第40話 顛末
第08節 軍靴の音が聞こえる〔3/5〕
コールの町から街道を東へ馬車を走らせる。
同じ方向に向かう商人や旅人は、あまりいない。だが、西に向かう大規模な商隊とは、何度かすれ違った。
☆★☆ ★☆★
スイザリア王国とマキア王国は、歴史的に見てあまり友好的とは言えない。
マキア王国が建国したのはカナン暦354年、スイザリア王国が独立したのは383年。どちらもリングダッド王国からの分離独立である。
マキアがリングダッドから独立したのは、現スイザリア地方でリングダッド王国とフェルマール王国が激突したことで、戦いを嫌った人たちはベスタ山脈を越えて現マキア地方へ避難し、そこで国を興したのである。
またスイザリアが独立したのも、フェルマール・マキア・リングダッドの三国がスイザリア地方を戦場として覇権を競った為、三国どの国にも与さない、と独立を宣言したのである。
それにより、王都(モビレア)を奪われた形になったリングダッドは、スイザリア相手に終わりの見えない戦争に突入した。またフェルマールと(当時はまだ経済力が貧弱であった)マキアは、その両者の戦争に介入し、少しでも多くの漁夫の利を得ようとした。
そしてマキアは旧宗主国であるリングダッドと同盟を結ぶに至った為、今でもスイザリアでは「マキア野郎」という言葉は「餓狼」という意味で使われる罵倒語になっている。
それほど仲の悪いスイザリアとマキアだが、歴史上共闘したこともある。
それは、フェルマールとの三国戦争のときだ。
戦争は402年に始まり、411年のリュースデイルの戦いを以てフェルマールの一人勝ちの形で幕を閉じる。だがこの時、スイザリアとマキアの間で、「フェルマールと戦う為なら、軍事・産業・経済その他あらゆる面で協力する」という協定が結ばれたのだ。
スイザリアで「フェルマールを前にしてマキアと握手する」という慣用句(強敵と対する為なら宿敵とも仲良く出来るという意味)の由来となる出来事であった。
★☆★ ☆★☆
現在、スイザリアとマキアは民族感情的な敵愾心は別として、特段軍事的な衝突は起こっていない。だから隊商も、「ちょっと越境審査が厳しい程度」で行き来することが出来る。
だが、西から東への物資の流入は少ないのに、東から西への流出は多い。こんなことはあり得るだろうか?
物資の量は、国力と比例する。東から西へ大量に物資が流出すれば、スイザリアが弱体化してマキアが力を付けることになる。スイザリアは何故そんなことを許すのだろうか?
◇◆◇ ◆◇◆
馬車を走らせ、約1週間。グレイス村のすぐ近くで、大規模な軍隊のキャンプを発見した。この辺りは森が多く、また起伏に富んだ地形だ。そう言った地形を生かした戦術を、彼らは訓練しているようだ。
だが、流石におかしい。彼らは所属を示す軍旗を掲げていない。
自国の軍なら、軍旗を隠す理由がない。
他国の軍でも、政府の許可を得てその国の中で演習するのなら、その国の軍旗と自国の軍旗をそれぞれ掲げるのが通例である。
しかし軍旗を掲げず、されどその演習風景には後ろめたさが見られない。何故?
結局理由はわからず、そのまま通り過ぎることとなった。
◇◆◇ ◆◇◆
更に1ヶ月ほどかけ、俺たちはモリスの街に戻って来た。『ベスタ大迷宮』の門前町だ。
まず冒険者ギルドに顔を出してみたところ、モビレアの前ギルドマスターはいなかったが、一方で例の攻略氏族のその後の顛末を知ることが出来た。
最前線の攻略組である旅団【黄金を掴みし者】が、事実上壊滅したのが始まりだったという。
遅々として進まない攻略に、資金枯渇の危険が顕在化し、本部から多少強引にでも攻略を進めよと指令が下ったのだという。
しかしその結果、最前線攻略組の半数が戦闘不能になる惨事が起こった。
人員を入れ替えて前進するも、以前は無かった筈の壁が彼らを阻んだ。壁を乗り越えても、その向こうには知恵ある魔物が築いたのであろう、凶悪な罠が仕掛けられており、更に数人がその犠牲になった。
そんなとき、最前線攻略組の拠点までの近道がある、という噂が聞こえた。
地上側と最前線側の両方から、その近道を探ったものの、探索に出たグループで生還した者はどちらも零だった。
真偽さえ不明な、その噂の真相を確認する為に、これ以上犠牲を出すことは出来ない。本部はそう決断し本来の探索に戻るように指示を出したが、その時は既に攻略組を支援する為のサポートメンバーを雇用するだけの資金がなくなっていた。
空手形(決済能力以上の額面の為替)を濫発し当面の繋ぎ資金にしたものの、すぐに発覚して口座が凍結されてしまった。
……攻略組並びに途中の拠点防衛組に対する補給が途絶えてから、既に4ヶ月になるのだという。そして撤退に成功したという話は、聞かない。
流石に、後味は悪かった。
話を聞いた限りだと、俺たちとの出会いが無かったとしても、彼らの探索は遠からず行き詰っていただろう。それは間違いない。
俺の直接の行為が彼らに止めを刺した、という訳でもない。
だが、悪感情をぶつけ合った挙句に分かれた相手が、悲惨としか言いようのない最期を遂げた。それを笑えるほど、俺の神経は強靭に出来ていない。
では今から彼らの生き残りを助けに行くか? 今の俺は、『大迷宮』のダンジョンマスターが伴にいる。今の俺たちなら、彼らを救出して戻ってくるまで、ひと月もかからないだろう。
……それもまた違う。寧ろ、そう容易く迷宮の奥まで出入りすることは、探索している冒険者たち全員に対する侮辱だろう。
冒険者は、危険を承知で探索する。その危険と見返りを秤にかけて、自分の命をチップに変えて、一攫千金を夢に見て、ダンジョンに足を踏み入れるのだ。
だからこそ、ダンジョンに入ることが許されるのは銅札以上の冒険者と定められている。自分の行為に責任が持てなければ、ダンジョンに足を踏み入れることさえ許されないのだ。
勿論、彼らを救出する依頼が依頼板に出ていれば、報酬の多寡を問わずそれを請けることも吝かではない。が、その依頼もないのなら。
俺に出来る事は、もうない。否、「出来る事がある」と思うこと自体が自惚れなのだ。
それさえも違う。ただ単に、罪悪感。後悔を慰撫する為の、自己満足。
シェイラを見捨てた猫獣人の集落の民が、シェイラに謝りたいと思う気持ちと同じだろう。
だから。
俺たちは何も言わず、モリスの街を去るのであった。
(2,846文字:2015/12/06初稿 2016/07/31投稿予約 2016/09/15 03:00掲載予定)
・ 念の為。彼ら攻略パーティが全滅したのは、厳密には口座取引停止処分がされた後です。物資が足りない状況で強引な探索は危険、と判断した彼らは、補給の備蓄が一定量整うまでは、拠点防衛に専念することにしたのです。しかしそれは、同時にオリハルコン等の成果が減ることも意味していました。結局、備蓄が整うどころか底をついてしまったので、起死回生を狙って地底湖を目指し、最後は地底湖内のタコ(別の個体)と戦い全滅したのでした。




