることは、生き延びることとマキア軍に打撃を与えることだ。
だがそれでも力が及ばない可能性がある。
だから、シェイラにはここに残ってほしい。最悪の場合でも、孤児院を守れるように」
「ご主人様、無茶をするつもりはないのですね?」
「当然だ。万一の場合は敵も味方も放り出して逃げてくるよ。
だけど逃げ帰って来た時にこの街が燃えていたら、それは嫌だ。
だから、シェイラ。この街を、俺の帰る場所を、守ってほしい」
「……、わかりました。必ず帰ってきてくださいね」
「ああ。そして『最悪』がどの状況を指すのか、はリリスに訊け。
リリス。大丈夫だな?」
「問題ない。御屋形様の属する集団に何かがあり、御屋形様が対処出来ない状況が『最悪』と判断すれば良いのじゃな?」
「それで良い」
「なら大丈夫じゃ。任せておくが良い」
「だけど、そもそもどうしてアレク君一人だけ、なんてことになったの?」
「そうだ。普通そんなことが許されるはずがないだろう?」
常識で考えたらあり得ざる優遇に、セラさんとシアは首を傾げた。
「ごめん、詳しい話は二人にも出来ない。ただ、ちゃんと町長の許可を得ている。
決して不正なことはしていないと誓うよ」
「だけど、それでもアレク君は出征しなきゃいけないんでしょ?」
「そうだアレク。お前は本当にそれで良いのか? あたしたちが出征しなくても良いというのなら、お前だって拒否出来るんじゃないか?」
「リリス、お前はどう思う? 此度の戦争に俺一人で参加するのと、『ベスタ大迷宮』にシェイラと二人で挑戦するのと、どちらの生存確率が高いと思う?」
「どう考えても前者じゃな。武勲を求めるのなら話は別じゃが、生き残るだけなら比較にならぬほど簡単じゃろう」
「……という訳だから、シア。心配は無用だよ。
けどそれは、俺一人だから言えることでもある。誰かを守りながらじゃぁそうは言えない」
「わかった。悔しいが、今のあたしじゃお前の助けにはなれそうにないな。それこそ足手纏いだろう。おとなしく、守られることにするよ」
「そうしてくれると有り難い」
◇◆◇ ◆◇◆
話し合いが終わって。
「さて、セラさん、風呂に入りたいんだけど」
「駄目。」
「え?」
「うちの風呂は、子供と女だけしか入れません。アレク君は立派な大人の男なんだから、うちの風呂に入る資格がないんです」
「そ……そんな! じゃぁ俺は、何処の風呂に入れば良いんだ!」
「シンディさんが商業区に公衆浴場を作ったから。そっちで入って?」
「あ、そうなのか。わかった」
「では私も」
「シェイラちゃん。公衆浴場は男女別浴よ。一緒には入れないわ」
「そ……そんな! じゃぁ私は、誰に髪を洗ってもらえば良いの?」
「アレク君。もしかして――」
「はい。今まで一緒に入っていました。」
「アレク君? 君たちはもう、立派な大人の男と女なのよ? 一緒にお風呂って、どうかと思うな」
「いやでも、俺とシェイラは家族だし」
「御屋形様。遠い国の言葉で『男女七歳にして席を同じうせず』というのでは?」
「リリス! この裏切り者!!」
結局、一人で公衆浴場に浸かるのであった。
だが、そこの休憩室でシンディさんと再会出来たのは、望外の僥倖。入浴前にちょっと話し込むことになったが、その時の話題は、また後日。
(2,714文字《2020年07月以降の文字数カウントルールで再カウント》:2015/12/08初稿 2016/07/31投稿予約 2016/09/29 03:00掲載 2021/01/21誤字修正 2022/05/29誤字指摘に伴いスペースの位置を修正)
 




