第33話 死闘
第07節 未知なるベスタを迷宮に求めて(後編)〔3/7〕
「シェイラ。水棲竜の火炎吐息をなるべく多く吐かせろ」
「畏まりました」
幾ら無限再生能力があると謂われていても、現実問題『無限』などは在り得ない。
大地に根を張るような種類の魔物であるのなら、この迷宮から直接魔力を吸い上げ補充しているという可能性も否定出来ないが、どうやらその様子はない。
なら、相手はただ莫大な魔力を有しているだけの、有限の存在だ。限度を超えれば、その再生能力も尽きる。
またそのブレスも、魔力か電離気体かは不明だが(可燃性ガスの可能性はこの際排除。もしそれがビンゴだったとしたら対処は寧ろ簡単だから)、どちらにしてもそれを使う為に莫大な魔力を消費する筈。前世のゲームであれば『3回まで』と制限されるレベルの量だろう。
そして、相手は水上(水中)にいる以上、どうしてもこちらが不利だ。先日の地底湖のタコのように、生半可な衝撃はあっさり吸収されるうえ、こちらは足場になる場所が限られる。
だから、まずは足場を作る!
無属性魔法Lv.5【分子操作】派生02b.〔冷却〕。
分子運動を減速・停止させる魔法であり、〔加熱〕の逆位置にある魔法だ。
まずこれを、水面に対して掛ける。これにより、ヒュドラの動きを封じるとともに俺たちの戦闘の為の足場とする。とはいえ慣れていないと滑るから、〔空間機動〕を駆使した際に蹴飛ばす足場がせいぜいだろうけれど。
ただ当然、極低温の氷が一面に展開していれば、その場所の空気もかなり冷却される。つまり、体感温度として寒くなるのだ。
季節的には夏になる為、防寒対策などはしていない。この寒さは、だから諸刃の剣。そこで、シェイラの手甲鉤と俺の戦闘ナイフには〔加熱〕をかけ、攻撃力増強のついでに身体を温める為にも用いる。
◇◆◇ ◆◇◆
当然のことながら、ヒュドラは俺たちにされるがままになっている訳ではない。
最初の一手で水を使った攻撃は完全に封殺されたうえ、尾や爪を使った攻撃も封じられたからとて、まだ最大の攻撃手段である首は残っている。その牙で噛み砕いても好し、ブレスで灰どころか塵に変えても好し。九つの首は、全て健在なのだから。
シェイラは〔空間機動〕を活用して、空中からの一撃離脱でダメージを重ねている。また彼女の〔空間機動〕の精度は俺のそれを凌ぎ、かなり細かい動きが出来る為、既に二回、ヒュドラのブレスを躱している。
一方で俺は、同じく〔空間機動〕を使っているとはいえ、〔突撃〕を重ねて撃ち込み、離脱の連続だ。一度の攻撃で与えるダメージの量は俺の方が上だが、分間攻撃力ではシェイラの方が上。そして被ダメージ量も俺の方が上である。
加えて俺は、まだ本命の攻撃に成功していない。
◇◆◇ ◆◇◆
俺の攻撃は、どうしても直線的にならざるを得ないから、ヒュドラに動きを読まれ易く、迎撃され易く、また反撃もされ易い。けどこの場合、ヒュドラの裏を掻くような動きを採る余地は無く、反撃承知で突っ込むしかない。その結果、少なからぬ量のダメージを被っている訳だ。
シェイラはその動きの細密さを以て、結果的にヒュドラの注意を俺から逸らす囮の役を任じてくれている。寧ろそのおかげでこの程度のダメージで済んでいるともいえる。
だが、流石にそろそろ限界だ。ヒュドラの魔力切れを待つつもりだったが、そう甘くはないようだ。一度下がって仕切り直すか、それとも無茶を承知で博打を打つか。
そんなとき、ヒュドラの首が大きく動いた。それはブレスの前兆。しかも、首一つだけではない。九つの首が全てシェイラを向いていた。その上、その射線は微妙にズレており、直撃コースでなくてもシェイラの至近を熱波が通り抜ける位置に狙いを定めていた。
これはつまり、飽和攻撃。シェイラが其処にいても、何処に逃げても、必ずブレスの一撃を(直撃でなくてもその余波でも)受けてしまうように、計算され尽した攻撃だ。
幾らシェイラでも、この攻撃からは逃れられない。
だから、シェイラの進行方向から見て側面、ヒュドラもシェイラも完全に想定外の角度で、〔気弾〕を炸裂させた。
〔気弾〕の攻撃力はそれほど大きくない。そもそもこれは相手を吹き飛ばすことだけを目的に作った魔法だ。だが、〔空中機動〕中の相手に対しては地面に立っている相手に対するより、大きな効果を得られる。
そして、ヒュドラの飽和攻撃も、シェイラの〔空中機動〕の機動力を計算に入れたうえで、シェイラが選択可能な全ての予測軌道をその攻撃対象に含めていた。それはつまり、シェイラが選択出来ない角度への軌道転換は想定しておらず、そちらは攻撃対象から外れるということになる。
加えてシェイラを吹き飛ばした〔気弾〕の衝撃波は、ヒュドラの首もまた吹き飛ばしている。つまり、ヒュドラはブレスを無駄撃ちした挙句、その首全てがシェイラと俺の方向を向いていないという、絶好の瞬間を作り出すことが出来たのだ。
シェイラ自身、〔気弾〕で想定外の方向に弾き飛ばされたとはいえ、〔空中機動〕が解除された訳ではない。そのままヒュドラを攻撃出来る位置にいる。
そして俺は、このチャンスに改めて〔突撃〕で(〔加熱〕により赤熱化済みの)戦闘ナイフをヒュドラの首の付け根に深々と沈め、それを抜くと同時にその傷口に手を当て、〔冷却〕の魔法を発動させた。
〔加熱〕ではなく〔冷却〕。これは、下手にヒュドラに〔加熱〕をかけると、せっかく凍らせた水が溶けてしまう可能性があり、そして水の冷たさでその熱を中和されてしまう恐れがあったからである。
一方〔冷却〕で凍結させてしまえば、刃が通りにくくなっていた元凶である粘液も脂肪も、気にする必要は無くなる。更に固形化してしまえば、出来る攻撃手段は幾らでも増える。
例えば、〔振動破砕〕。
また、凍結した上で一部を加熱することにより生じる熱膨張を利用した、無属性魔法Lv.5【分子操作】派生04.〔熱膨張〕!
結局、ここから先はただの作業。片端から砕いて中の魔石と神聖鉄を取り出した。
今まで見た魔石中最大はシェイラに埋め込まれていたものだが、ヒュドラの体内の魔石は握り拳大と桁外れに大きかったことを付記しておく。
(2,852文字:2015/12/05初稿 2016/07/31投稿予約 2016/09/01 03:00掲載 2016/09/05誤字修正(〔空間起動〕→〔空間機動〕))
・ 結論を言うと、亜竜のブレスは「高熱を帯び、燃焼の概念を持つ魔力」(つまりそれ自体が燃えているのではなく、それに触れたモノが炎上する)というもののようです。




