第34話 休息
第07節 未知なるベスタを迷宮に求めて(後編)〔4/7〕
水棲竜を斃した後、川を渡って向こう岸に着き、周辺の安全が確保出来ると信じられる場所で幌馬車を出し、そこでようやく一息吐くことにした。
「それにしても、ご主人様は無茶し過ぎです」
「今回に限っては、スマンと思う」
「今回だけじゃありません。いつもです。
先日の冒険者たちとのやり取りだって、もう少し上手くやれたんじゃないですか?」
「あれはまぁ、確かにそうだな。
『助けてあげた』なんて恩着せがましく言うつもりはないけど、それでも連中の態度が気に喰わなかった」
「それはわかります。けど、わざわざ正面から事を荒立てる必要は無かった筈です。嫌がらせがしたいのなら、一旦引いたうえで物資に火を点けても良かったですし、適当に暗殺してその物資や為替を収奪することも出来ました。なのに……」
「一応考えてはいたんだけどね。
彼らの誇りの拠り所は、高ランク冒険者であるという事実と、この迷宮の最奥部まで進出しているという実績だ。だからその両方をへし折ってやりたかったんだ」
「高ランク冒険者6人が手も足も出ない相手を、ランクが低く歳も若く、更に人数もたった2人で一方的に蹂躙する。確かにプライドがへし折られますね」
「ついでに彼らが到達したことのない場所に関する情報。これも、だ。
確かに上手くやれば、余計な憎悪を稼がずに済んだだろうし、嫌がらせだって簡単に出来た。でもそれだけじゃ足りなかったんだ」
「どうしてそこまで怒ったんですか?」
「彼らを助ける。それを選んだのはシェイラだ。だが連中は、あまりにもその甲斐が無さ過ぎた。それが赦せなかった。ま、一方的な八つ当たりだな」
「全くです。ご主人様はそんなことを気にしなくて良いんですから」
「それはそうと、これからどう進むか、だが」
「それ以前に、ここで二泊してください」
「二泊? 何故?」
「一日完全に休養日を作らないと、ご主人様は倒れてしまいます」
「あぁそういうことか」
「ダンジョンの中でゆっくり休む、なんて常識で考えれば正気の沙汰ではありませんが、ご主人様に常識は初めから通用しませんし、このキャラバンのおかげで随分優雅な休日を過ごせると思うんです」
「確かにそうだ。だけど俺が休むんならシェイラもだよ。
探索任務はあくまで見張りだけ。それ以外の時間はゆっくり休む。
否、見張りも二人でお茶を飲みながら、っていうのもアリだね」
「……それは確かに素敵ですね。私たちにしか出来ない見張りの仕方です」
そして、キャラバンの石炭ストーブに火を入れた。地下だからかそれともヒュドラとの戦いの影響で冷気が滞留しているのか、この季節(日数計算に間違いがなければ、今は夏の一の月の筈。また今年の閏月は冬の一の月だから、太陽暦に直しても5月頃の筈)にしては少々肌寒い。
更にキャラバンの外でも焚火をし、シチューを作り始める。
食は心の慰め。温かくて美味しい料理をお腹いっぱい食べれれば、それだけで後ろ向きな考えは出てこなくなる。またドライフルーツなどの甘味を口にし、蒸留酒を垂らしたお茶を飲めば、ここがダンジョンの中であっても充分な行楽地に早変わりするだろう。
本を読み、シェイラと他愛ないお喋りをし、冗談を言い合いまた俺が小難しい考察を垂れ、久しぶりにゆっくりとした一日を過ごすのであった。
◇◆◇ ◆◇◆
そして休みも終わり32日目。俺たちは再び探索を開始する。
とはいっても、やることはこれまでと変わりない。
シェイラは〔空間音響探査〕で周辺を調査し、俺は〔音響探査〕で地質調査。気になる地層を見つけたら〔振動破砕〕で砕いて鉱石や原石を採取する。
鉄鉱石の纏まった鉱床(というよりも神聖鉄の鉱床)が見つかったので、こちらもトン単位で採取した。ヒヒイロカネは砂鉄の形でしか見つからないだろうと思っていただけに、鉱床で見つけられたのはちょっと意外だった。
魔物が現れたら二人で一緒に対処して、枝道・岐路があったらどちらに行くか二人で相談して決める。
そうして歩くこと更に4日。大きな水溜りのようなものを見つけた。
「……あからさまに怪しいですが、池、でしょうか?」
「それにしては見るからに粘性が高そうだな。このダンジョンの性質を考えると、あれで一つのスライム、と考えるべきじゃないか?」
「あんな大きな? 孤児院の浴場でも収まらない、小さな屋敷なら丸ごと入る大きさですよ?」
「そうだよな。ちなみにあれがスライムだとしたら、その核が何処にあるのかわからない」
「とても、面倒そうですね」
「そういう訳で、一旦引こう」
「わかりました」
で、スライムが視界に入らないくらい離れたところで。
「どうします?」
「本音を言うと、戦わずに済むのなら戦いたくない。だが戦わずに通り過ぎて、後ろから攻撃されるかもしれないと考えるのなら、戦って斃した方がマシかな、と」
「別の道を探す、という選択肢は?」
「あるかもしれないけれど、少なくともここがダンジョンである以上、魔物がいないルートっていうのは無いと思うよ。今逃げても、どこかで別の奴と戦わなきゃならない。そしてその時は、あいつより処し易い相手であるとは限らないし、あいつと戦わなかったことで不利になるかもしれない」
「わかりました。戦いましょう。けど、この間のヒュドラのときのような無茶は駄目ですよ?」
「気を付けよう。だからシェイラも、暖かい服装に着替えろ」
「え?」
「また〔冷却〕を中心に戦術を組み立てる。寒さで手足が縮こまらないように、な」
「わかりました」
◇◆◇ ◆◇◆
準備を済ませて再び向かうと、どうやらスライムの方もやる気になっていたようだ。
池の擬態(?)を解き、立ち上がって(?)、こちらを見ている(目が何処にあるのかはわからないが)。その大きさは、俺達の想像以上だった。
「やることには変わりない。行くぞ!」
「はい」
二人とも〔空間機動〕を起動し、いざ接近しようとしたところで。
スライムが、無数の礫を投げてきた。
「うお!」
慌てて回避し、石壁の影に隠れた。が、礫の攻撃は止まず、がりがりと壁が削れていく。このままでは身を守り切れない。
一時凌ぎとわかっているが、〔地面操作〕で土壁を作り、それに隠れて移動した。シェイラと合流して、
「……、どうしよう?」
(2,824文字:2015/12/06初稿 2016/07/31投稿予約 2016/09/03 03:00掲載予定)




