第30話 取引
第06節 未知なるベスタを迷宮に求めて(前編)〔7/7〕
「拠点を構築するのに最適な場所と、二人で運べるだけの近道。確かにその情報には計り知れない価値がある。それが事実だとしたら、だ」
「おっしゃる通り。けど逆に、事実の証明まで要求するのであれば、俺たちが要求する対価も跳ね上がりますよ。
真偽不明のままで伝えるだけなら、白金貨10枚ですが、真実の保証となると、白金貨50枚程度要求しなければならなくなりますし」
「巫山戯るな! いくらなんでもそれはありえないだろう?」
「俺たちは、この迷宮に入って今日で17日目になります」
「……何だと?」
「途中一日、無駄に時間を費やしましたし、彼らと合流してここに戻ってくるのに3日かかっています。つまり、ここから3日先の地点まで、ダンジョンの入り口から正味13日で辿り着けるんです。
貴方がたがここに着くまでにどれだけの時間を要しているのかは知りません。ここまでの拠点作りとその維持にどの程度の費用が掛かっているのかは知りませんが、そのコストを考えた時、この情報はどの程度の価値があると思いますか?」
あの地底湖畔に拠点を作れば、かなり大規模な集積基地が完成する。あの崖の部分からロープで荷物を下せば、それこそ船の一隻だって運び込めるのだから。またそのロープを滑車式にすれば、荷物の重量で冒険者を地上に帰還させるエレベーターにもなる。
冒険者一人一人が、魔物の襲撃に怯えながら、その足で運ぶことを考えると、その価値は莫大だ。
また、この先彼らが地底湖に通じる横道を見つけた時、その情報を知らなければ片道8日費やして、地底湖すなわち行き止まりに辿り着くことになる。つまり、探索に無駄な時間を要してしまうのだ。
「……良いだろう。白金貨10枚、用意しよう。但し、商人ギルドの為替を使う。構わないな」
「ああ良いですよ。だけど為替の確認が先です」
「わかった」
そしてこの拠点の責任者である男は部下に命じ、一枚の紙片を用意した。
「これが為替だ」
「失礼。……商人ギルドの認証印が違う、透かしがない、符牒がない。
こんな粗悪な偽造が通用すると思ったのですか?」
抑々商人ギルドの創始者の一人は入間氏だ。日本銀行券を参考にしただろう、為替に施された偽造防止策は、俺が発見しただけで8つあった。これはそのうちの一つもない。
「……何故知っている?」
「俺も商人ギルドにも登録していますからね」
「そうか、試すような真似をして申し訳ない。こちらが本物だ」
改めて確認する。片隅に漢字の【参】を意匠化したような符牒。引き出し上限額は3,000C(=白金貨30枚)か。なら大丈夫だろう。
「確認しました。だけど1,500Cです」
「おい、何故値上げする?」
「さっきの偽造為替の口止め料です。知ってますか? 為替の不正利用は取引停止の上、残高は商人ギルドに没収されるということを」
「……知っている」
「付け加えれば、それを発見したのが別の商人であれば、その口座残高の三分の一が発見した商人への報奨金になるんです」
「!」
「つまり、さっきの偽造為替を受け取ったうえで、それを商人ギルドに持ち込めば、それだけで俺は、だいたい白金貨12枚分の収入になるんです」
「……何故、うちの氏族の預金額を知っている?」
「為替に符牒で記してあるんですよ。残高以上の額面の為替を切られて、一番に困るのはその為替を受け取る商人ですからね。知っている商人はまずそれを確認するんです。
で? 全額没収の方が良い?」
「いや、1,500で良い。
それで、その情報は?」
「ダンジョンに入って、おおよそ3日の場所に分岐路がありますよね?」
「ああ。左側は行き止まりだからな」
「その行き止まりの先、崖を下るんです」
「何を言う。どれだけの深さがあるかわからんぞ」
「どれだけの深さがあるか、は、今は言えません。教えてほしいのなら、更に1,000Cですね。その上で敢えて言うのなら、俺たちが下りて来れる程度の高さです。
ともかく下まで降りると、大きく開けた場所がある。
そこに滝があって、その滝の裏側に通路がある。
その通路を約8日分進むと、俺が【黄金を掴みし者】と出会った場所に出る。
ちなみにその開けた場所は、ざっと見た限りでは魔物は見えなかった。となると、現れるとしたら別の場所から迷い込むだけ。つまり、襲撃が予測出来る」
「そこがお前らの拠点、ということか」
「上から下へ、物資を大量に搬送することを考えれば、寧ろ都合が良いと思いますよ」
「わかった。後で確認させてもらおう」
「こっちからなら簡単でしょう。使えるようになるかどうかは今後のあんたたち次第でしょうけど」
◇◆◇ ◆◇◆
身も蓋もない話だが、今回の行動で俺たちに実利はない。確かに金銭収入はあったが、ダンジョン攻略には全く役に立たない。
一方で、持ち出しといえるだけの持ち出しもない。確かに行程的に三日分(往復で約六日分)無駄にしたが、物資はかなり余裕を持ってきているうえ、彼らに提供した水は地底湖で汲み濾過・煮沸したもの。しかも現在の食糧の調理は、鍋や水を直接〔加熱〕する為薪の消費量も減っていた。結果として、殆どロスはないのだ。
「でもやはり、何ら情報も得られませんでしたね」
「否、そうでもないよ」
「え?」
「まず彼らが最前線だ。これ以上前を探索しているパーティはいない。そして補給が細いからその皺寄せがきていて、攻略組はかなり苦労している。そんなところで人員の大量欠落だ。これを補うのは簡単じゃない」
「そういえばあの者たち、怪我を治療出来ていませんでしたね」
「命に関わるものでなければ、魔力の方が貴重なんだろう。とはいえこれで、彼らの攻略速度は単純計算で10日は遅れる」
「確かに、おっしゃる通りです」
「そして、俺たちが選んだルートは、さっきも言ったがたった13日で、彼らがおそらく数ヶ月かけて進んだ道程をショートカット出来た。これもまた貴重な情報だな」
「はい」
そして戻る途中、押し寄せる蜥蜴人を足止めする為に崩落させて作った土壁を改めて確認した。
どうやら隙間から抜け出ようとするリザードマンはいなかったようだ。
その隙間まで上がり、向こう側に出る。そちらにもリザードマンの影はない。
けれどまぁ、アフターサービス(笑)ということで、土壁の奥側に改めて大きな落とし穴(というか空堀)を掘り、下は〔大地槍〕で槍衾を構成し、更にそれを〔状態保全〕で固定した。
これで彼らの拠点は安全だろう。
悪意以外の何物でもない手配をして、俺たちは更に先を進むことにした。
(2,830文字:2015/12/03初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/26 03:00掲載予定)




