第24話 断崖絶壁
第06節 未知なるベスタを迷宮に求めて(前編)〔1/7〕
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スライム。
最弱の魔物として前世でも現世でも語られるこの魔物は、不定形・粘体状の身体とその核で構成される。
標準的なスライムはその粘体状の身体で獲物を取り込み、溶解して吸収する。
一般的には火に弱いとされるが、亜種の中には火に対する耐性を持つモノもいる。
とはいえその粘体状の身体は、どれだけ切っても焼いても本体のダメージにはならない。スライムを完全に討滅する為にはそのコアを破壊する必要があるが、巨大スライムはコアに攻撃を当てること自体が一苦労だという。記録では洞窟丸ごと一体のスライムで埋め尽くされていたこともあるとか。
スライムの亜種は数多く、水に溶けて存在するモノや火に対して完全な耐性を持つモノ、そもそも魔法が効かないモノ、鉄を好んで融かすモノや植物繊維を好んで融かすという(女性の天敵のような)モノといった変わり種もいるとか。
その溶解液も、多くのスライムは取り込んでから溶解液を分泌するが、離れた位置まで溶解液を吹き付けるものもいる。
そして、星さえも喰らい尽くすスライムの王もいる、という話もあるが、もしそんなスライムがいたらこの世界は喰らい尽くされ消えているだろう。
ちなみに、スライムのコアは魔石ではなくスライムの本体である。無傷のコアをその辺に置いておくと、少しずつ粘体状物質がコアから滲み出し、そのスライムは再生するという。
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『ベスタ大迷宮』に足を踏み入れ、最初に感じたのは事前情報の通りのスライムの多さであった。
むしろ良く迷宮の外に溢れださないものだ、というくらいの数のスライムがいた。
ここでの主武器は鉄串。〔射出〕や〔穿孔投擲〕でコアを的確に狙い撃つことで対処をする。当面は苦労せずに進めるだろう。
このダンジョンも『鬼の迷宮』の中層と同じく石自体が発光する「照明石」で明かりが確保されている。今回もまた、採取出来る照明石は全て採取する方向で攻略を進めることにする。
勿論、フィールドワークも忘れない。山脈中に金銀鉱脈があるという話を聞いたことがあるから、ここでも神聖金の採取を期待出来そうだ。
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そして、三日が経過した。
ここまではほぼ一本道。時々他の冒険者とすれ違ったり追い抜いたり抜かれたりしていたが、ただ距離が長くどこからスライムが現れてくるのか分からないだけで、特段の苦労はない。もっとも、俺の〔無限収納〕を隠す都合上、食事や野営で少々苦労したが、その程度はおそらく苦労のうちに入らないだろう。
目の前にあるのは、二股の分かれ道。さてどちらに進むべきか。
「左側の道の方は足跡が少ないですね」
「そうだな。つまり多くの冒険者は、ここで右に折れているということだ。
一方左は人が少ない。それは行き止まりや間違いだと知られているから、という可能性もある。
さて、どちらを選ぼう?」
「この辺りの情報は既に行き渡っているから、多くの冒険者は正しい道を選んでいる、と考えることは出来ますが、皆と同じ道を歩く必要性は感じません。
間違っていたら戻れば良いんです。左に行ってみませんか?」
「俺もそう考えていたところだ。それに俺たちの旅団は隠し事が多いからな。他人と同じことはしたくない」
そう決断して左を選び、更に暫く行くと、何のことはない、行き止まりだった。
より正確には、切り立った断崖だった、というべきか。
「ご主人様、ここ、降りれませんか?」
「〔落下制御〕の魔法は未完成だからかなり不安定になるが、出来ないことはないと思う。
だが、降りても足場があるとは限らないぞ」
「……ご主人様は、降りるべきではない、と?」
「シェイラは、降りたいのか?」
「他人と同じことはしたくありません。私たちなら出来る事なら、挑戦してみたいです」
「おっけ。やってみよう。
けどその前に、練習からだ」
「練習?」
「そうだ。〔空間機動〕の魔法で、なるべくゆっくり跳んでみろ」
「え? ……、はい、やってみます」
現時点で俺たちは、空中浮遊を実現出来ていない。重力に逆らって中空に体を留める魔法を持っていないのだ。
〔空中機動〕はスラスタージェットのように、瞬間的に推進力を得て重力に反して身体を宙に運び、そこから先は重力と空気抵抗に従って落下する。その際もう一度〔空中機動〕で推進力を得れば、体を移すことは出来るが、一点に留まることは出来ない。
が、〔空中機動〕の推進力を上手く調整出来れば、即ち重力加速度と同じ推進力を得ることが出来れば、理論上空中静止に等しい効果を得られる筈なのである。
そして、重力以下の推進力しか得られないにしても、それは落下速度を減少させる効果はある。だからこそ最小推進力を発する練習は、することに損はない。
「これ、結構難しいです」
30分も練習すると、シェイラはおおよそ1mの高さで上昇と落下を繰り返せるようになった。
「それだけ出来れば充分だよ。これならここから飛び降りられる」
「どうするんですか?」
「簡単だよ。飛び降りて、ちょっとスピードが付いたら〔空中機動〕で上に飛ぶ。すると落下速度が落ちる。あとはそれを繰り返して、安全なスピードで着地すれば良い」
「成程。ではさっそく――」
「こらこら、焦るんじゃないよ。もう一つ準備をしておかないと」
そうって俺は、〔無限収納〕から幌馬車を取り出し、それにあるものを取り付けてから再び〔無限収納〕に仕舞った。
「さあ、行こう」
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二人で抱き合う形で飛び降り(傍から見るとまるで心中のような……)、そして時々〔空中機動〕で落下速度を減速させながら底を目指す。
……かなり深い。前世地球の高層ビル並みの高さがあるようだ。照明石で作った探索灯でもまだ地面が見えない。
否。見えてきた。周辺の闇に溶け込んで、そこにあるのは大きな地底湖。
湖面まであと5mといったところで、〔無限収納〕からキャラバンを取り出した。
先程の作業は、キャラバンに外部フロートを装着すること。それにより、このキャラバンは水に浮くようになったのである。
勿論、ぶっつけ本番。充分な浮力を確保出来るのかは試したことがない。しかも、この高さから落として壊れないかどうかも不明。それでも、「駄目ならまた〔無限収納〕に仕舞い、泳げば良い」くらいに考えていた(実際外部フロートが無ければそうするしかないのだから)。
結果的には無事着水。俺たちはキャラバンの屋根の上に着地した。
「何とかなったようですね」
「流石に不安だったけどな」
「はい。ところで、こういうのも船旅っていうんでしょうか?」
「湖の中から余計なモノが出てこないとも限らない。早めに陸地を探そう」
(2,921文字:2015/11/29初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/14 03:00掲載予定)
【注:本節と次節の節題は、〔H.P.ラヴクラフト著『THE DREAM-QUEST OF UNKNOWN KADATH』〕の邦題『未知なるカダスを夢に求めて』のパロディです】
・ ちなみにベスタ山脈の別称は『狂気山脈』……とは謂われていません。




