第25話 地底湖
第06節 未知なるベスタを迷宮に求めて(前編)〔2/7〕
シェイラに〔空間音響探査〕で周辺を探査させながら、俺は湖水に手を付けある魔法を試してみる。
それは、〔空間音響探査〕の応用。水中でなければ出来ない魔法。無属性魔法Lv.3【流体操作】派生03.〔水中探査〕。原理は〔空間音響探査〕と同じ。ただ空間ではなく水中という違いこそ有れど。そして探針波は空気中より到達範囲は狭くなるが、干渉粘度は水中の方が高い為、精度は完全にこちらの方が上で、術としての難易度も低くなる。
そして湖中には大小様々な生き物(魚か魔物かは不明)が生息していることと、大型種がこの近くにいないこと、大型種がこちらに向かってくる様子が無いことを確認した。
シェイラの方も、空間的に特に異常は無しとの報告。では脅威が無いうちに陸地を目指すことにしよう。
ところで。俺たちが使っている探索灯。これは、照明石を鏡で包み、光を前方にのみ集中させたものである。
純粋な探索灯と、灯籠としても切り替えて使えるもの、そして大光量探索灯(照明石3つ使用)の三種類作ってある(他に照明石を使った純粋にランタンとして使用するものもあるが)。
その大光量探索灯を幌馬車の前方に二灯装着し、ランタンを後方に着け、崖に沿ってキャラバンに〔射出〕の魔法をごく弱く掛けた。
おおよそ30分の船旅の末、キャラバンは陸地に接舷した。
いくら車輪とフロート両方が付いているとはいえ、このキャラバンには揚陸能力はない。それどころか車輪を収納せずに航行したので、この車輪はもう使えないと思った方が良いだろう。
それはともかく、接舷した状態で俺とシェイラは陸に上がり、そのままキャラバンを一旦〔無限収納〕に格納、すぐさま陸地の上でキャラバンを取り出すことで、キャラバンの揚陸を完了させた。
車体安定装置で固定した上で、外部フロートと車輪の両方を除装し、コテージとする。
どうやら人気も無いようなので、盛大に火を焚くことにする。ここで、ちょっと試したいことがあったのである。
湖の水を汲み、小石や砂利、そして木炭と布で作った濾過器に通し、濾過済みの水を更に15分程度煮沸した。
生水を飲むことでの最大の危険は、寄生虫と微生物、それに黴菌だ。けれど、寄生虫は意外に大きく、濾過の過程で大半は除去出来る。そして長時間煮沸することで殺菌すれば、その水は基本的に安全に飲める。
「〔解毒魔法〕でも効かない毒」の正体は、おそらく寄生虫か微生物、どちらかといえば微生物だろう。この『ベスタ大迷宮』別名「スライムダンジョン」の、スライムから連想出来る微生物としてアメーバがある。中でも赤痢アメーバは、人に感染し赤痢を起こす病原体だ。これも煮沸消毒すれば死滅させられるので、これで衛生的には問題が無くなる。
とはいえイメージの問題(浄化殺菌した元下水を、そうと知ったうえで飲みたいと思う人はいないのと同じ)で、ダンジョン内で採取した水は飲用には使わないことを決めた。飲める水を用意しているのだから、飲料水はそちらを使った方が良いだろう。けど生活用水としてならこの水を使っても問題はないから、一晩掛けて濾過し煮沸出来る限りの水を煮沸し、キャラバンの水槽に貯蔵した。
◇◆◇ ◆◇◆
ひと眠りした後、俺たちは道を探して歩き始めた。水路を行くという選択肢もあるが、そもそも道がわからない状態で真下の危険まで意識を払えない。昨日〔水中探査〕で大型の移動物体を湖中に確認している(近くにはいなかったというだけで)。そのリスクを考えると、今はまだ水路を選択肢に入れる時期じゃない。
俺たちが野営した場所周辺に、人間がいた痕跡はない。おそらく、これまで上からここに辿り着いた冒険者はいない筈だから、完全に人跡未踏か、逆に外部から迷い来て行き止まりと判断して引き返したか、どちらかだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
壁沿いを暫く歩いていると。
湖の中から、何かが飛び出してきてシェイラに絡みついた!
