第42話 星の落ちる日
第08節 軍靴の音が聞こえる〔5/5〕
商人ギルドでフロウ男爵についてを調べる前に、ミルトン侯爵邸から押収した資料を、もう一度調べ直すことにした。
考えてみれば、俺にとって初めての討伐系依頼であった小鬼討伐以来、思い込んで行動して、その通りの結果が出たことなど一度もない。
だから頭をリセットして、先入観の無い調査を行おうと考えたのである。
ヒントは、物資の流出。その先は、スイザリア王国にとっての敵国であるマキア王国。
そして、西へ向かう商隊の列を思い浮かべると、同時にグレイス村で訓練をしていた謎の軍隊が思い出される。あれは結局、何処の軍隊だったのか。
資料を調べると、際立って多いのは、鉄だ。それも、フェルマールから輸入した鉄が、マキアへ流れている。
だが、これは二重の意味でおかしい。まず、フェルマール・スイザリア・マキアの三国の関係を考えると、フェルマールとスイザリア、スイザリアとマキアはそれぞれあまり良好とはいえない関係だ。
もう戦争が終わって300年も経つのだから、民間は普通に交流出来るが、軍需物資を遣り取り出来るほど友好的な関係ではない。
その一方で、フェルマールとマキアは最友好国だ。なら、マキアはフェルマールから鉄を買うのに、わざわざスイザリアを経由させる必要は無い。
そして、スイザリアもフェルマールからこれほど大量に鉄を購入しているが、そもそもどうやって? フェルマールにとって鉄は重要な軍事資源だ。その輸出は厳しい規制がかかる。
だから、リュースデイルの町長やギルド出張所の所長は、密輸という選択肢を選んだのだから。
……、もしかして。フェルマールから『密輸』された鉄は、スイザリアでは『正規の輸入』として取り扱われている? だとしたら。
俺は、スイザリアに三つの身分を持って来ている。
商人としての身分、冒険者としての身分、そして。
三つ目の身分。ハティス町長の密偵としての身分。
その、密偵として入国した目的は、密輸の調査。
だが、スイザリア側ではそれは違法な輸入ではなく、適法な輸入として扱っているのなら。
密輸犯の黒幕は、スイザリア王家ということになる!
……いやいや、「思い込んで行動したら危険」だろう?
「先入観の無い調査を行う」だろう?
決めつけては危険だ。けど。もしそうなら。
『300年の毒』。それは、国をマキアに売る為にフロウ男爵がスイザリア貴族になったことを指すんじゃない。カナン暦402年の、『対フェルマール臨時協定』。「フェルマールを前にしてマキアと握手する」と謂われる、その協定は、現在に至るまでまだ破棄されていない筈!
いやいや、いやいや、落ち着こう。決めつけは良くない。
調べてみれば良い。フェルマールからスイザリアへの物資の流入量を。スイザリアからマキアへ流出する物資の品目を。
ミルトン侯爵邸にあった資料は、あくまで報告書だ。現場の実際の品物の動きを記録したモノじゃない。実際の品物の動きは、商人ギルドの資料室にある。けど、おそらく閲覧許可は出ない。なら忍び込むしかない。そうしたら商人ギルドを敵に回すかもしれない。それでも。
◇◆◇ ◆◇◆
その夜俺は、シェイラとリリスを伴って、商人ギルドに潜入することにした。
「危険だけど、一緒に来てくれるか?」などと愚かしいことは訊かない。危険なら守れば良い。けど、どんな危険でも一緒にいた方がより安全だ。
気配を消して、警備をやり過ごし、ピッキングでカギを開けて資料室に侵入する。
シェイラにはフェルマールから来る商人の積み荷を。
俺はマキアへ行く商人の積み荷を。資料からそれぞれ調べた。
そして、事実と確信するに足るだけのデータを確認した。
◇◆◇ ◆◇◆
「マティス、マティス!」
「どうしたアレク、こんな夜中に」
「開けてくれ、緊急の話がある」
