第02話 帰還
第01節 出征〔2/4〕
カナン暦700年の歳の末の月。俺たちは二年ぶりにハティスの街に戻って来た。
俺が憂さ晴らし兼後方攪乱の為モビレア上空で〔星落し〕を炸裂させた後、幌馬車で北へ向かった。この状況で追捕がかかるとは思えなかったからだ。
そしてシェイラと合流後、馬首を返してスイザリアのアルバニーの街を目指した。
「ご主人様、ハティスに急がなくて良いのですか?」
「シェイラが充分にお役目を果たしてくれたからね。町長からの手紙にも書いてある。年が明けたら忙しくなるんだから、年内くらいはゆっくりしていなさい、って」
「そう、ですか。ではこれからどこに行くんですか?」
「入間氏が得意としていたのは、補給の確保だ。そして今回の戦争の為に、大量の物資が必要になる。けど、これから雪の季節を迎えるハティス周辺で物資の徴用はしたくない」
「ああ成程の。なら敵国であるスイザリアでそれをすれば良い、ということか」
傍で聞いていたリリスが、合点がいったとばかりに合いの手を入れてきた。
「ビンゴ。この代金は必要経費としてハティスどころか国に請求出来そうだしな」
「しかし、軍を支えるだけの糧秣を用意出来るかの?」
「全てを用意するのは流石に無理だろうけど、全くしないのとでは全然違うだろう。そしてアルバニーはスイザリアの首都とモビレア、そしてアザリア教国の首都アサドラルを繋ぐ要衝だ。かなりの量を揃えられるだろう」
◇◆◇ ◆◇◆
アルバニーでは、『300年の毒』という言葉を匂わせることで、恰も俺たちがマキアの軍属であるかのように誤解させ、大凡二万五千人の3ヶ月分に相当する糧秣を確保することが出来た。どうやらマキア軍の後詰の為の予備の糧秣だったようだ。
そして雪が降り出す中、ウィルマーに立ち寄り【銀渓苑】で一泊して(今度は普通の部屋で良い、と言ったのだが、シローと同郷の人間をお座成りに扱うことは出来ないと言われ、また銀渓庵を使うことになった)、そのままリュースデイルの関を越えた。
雪はだんだん積もってゆくが、それでも馬の蹄鉄を取られるほどではない。
二年前とは比較にならない程のんびりとした旅を続けながら、しかしこれが嵐の前の静けさであることはわかっていた。
◇◆◇ ◆◇◆
「シェイラ。街に入ったら真直ぐ商人ギルドに行って、倉庫を借りろ。アルバニーで仕入れた糧秣を収納出来るサイズの倉庫だ。事情は商人ギルドに話して構わない。ただもう持ってきていることは話すなよ」
「畏まりました」
「終わったら冒険者ギルドで待ち合わせをしよう。
リリスは俺と同行してもらう。俺たちはこのまま街の庁舎へ行く。幾つか話し合わなければならないからな」
「構わぬよ」
そのまま庁舎に行くと、その受付の顔に見覚えが無かったので、
「町長に面会を希望します。『毒の処方箋』を持ってきたと伝えてください。それで全てわかります」
「かしこまりました。少々お待ちください」
待つこと暫し。やがて案内役が飛んできて、町長の執務室まで通された。
「久しぶりだな、アレク君。それから、そちらの女性は初めてだな? 私はハティスの町長、ケイン・エルルーサ準男爵という」
「妾はリリス・ショゴス。アレクの奴隷ぞ」
いくら何でも態度がでかすぎないか? とか、僅かたりとも頭を下げないのは王族の礼儀だったような気がするが? とか、『ショゴス』は苗字なのか? とか、奴隷って爵位だったのか? とか、ニートって何だよ? とか、ツッコミどころが満載だが、どうやら町長は『個性』の一言で納得したようだ。
「と、とにかく。済まないけど話を聞かせてくれないか。シェイラの報告で街が、領主が、そして国がどう動いたのか知りたい」
「当然だな。
まずハティスは、戦時体制に移行することを宣言した。鍛冶師ギルドは武具の増産を始め、冒険者ギルドは食材の調達と戦力の強化、そして治安維持以外の依頼の発注を取り止めた。魔術師ギルドは生徒たちに教える魔法は戦闘用を中心にすることになり、商人ギルドは軍資金と糧秣の調達に走る。また南方へ向かう商隊は全て街を出ることを禁じた。
一般市民も、薪や木炭、食料等の使用は最小限に留めるよう布告を出した。戦時徴用も考えたが、これからの時季、徴用などしたら餓死者が街に溢れる。市場で品薄になることが予測されるから、備蓄を増やすように指示してある。
一般市民でさえそうなのだから、貧民街ではもっと酷くなるだろう。だから役人と孤児院が共同で、貧民街で炊き出しをすることになった」
「ちょっと待て。孤児院も炊き出しに協力するのは構わないが、まさかその資金は孤児院から出させているのか?」
「流石にそれは無いな。街で予算を付けている。孤児院も子供たちが増えて、それ程余裕のある経営が出来ている訳ではないようだからね」
「そうか。実はスイザリアで、マキアに輸送される予定だった糧秣を上手く接収出来た。大体二万五千人の3ヶ月分だ。請求書は廻すから、上手く使ってくれ」
「本当か! それは助かる。
それから、王家の方々の話だが。
ルシル王女をはじめ、皆様方お前の報告書を信じたくないようだったが、事実を測る為にも国軍騎士団2個四千騎を派遣してくださることになった。総指揮はルシル王女自らが執られるようだ。
真実なら第三王子の首を、誤報ならそれを提出した密偵――つまりアレク君、君のことだ――の首を、その手で取る、とおっしゃっているそうだ」
「おぉ、怖」
「一方で領主様。
前提として領主様は、マキアによる侵攻に対し否定的だ。有り得ないとまでおっしゃっていた。
だが国軍四千が動くとなり、領軍も出さざるを得ないという状況になって、その理由が判明した。領軍は公称三万だが、実際は七千もいなかったようだ。今必死になって徴用しているが、前線に派遣出来るのは六千が精々だろう」
「国軍が四千なのに、辺境伯領軍が六千? それは余りにも恥かしいな」
「そうだな。
だからこそ、冒険者たちに対する呼集が通常より重くなる。
本来なら一旅団につき最低1人が徴兵されることになるが、今回に限っては2人以上徴兵されると思った方が良い」
「それなら、甘えさせてもらいたい。孤児院からは、俺が一人で出る。
だからそれで、定員を満たしたことにしてほしい」
「本来なら、赦されない。
だが、諜報活動に、糧秣の調達。既に充分以上の活動をしている。
軍役は果たし終えているといっても過言ではない。
寧ろ、アレク君が不参加といっても誰からも文句は出ないだろう」
「そういう訳にもいかない。これは俺の戦だからな」
「否御屋形様、妾たちの戦じゃ」
(2,994文字:2015/12/08初稿 2016/07/31投稿予約 2016/09/25 03:00掲載 2023/10/08誤字修正)
【注:「これは俺の喧嘩だ」「いいえ、私たちの喧嘩です」というのは、〔三雲岳斗著『ストライク・ザ・ブラッド』アスキーメディアワークス電撃文庫〕の主人公・暁古城とヒロイン・姫柊雪菜の定番の掛け合いです】