「きゃあ! え? 蛭?」
それは蛭に似た触感。だが蛭ではない。
それは触手。湖の中にいた大型生物。それがこの触手の持ち主だろう。
そりゃぁシェイラがあと10も歳経れば、触手プレイだろうとSMプレイだろうと、嗜好は人それぞれなんだから本人が良ければ良い。だが、シェイラはまだ数えで14。そんなマニアックなプレイは早すぎる。お兄さんは許しません!
……といった冗談はさておき、救出する為に苦無を〔射出〕した。が、刺さったものの効果があるようには見えない。脂肪と表面の粘液で衝撃が完全に吸収されてしまったようだ。
だが、魔法生物か否かは別として、生き物であるのなら、これは有効だろう。
「シェイラ、鉤手甲を加熱する。気をつけろ!」
無属性魔法Lv.5【分子操作】派生02a.〔加熱〕でシェイラの鉤手甲を赤熱させる。
そしてシェイラはそれを振るい、触手を焼き切った。
続いて俺も自分の戦闘ナイフを〔加熱〕……しようとしたが、触手は湖中に逃げ込んだ。
だが、逃がすつもりはない。それならば……、と思った時。
俺は自分が物凄く無駄なことをしていることに気が付いた。
相手の魔法耐性が強く魔力が徹らないというのなら、話は別だ。だが、魔力が徹るのなら。
俺は敢えて無防備に湖岸に立ち、触手攻撃を待った。
「ご主人様、何を?」
どうやらこの触手の持ち主は、相手が美少女だろうがヤローだろが、無節操に絡め取る趣味があるようだ。だが、残念ながら俺にはその趣味はない。
だからその触手それ自体を〔加熱〕する!
普通、鍋の中の水を加熱したいとき、鍋を火にかけることで、火の熱を鍋に移し、鍋の熱で水を沸かす。つまり二段階に熱を移すので、熱量のロスが大きい。
しかし、(前世日本の電気ポットのように)器それ自体を加熱させることが出来れば、そこから水を沸かすなら、熱量のロスは少なくて済む。
更に、水を直接加熱することが出来れば?
ナイフを加熱し、その熱で触手を焼き切るより、触手それ自体を加熱し、その熱で触手の脂肪分・蛋白質を破壊する方が、遥かにエネルギー効率が良い。
抑々水棲生物は、熱に対する耐性が低い。水温が30度Cを超えれば生存出来なくなる。では水温どころか体温が300度C位になったら?
当然、生命の維持が出来ない。触手の持ち主(おそらくタコかそれに類する生き物)は、体温を下げる為に湖底に沈んだ。
が、逃がさない。
今度こそ、湖水を〔加熱〕する。
湖水全体を沸騰させることはさすがに無理だろうが、かなりの範囲が熱に覆われ、あちらこちらで魚や魔物が浮き上がってきた。そして、真っ赤に染まった全長10mを超えそうな、タコも。
これで暫くは湖岸に脅威はなくなった。
俺たちは安心して、歩くのだった。
(2,986文字:2015/12/02初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/16 03:00掲載予定)
【注:作中の濾過器は〔野村正則・有吉宏朗・衛藤大青 共著「簡易ろ過装置によるろ過効果の検証」別府大学短期大学部紀要2013第32号〕(repo.beppu-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php?file_id=6887)並びに喜多方市水道課「手作りろ過器を作ってみよう」(http://www.kitakata-suidou.jp/kids/handicraft.php)を参照しています】
・ ちなみに、ダンジョンの外の水(井戸水や川の水)も、微生物や寄生虫、ウィルス等のリスクがあり、煮沸せずに飲むことは普通しません。ただダンジョン内は、水も燃料も足りないところで綺麗な(綺麗に見える)水があったので、そのまま飲んでしまったらあっさり中った、というのが実情です。
・ 濾過と煮沸で、飲用に足る水を作り出すことは出来ますが、日本では他の選択肢が無いという場合以外、水道水乃至はミネラルウォーターを飲むことをお勧めします(無意味なリスクを負う必要は無い筈)。
 




