第23話 攻略準備
第05節 二人の旅路 phase-3〔3/3〕
カナン暦700年が年明けを迎えるのを待って、俺たちはマートル村を出てモリスの街を目指した。スイザリア王国・マキア王国・アザリア教国の三ヶ国に跨るベスタ大山脈。その麓にあるこの街が、『ベスタ大迷宮』の入り口に最も近い街なのである。
マートルからモリスまでは馬車で約3週間。雪がチラつく寒空の下なれど、フェルマールより緯度が低く標高も低い平野部にある為、幌馬車の調子も悪くない。ましてや石炭ストーブをはじめ最先端技術の結晶であるキャラバンの中は快適の一言。俺たちは雪景色を楽しむ余裕さえあった。
そしてモリスの街に着き、『ベスタ大迷宮』の情報収集も兼ねて現地の冒険者ギルドを訪ねた。
「おう、そこにいるのは【C=S】の御二人さんじゃねぇか」
「え? ……ギルドマスター?」
「もう俺はモビレアのギルドマスターじゃねぇよ」
「いや、でも俺たちにとってのギルマスは未だに貴方ですから」
「……嬉しいことを言ってくれるな。だがご覧の通りの落武者だ。モリスのギルマスの協力が得られなかったら、それこそ夏を待ってフェルマールにでも亡命する必要があったかもな」
「何を弱気なことを。おっさんらが頑張って走り回っているんですから、すぐにでも名誉回復出来ますよ」
「だと良いがな。
で、お前たちは何しにここへ?」
「ええ、『ベスタ大迷宮』を攻略してみようかと思いましてね」
「『ベスタ大迷宮』か。悪いことは言わねぇ、止めておいた方が良い」
「何故?」
「迷宮の最奥に到達して且つ帰還出来たのは、有史以来カナン帝国の大賢者タギ一行だけだ。それ以来700年近く、誰一人として到達出来たものはいない」
「そんなダンジョンだからこそ、挑戦してみたいんですよ」
「全く、最近の若者は……。
いいか、大賢者タギの遺した文献によると、最奥まで最短距離で50日近くかかるという。当然一本道ではないから、月が三回巡る間くらいかかると見込んだ方が良い。そうなると水や食料の補給はどうする?
水属性の魔法使いがいれば、最低限の水を確保することは出来るだろうが、その魔法使いはそれ以外のことが出来なくなる。ダンジョンの中に水場はあるというが、その水には〔解毒魔法〕が効かない毒が混じっているともいう。
それより重要なのは食糧だ。片道だけで月が三回巡るなら、往復で月は五回巡るだろう。ダンジョンの中の魔物や動物で食用に足るものは少ない。だから外から持ち込まなければならないが、その輸送だけでかなりの労力がかかる。
お前たち二人だけでは、どう考えても不可能だ」
「他の旅団は、どうやっているんですか?」
「大抵数個単位のパーティで合同する。途中で幾つかの中継拠点を作り、食料等は外から第一中継点へ、第一中継点から第二中継点へ、という形でピストン輸送する。
輸送専門で1~3パーティ、場合によっては中継点一つごとにそこの防衛の為1パーティを配置し、最奥部突入の為の攻略組が1パーティ、という具合だ。
輸送組は攻略組から素材等を外に運び換金し、手数料を差し引いて攻略組の物資を調達しまたダンジョンに入る。
攻略組は進むだけ進んで一定の深度に達したところで拠点を構築し、別パーティに攻略組を譲りその拠点の防衛組となる。
防衛組は輸送組と入れ替わって地上に出て休息をとり、再びダンジョンに突入して攻略組に代わる。
そうやって少しずつ先へ向かうんだ」
「ちなみに、一番深く潜っているチームはどのあたりまで進んでいるんですか?」
「このダンジョンには“階層”って概念がないからな、表現が難しいが、直線距離で35日分、5日単位で中継点を構築して6拠点、だそうだ」
「わかりました。
それから、このダンジョンに多く出没する魔物についても教えてください」
「諦める気は、ねぇって訳か」
「挑戦もせずに諦めるのなら、はじめから冒険者などやりません。
それに、無理だと思ったら引き返せば良いのですから」
「いざその時になって引き際を誤る冒険者は、星の数ほどいるぞ。
だがまぁ良い。ここで注意すべきは水棲の魔物とスライム、だな」
「スライム、ですか?」
「そうだ。地上最弱の魔物。だが、その数は厄介だし、このダンジョンには亜種が多くいる。スライム如きと油断して喰われた冒険者は多い」
「了解しました。ギルマスから聞いた情報を基に、攻略計画を立ててみます」
「ま、健闘を祈るぜ」
◇◆◇ ◆◇◆
冒険者ギルドを出た俺たちは、近くに宿をとった。
「随分と、厄介そうなダンジョンですね」
「だが基本的に、その大きさが一番の障害のようだな。それに関しては、俺たちはキャラバンと俺の〔無限収納〕でかなりの部分対処出来る。
持ち込む水は、150日と計算して1,800L、おおよそ15樽分だ。俺の〔無限収納〕で持ち込めない量じゃないが、寧ろ現地調達を考えるべきだろうな」
「ですが、〔解毒魔法〕も効かない毒が混じっているという話ですが」
「そうだな。だが濾過と煮沸で、生活用水として使える水は確保出来る筈だ。そしてその為の道具は既にキャラバンにある」
「それなら……」
「そして食糧。具体的には、二人で150日分ということは、安全係数を二倍とみて、600人分の食糧を用意するということになる。つまり中程度の村で一日に消費される食糧の量に相当するんだ。
馬を潰して肉にし、他に〔無限収納〕の食糧である程度は賄えるが、それだけだとどう考えても足りない。
一方この季節ではクマもシカも冬籠りで痩せているだろう。なら商人から買い叩いた方が良いだろうな」
「では私は森に入り、山菜と薬草、川魚を中心に調達しますね」
「そうだな。そちらは寧ろこの季節ならではのモノが手に入りそうだ」
◇◆◇ ◆◇◆
それから数日。シェイラは山菜摘みに、俺は商人ギルドで仕入れ交渉をした。
「穀物と肉類を500人分だと? なぜそんなに必要なんだ?」
「知り合いの村で貯蔵されていた食料が、未知の病気で全滅したんだ。縁のある商人たちを総動員して必要な量を掻き集めているが、今は僅かでも量が欲しい。
多少割高になっても構わないが、すぐに調達してほしい」
「そうかわかった。他に必要な物はあるか?」
「甘えられるのなら、清潔な布を手に入るだけ。病気が人に感染しないとも限らない」
「そんなにアザレア神の加護が薄い村なのか?」
「食料が全滅して、村人全員不安になっている。そんな心持ちではどれだけ篤い加護があっても無意味だろうさ」
「そうか。二日待て。明後日には必要な数を揃えよう」
「感謝する」
そして俺たちは、『ベスタ大迷宮』攻略の為の必要な準備を整えたのであった。
(2,969文字:2015/11/29初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/12 03:00掲載予定)
・ 『大迷宮』に持ち込む水の量は3L/日×150日×2人×安全係数2.0=1,800Lと、また1樽=1barrel=119.24Lで計算しています。
 




