第01話 緊急電
第01節 出征〔1/4〕
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「止まれ! ここはお前のような薄汚い小娘の来るところじゃない!」
冬の一日の早朝、ハティスの街の町長の邸宅。
その正門前で、白金の髪の少女が衛士に誰何されていた。
「町長様にお取次ぎを願います。私はベルナンド領主様の令息、アレクサンドル様に仕える者です。伯子様より町長様へ、重要な書状を持って参りました」
「見え透いた嘘を吐くな。貴族の名を騙ることが重罪だと知らないようだな」
「存じております。ですから領主様の名と精霊神様の御名に懸けて嘘偽りを申すつもりはございません」
「ああそうか、わかったわかった。わかったからとっとと去れ」
「ではせめてこの書状を町長様へお渡しください」
「そんな怪しげなモノを町長様に見せられる訳がないだろう。良いからさっさと行け!」
どうやら衛士は聞く耳持たないようだ。仕方がない、と白金の少女は覚悟を決めた。
「……わかりました。私は伯子様より、道を阻む者は排除せよとの命令を受けております。ですから謝罪は致しません」
「何?」
勝負は一瞬だった。少女が常軌を逸した迅さで衛士の懐に飛び込んだと思ったら、次の瞬間、衛士の体は宙を舞い、地面に叩きつけられていた。
それを見た他の衛士たちは少女に槍を向けるが、少女は既に衛士たちの脇をすり抜け屋敷に向けて走っていた。
「出会え! 侵入者だ。出会え!」
俄然騒がしくなる邸内。だが。
「待て! お前は確か、アレク殿の従者の……」
「はい、シェイラと申します。我が主人より、否、『アレクサンドル伯子』より、町長様へ緊急の報告を持って参りました。大至急お目通り願います」
邸内には白金の少女、シェイラを知る者がいた。それにより、邸内での激突は避けることが出来たのだった。
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シェイラは応接室に通され、町長と一対一の面会を許された。『伯子』の名を使ったのは、町長が用意した旅券のうち、町長の密偵としての立場の旅券に記された名が『アレクサンドル・ベルナンド伯子』だったからである。冒険者でも、商人でもなく、密偵としての立場での面会であることを暗に示し、事の重要性を告げたということだ。
「久しぶりだな。シェイラ嬢。アレク殿はどうした?」
「お久しぶりです、町長様。ご主人様はこちらに向かっている最中です。
一日でも早く町長様にお知らせすべき、と仰せられ、私が先行した次第です」
「何があった? そなたはアレク殿のことを『アレクサンドル伯子』としきりに称しておったな。それはつまり――」
「はい。例の密輸事件から、ある陰謀が明らかになりました」
そして、シェイラはアレクがモビレア市で知り得た事実を町長に話した。
「『300年の毒』、か。とんでもないモノが出てきたな」
「はい。ご主人様は、おそらく来年、雪融けを待ってマキア王国軍が進軍を開始すると予測しています」
「……我が国から密輸された鉄がスイザリアに正規の輸入という扱いで流入し、そしてスイザリアの宿敵とされるマキアに流出している。加えてマキアは軍旗を伏せてスイザリア領内で演習を、か。
正直、其方らの報告が間違いであってほしいと思う。だが真実であれば、今すぐ対処しなければ間に合うまい」
「はい。場合によってはご主人様が到着するまでの数日の誤差で、春の戦いに於いてフェルマールは後手を打たざるを得なくなるかもしれない、とおっしゃっていました」
「相わかった。
ところで其方はこれからどうする?」
「ご主人様を迎えに行きます」
「そうか。だが予定外の客とはいえ、来客に茶の一杯も出せぬとあれば、私が笑われる。すまないが一杯だけ茶に付き合ってもらえぬか?」
「いえ……」
「実はこれからアレク殿に信書を認めなければならない。それを書き上げるまでの時間で構わない」
「そういうことでしたら」
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「誰か、在れ」
「ここに」
町長の呼集に応じ、使用人の一人が応接間に入ってきた。
「孤児院に使いを出せ。迎えを寄越せ、とな」
そのソファーでは、シェイラが眠っていた。
「薬を使われたのですか?」
「どうやら昼夜を隔てず走ってきたようだな。随分疲れているようだった。
だが彼女は役目を果たした。なら一日くらい休んでも、アレク殿は叱りはしないだろう」
「畏まりました」
「それから、侍従長を呼べ。王都と領都に早馬を出す。
三ギルド(冒険者・商人・鍛冶師の各ギルド)のギルドマスター、その他街議会の幹部らも集めろ。緊急の会議を開く。
これから雪が融けるまで、休む暇が無くなると伝えろ」
「畏まりました」
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「町長様、お呼びと伺い参上致しました」
「セラ院長か。彼女を引き取ってもらいたい」
町長邸の応接間に招かれたセラ院長が見たのは、そのソファーで眠るシェイラの姿だった。
「彼女? ……! シェイラちゃん。どうしてここに?」
「彼女はとても重要な役目を果たしてくれた。だがその為に、彼女の愛するご主人様と離れ離れになっていてな。すぐにも戻ろうとしていたから、薬を使って無理やり眠らせた。
この屋敷で預かっても構わないが、おそらく彼女にとっては孤児院の寝台の方が、寝心地が良いだろう。馬車を用意してある。連れて帰ってあげてくれ」
「御配慮くださり感謝致します」
「あと、おそらく起きたらすぐに飛び出すと思うから、歩きながら、否、走りながらでも食べられる物を用意しておいてほしい。
それから、この書状を彼女に渡してくれ。アレク殿への親書だ」
「確かにお預かりします」
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その日の午後。
ハティスの街から早馬が二頭、ベルナンド伯爵領の領都とフェルマール王国の王都に向けて放たれた。
また翌日朝。白金の少女が、南へ向かって文字通り飛んで行った。
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数日後、ハティスの役場の会議室で、集まった街の重鎮を前に、町長が演説をした。
「諸君、戦が始まる。
二年前、我々がスイザリアに向けて放った密偵が、重要な真実を掴んで持ち帰ってくれた。
『300年の毒』。マキア王国は、我らフェルマールの最友好国と謂われているが、それは偽りであった。300年前から我が国を滅ぼす為に牙を砥ぎ、機会を窺っていた。
今、マキアの第三王子が我が国の第二王女ルシル姫と婚約をすることになっている。だがこの婚約劇こそが、マキアが我が国を滅ぼす為に生み出した毒そのものだ。
しかし、国王陛下も領主様も、そのことを今はまだ知らない。
我が密偵が予想するに、マキアの進軍は雪融けのすぐ後だ。場合によっては領軍も王軍も、間に合わないかもしれない。
ならば、我らの街を守れるのは、我々だけだということだ!」
戦が、始まろうとしていた。
(2,918文字:2015/12/07初稿 2016/07/31投稿予約 2016/09/23 03:00掲載予定)




