第32話 フィールドワーク・3
第07節 未知なるベスタを迷宮に求めて(後編)〔2/7〕
この迷宮を攻略するにあたって、やり方を変えてみる。
一つは、今まで見落としていたかもしれない横道を探す。
もう一つは、壁抜け等が出来るかどうかを検討する。
そして、壁抜けが出来るかどうかを判断する為に、新たに魔法を開発する必要がある。
技術的には、〔振動破砕〕と同じ。
原理的には、〔水中探査〕や〔空間音響探査〕と同じ。つまり振動波を当てて、その反射波を分析する魔法。
無属性魔法Lv.2【群体操作】派生06.〔音響探査〕。
ちなみに、「ソナー」と「エコーロケーション」、そして「アコースティック・プロバイディング」は、液体の方が気体より密度が高いので分解能が高くなり、液体より固体の方が更に密度が高くなる為反射能が小さくなる、という違いがある。その為「エコーロケーション」より「ソナー」、「ソナー」より「アコースティック・プロバイディング」の方が正確に判別出来、一方その到達距離は「アコースティック・プロバイディング」が最も短い。
この〔音響探査〕は、岩盤の厚さを測るのに使えたが、それだけでなくその岩盤内の異物(鉱石等)も多く発見出来た。そしてその異物を〔選鉱〕で解析した結果、金銀鉱床や鉄鉱床、(微量ながら)白金なども発見出来た。当然その場所では神聖金属化した物(神聖金、神聖銀、神聖鉄など)もあった。
この〔選鉱〕は、あくまでも知っている(俺が認知出来る)物質を見つけ出す役にしか立たない。たとえばマンガンだのニッケルだの、名称を知っていてもその物質そのものの性質を知識として知らなければ、それを見つけ出すことは出来ない。だから他にも有用な鉱石等があるのかもしれないが、それを特定することは出来ないでいる。
そしてこの探査の結果抜け道は見つけられなかったが、大理石などの変成岩層が見つかり、更にその中に紅硬玉や蒼玉などの宝石類の原石も幾つか見つかった(化石も幾つか見つかったが、それはどうでも良い)。また、辰砂(硫化水銀鉱)も。
変成岩層や辰砂が見られるということは、ここのすぐ近くで火山活動があったということだ。活火山か休火山か死火山か、それ以前に近くで火山活動があるのかそれとも地殻変動の結果活動帯から離れているのか、それは全くわからない(ベスタ山脈に温泉があるかどうかだけでも確認していれば違ったのだろうが、その確認もしていなかった)。だが、もし活動している火山の近くであるというのなら、色々と問題が生じる可能性がある。
例えば、硫化水素。その他にも、辰砂があるのなら純粋水銀がある可能性もある。そして火山地帯の場合、その地下空洞内では気化した純粋水銀、即ち水銀蒸気による中毒も警戒する必要がある。ただこの場合、警戒してもどうすることも出来ないので、「可能性がある場所には近付かない」というのが出来得る最善の選択となる。
つまり、岩盤を撃ち抜くなど愚の骨頂。下手に撃ち抜いて、結果火山性有毒ガスが噴出したり、熱水層を撃ち抜いてそれを頭から浴びたりする可能性を考慮すれば、恐ろしくて出来ない。
俺は副産物の収集(博物学者としてはこちらも本業)ばかりした挙句、当初の目的を達成出来ないことが結論として判明したが、シェイラの方は幾つかの横道を発見することが出来た。
当然のことながらその多くは魔物たちの通路であり、蜥蜴人の集落に出てしまったこともあった。
また、照明石のある通路・無い通路を縦横に渡ったことで、寧ろ照明石のある通路が主幹道であるという訳ではないという事実が証明された。照明石があっても、その通路の全長は100m足らずの場所もあり、一方でかなりの幅がある通路でも、照明石が無い場所もあり、照明石の有無で道筋の正誤を判断するのは危険であると断じざるを得ないことが分かった。
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そんなこんなで更に8日ほど経ち、30日目。選んだ通路が、残念ながら行き止まりになっていた。
但しそれは、どん詰まりの壁だったという訳ではなく、前面にあるのは大きな川、或いは湖の嘴。目に見える程の距離にある対岸に、別の通路の口が開いていた。
どの道が正しいかなど既に考える意味がない状態だから、引き返して別の道を探すのも一案だろう。だが何となく、この川を渡って向こうに行きたいと思っていた。
再び幌馬車にフロートを装着して向こう岸まで渡るか、〔空間機動〕の魔法で一気に向こうまで跳ぶか、或いは別の選択肢か。
考えている間に、川の真ん中で水柱が立った。そしてその水柱の中から、複数の大蛇。否、複数の、首。
「……ヒュドラ」
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水棲竜。水中に住まう、亜竜の一種である。
複数の首を持ち、その首からは炎を吐くと謂う。
強靭な生命力と、圧倒的な回復力を持ち、その首は一つ落とすと二つ生えるとも言われ、伝説に語られる不死鳥とは別の意味の、不死の象徴であるとも謂われる。
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炎を吐くという魔物との遭遇は、これが初めてである。
が、炎を吐くというのは、現実的にどういったものだろうか?
可能性としては、三つある。
一つは、吐息がメタンガス等可燃性ガスである、というモノ。
一つは、火属性の魔法と同様、魔力を吐き出しそれを炎に変えているというモノ。
一つは、その吐息が電離気体であり、それに接した可燃性粒子が発火しているというモノ。
勿論、火を吐く魔物が全て同じであるとは限らないが、プラズマであったらまず手に負えない。一方可燃性ガスであれば、【気流操作】で幾らでも対処出来る。
そして、魔力の変転の場合。
人間の魔法使いが使う火属性の魔法が恐るるに足りぬというのは、抑々「燃焼の三要素」(発火温度、可燃物、酸素)を必要としない炎なら、自分の認識に於いて「それが炎である」という“概念”を否定すれば良いからである。
一方、火炎吐息が純粋魔力であると仮定すれば、延々と供給される魔力に込められた“概念”は、いずれこちらの魔力抵抗を突き破り、侵食し、この身を焼くだろう。
結論としては、火炎吐息と正面から渉り合っては敗北必至、ということだ。
また、無限再生。こちらはそれほど気にする必要は無いと思う。
具体的には、〔再生魔法〕と同様、生体エネルギーを前借りして超再生を成し得ているだけだろう。なら、どこかに限界がある。
事実上『無限』の魔力を持つと謂われるヒュドラを相手に、その限界を攻める戦いをする。
常識で考えれば絶望的。だが、その程度を超えざるしてこの迷宮を踏破出来るとは思えない。
さあ、戦いを始めよう。
(2,905文字:2015/12/05初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/30 03:00掲載予定)
・ 「休火山」や「死火山」という分類は、現在では存在しません。
・ 火山性ガスの心配をしていますが、そもそもダンジョン内で、どうやって酸素が供給されているのか? それも未だ謎なのです。
・ 火炎吐息に関し、〔柳田理科雄著『空想科学読本』空想科学文庫〕では可燃ガス説を採用しているようです。ちなみに柳田先生と筆者は、間違いなく同類でしょう。