俺たちは、マティス達【夜啼き鴉】が拠点としている屋敷を訪問した。
「何かわかったのか?」
「いきなりだが、俺たちは今夜中に街を出る」
「何があった?」
「単刀直入に言う。フロウ男爵の後ろにいるのは公爵じゃない。国王だ」
「なんだと?」
「目的は、フェルマールとの戦争。表向きはフェルマールの最友好国を装っているマキアが、フェルマールに攻め上ることになるだろう。スイザリアはその後方支援を請け負っているようだ」
「どこからそんな話になったんだ?」
「例の、『300年の毒』さ。300年前、『フェルマールを前にしてマキアと握手』したんだ。そしてそれが、今なお有効だったということだ」
「……なんてこった!」
「先日、グレイス村の近くで、軍旗を掲げていない軍隊が演習を行っていた。
あれはおそらく、マキア軍だろう。
軍旗を掲げないのも当然だ。表向きの敵国の領内で、表向きの最友好国を侵略する為の演習をするなんて、何処の国に対しても表明出来る筈がない」
「そうか、わかった。そういう事情なら止められないな。
俺も、お前たちと戦争なんかしたくない。止められるのなら止めてくれ」
「わかった。戦争の脅威がなくなったら、また会おう」
「ああ。それまで元気でな」
◇◆◇ ◆◇◆
だが、内通者はどこにでもいる。
俺たちはモビレアを出る前に、追捕がかかったことを知った。
「シェイラ。俺たちの中で、一番足の速いのはお前だ。
先行してハティスに戻れ。町長に報告しろ。すぐにだ」
「ご主人様は?」
「お前に遅れるが、必ずハティスに戻る。これは希望じゃない、事実だ」
「……わかりました。必ずですよ?」
「町長への報告が終わったら、迎えに来い。最早準戦時だ。国境の関を越えるのに手続きなんかする必要もない。もし邪魔する奴がいたのなら、スイザリア人だろうがフェルマール人だろうが、構わず排除しろ」
「畏まりました」
「あぁ、待て。せっかくだから花火を見物してからにしろ」
「……花火?」
「あぁそうだ。一見の価値があるぞ」
そして俺は、ある魔法を発動させた。
原理は既に出来ている。実は無属性魔法Lv.1【物体操作】の基本魔法だ。
子供の頃、魔法がどのように作用するのかを研究したことがあるが、「魔力粒子はリリスの微小細胞」と捉えると、もう少し簡単な説明が出来る。
魔法は、術者の願いを叶える。
その願いを聞き、その思惟からそれを実現する方法を検索し、術者が観測し得る形でその願いを実現する。
必要なのは、事象の起点ではなく、結果を観測すること。そしてそれなら、見えない程遠くから、見える場所に物を動かすことは出来る筈。
例えば、低軌道上に存在する大き目の宇宙塵を、地上に持ってくる、等。
術を発動させて、およそ200秒後。高度100km程の場所から落下した、直径15m程の岩隕石は、俺たちのいる場所からモビレア市を挟んだ草原の上空で爆発し、所謂広島型原爆の半分程度の威力を以てモビレア市の貴族区画を巻き込み、市の四分の一を壊滅させた。
◆◇◆ ◇◆◇
有史以来、初めて発動が確認された神話級魔法、〔星落し〕。
しかしそれを行使した術者の正体は、この当時誰も知らなかった。
(2,989文字:第三章完:2015/12/06初稿 2016/07/31投稿予約 2016/09/19 03:00掲載 2016/09/19誤記修正)
【注:隕石落下に伴うエネルギー量等は、Purdue University Imperial CollegeのIMPACT EARTH!のHP(http://www.purdue.edu/impactearth/)で計算しました】
・ ちなみに、この世界に花火はありません。だから「花火を見物しろ」といきなり言われても、シェイラでなくとも「……はぁ?」となってしまうでしょう。




