番外篇1 ある冒険者の独白
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俺の名はマティス。
スイザリア=リングダッド二重王国モビレア市の冒険者ギルドに籍を置く、銅札冒険者だ。
俺がアイツを始めて見たのは、カナン暦699年の夏の一の月だった。
俺が捜している姪っ子によく似た歳格好の娘を連れた男がいる、という、知り合いの冒険者の言葉がそのきっかけだった。
勿論、その娘がプリムラでないことは(身体的特徴を確認すれば)すぐにわかる。あくまでも歳格好が似ているだけだ。だが、既に些細なヒントでも構わない、そう思っていただけに、人違いであることを承知でその娘とその連れを確認したのだ。
まず少年の方。
年齢相応の世間知らずを装っているものの、その眼差しは、まるで家畜の飼育場で生まれたばかりの仔馬が立ち上がれるか見定めている調教師のそれとよく似ていた。
そして少女の方。
猫獣人の相を持つ、しかしまだあどけなさを残すこの少女は、共にいた冒険者は「あと数年もすれば頗る付きの美少女になるな」などと無責任に評していたが、とんでもない。「獅子の子を猫と見紛うこと勿れ」というが、この少女は間違いなく、例えようもなく人食い虎の類だろう。そしてネコ科の猛獣に、首輪は付けられない。あの奴隷の首輪とて、気休めほどの役にも立たないだろう。
その少女が、恰も良く懐く家猫のような表情であの少年に付き添っているというのなら、あの少年の敵に対しては、少年が制止する間もなくその喉元に食らいつくだろう。
総じて、どちらとも関わり合いにならない方が吉、と断じざるを得なかった。
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しかし、運命は皮肉なモノ。
大規模国際誘拐組織の撲滅、という、俺にとっては直接的にプリムラに繋がりかねない依頼を受注した冒険者の中に、アイツらがいた。
他人のことに興味があるとは思えない二人だったにもかかわらず、この依頼を請けたことで少々気になり、二人のことを観察していた。
情報流出を懸念して、今回のクエスト参加者は全員ギルドの宿舎に缶詰めにされたのだが、ふとした瞬間、俺は二人の姿を見失ってしまった。だが、よくよく目を凝らしてみると、二人とも先程の場所から移動しておらず、だが何かの打ち合わせをしているようだった。
信じられないほど薄い気配。今のように凝視し続けていても、一瞬でも意識を逸らすともう捕えられなくなりそうなその隠形に、俺は直接殺気を向けられた以上の恐怖を感じ、背筋が凍った。
もしコイツらが敵だったら。少女が恐るべき使い手であることは、その姿勢・体捌きを見ればすぐにわかる。が、少年もまた侮ることの出来ない使い手であることに、間違いはないようだ。
だから俺は、寧ろこの二人に直接関わることを選んだ。敵か味方か見定める為に。万一敵だったら、すぐに逃げられるように。
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とはいえ、このクエストは空振りだった。否、ギルマスが敵味方を見極める為の試験、に過ぎなかったというべきか。
俺と、あの二人はその試験に合格し、その結果『悪神の使徒』なる組織の名を耳にすることが出来た。だが、知りたくもない事実も聞かされた。
『悪神の使徒』は、拐した少女たちを切り刻むのだという。そして、少女はその実験の犠牲者で、少年によって救われたのだとか。姪っ子がそのような目に遭っているかもしれないと考えると、居ても立ってもいられなくなる。
そして、俺とアレク・シェイラの三人は、(紆余曲折有ったものの)『悪神の使徒』の後援者の一人であるミルトン侯爵邸を襲撃し、またそれによって知り得た事実を基に『悪神の使徒』の本拠地を襲撃してプリムラたちを救出することに成功した。
またアレクは、プリムラの身体の中に埋め込まれていた魔石を摘り出し、後顧の憂いも払ってくれた。
初めて見たときの印象の悪さは、結局のところ「身内以外はどうでも良い」という、アレクの割り切りに起因していたというべきだろう。縁を持ち、少なくとも友人としての立場を得られた俺にとっては、寧ろこいつらはお人好しなのではないか? と思えるようになったのであった。
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その後アイツらは、『廃都カナン』やら『ベスタ大迷宮』やらと冒険し、いつの間にやら同行者(それも巨乳美人。薄緑色の長髪というのは珍しいが、アレクは年上好みなのか? シェイラちゃんを見ているとちっちゃい娘の方が好きなような気もするが)を増やしてモビレアに戻ってきた。
で、ついでと言っては何だが商人でもあるアレクに、商人ギルドの方で色々調べてもらったのだが。
とんでもない事実を探り当ててきやがった。
『悪神の使徒』の本当の後援者は、スイザリア国王その人。
国策としてフェルマールから密輸をし、宿敵である筈のマキアに武器や糧秣を流していた。
その目的は、フェルマールとの戦争。
フェルマールと、言い換えれば、アレクたちと戦う。
冗談じゃない。そんなことをするくらいなら、丸腰で『廃都カナン』の不死魔物に突撃する方が、まだ気が楽だ。
アレクは、戦争を止める為にフェルマールに戻るという。
だが、それは多分気休め。アレクも、もう戦争を覚悟している。あとは被害を最小限に食い止めることを考える程度だろう。
戦争の当事者がフェルマールとマキアなら、スイザリア人の俺にはもう、出番はない。
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そして、アレクたちと別れたその翌朝(といってもまだ空が白む前)。
モビレア市郊外の草原に、星が落ちた。
その爆発は、計ったかのようにモビレア市の貴族区画と行政区画のみを呑み込み、吹き飛ばした。
その騒ぎを目の当たりにして、俺はあの日の会話を思い起していた。
『神話級魔法?』
『知らないのか? 誰でも知っていることだと思ったがな』
あの日。意外に常識を知らなかったアレクが、神話級魔法に興味を持った。
そして今日。モビレア市に星が落ち、アイツにとっての敵であるスイザリア貴族の多くが肉片さえ残さずこの地上から消え去った。
古来、神話でも伝説でも、「星が落ちる」というのは、精霊神を冒涜した背徳の都に下る神罰の形としてという他、精霊神の神託を受けた英雄の誕生を祝してその敵対者の都に下される鉄槌、というものだ。
そして仮にアレクが神話級魔法〔星落し〕を為し得たのだとしても。
どちらにしても、これから歴史が動くだろう。それも、「激動」と評してもおかしくない程に。
その舞台は、おそらくフェルマール。
その中心に、アイツはいる。
なら、俺はその結果を見届けよう。
俺の、歳の離れた友人が、これから何を為すのかを。
(2,933文字:2016/09/17初稿 2016/09/17投稿予約 2016/09/21 03:00掲載 2016/09/21脱字修正)




