第22話 属性魔法と無属性魔法
第05節 二人の旅路 phase-3〔2/3〕
マートル村に腰を落ち着けてすぐ。一つの冒険を終えて気が緩んだ所為か、俺は全身(特に両脚)に痛みを覚えて寝込むことになった。この痛みは以前憶えがある。成長痛だ。
前世の俺も、高校受験が終わった直後の2月から3月にかけて、成長痛とそれに伴う発熱で何日も寝込むことになった。
そういえばシェイラには成長痛は見られなかった。筋肉が柔軟な獣人族には成長痛は無縁なのだろうか。
なんにせよ成長痛は筋肉痛の一種。無視して出来ないこともないが、そんなに慌てて『ベスタ迷宮』を目指す必要もない。妙に張り切って俺の世話をしたがるシェイラの気持ちを殺ぐのも何だし。たまには甘えてのんびりしよう。
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プリムラの家族にはただの成長痛に過ぎないことを話し、けど休暇のつもりでシェイラの好きにさせる為に寝込むという、意味不明な論理で長閑な時間を過ごすことした。
成長痛には〔回復魔法〕は効かない。
けど、そういった知識のないシェイラは、怪しげな薬師を連れて来て痛み止めを処方させるなどしたりした。
マートル村は大都市(モビレア市)に近いのでそれ程でもないが、地方の村落では薬師による呪術治療(薬術治療)は普通に行われており、シェイラの故郷の集落も独自の薬術療法が確立していたのだそうだ。そして偶然地方から出てきた薬師がマートル村に立ち寄ったことにより、シェイラに引っ張ってこられたのだという。
正直前世の常識に照らすと、魔法治療より薬術治療の方が信頼出来る一方、薬術治療は詐欺とも紙一重である。薬師から話を聞き、取り敢えず詐欺ではないと思える回答が得られたうえで、その治療を受け入れることにした。
薬術は、魔法全盛のこの世界では異端に近い(だからこそ“呪術治療”とも呼ばれる)。
だが薬術は、医術と双璧を為し人間にとって必須の技術である。治療魔法が通用しない=神の加護を失った、等という現実逃避が罷り通るこの世界なれば、薬術の発展は内科医療の発展とともに死活問題になる。信頼出来る薬師はだからこそ、大魔導士より貴重な存在なのだ。身近な例で言えば、解熱剤や消炎剤、下痢止めや睡眠薬などの薬は魔法では作れない。俺の前世の素人知識と交換で、色々貴重な薬(とその材料となる薬草知識)を分けてもらうことにした。
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ところで。俺が寝込んでいる間にも、モビレアの事件は進行していた。どうやらミルトン侯爵らは開き直ったらしく、真っ当な手段では司法のトップにある侯爵を引き摺り下ろすことは難しくなったようだ。
その為、おっさんとその協力者たちは、冒険者ギルドのギルドマスターを脱獄させ、その上で草の根のプロパガンダ運動に転じているのだとか。
モビレアの冒険者ギルドそのものもミルトン侯爵の出先機関と看做され、活動そのものは再開した筈なのに依頼数は激減し(ちなみにギルドマスターは交代させられている。俺たちが「ギルドマスター」と呼ぶ男は、正しくは前ギルドマスター)、冒険者たちもそれを嫌い商人ギルドなどから直接依頼を請けるようになっているとか。
時々村に帰ってくるおっさんの話を聞き、必要に応じてシェイラをモビレアに派遣するなどして片手間ながら協力したりもした。隠形に長けたシェイラはそこらの冒険者の比ではない成果を挙げ、ミルトン侯爵派を追い詰めるのに一役買ったようである。
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俺も、ただただヒキオタの如く惰眠を貪っているつもりはない。
ミルトン侯爵邸から押収した書物を読み知識を蓄え、また先日開発した魔法を前提とした新魔法の開発など、すべきことは多かった。
先日開発に成功した魔法、【分子操作】。これにより、四大元素魔法を完全な意味で模倣出来るようになった。勿論、水属性魔法は相を問わず水を操作出来るのに対し、無属性魔法では氷は【物体操作】、水は【流体操作】、水蒸気は【気流操作】と相により魔法が変わるなどの差異こそあれ、物理法則に則った魔法は小さな力で大きな成果を齎すことが出来る。だからこそその魔法体系を整理することで、より使い易くする必要があるのだ。
「ご主人様の魔法と一般の魔法、具体的にはどう違うのですか?」
「俺の魔法は、例えば火の魔法では空気があって、且つ燃えるものが無ければ発動出来ない。けど、火属性の魔法なら、空気も燃える物もない、例えば水晶の中で火を顕現することが出来る」
「なら火属性の魔法の方が良いように思えますが」
「そのとおり。だが、もし魔力を掻き消されたら? 〔神聖魔法〕は、魔力の異常を是正する力があるって言ったろ? つまり、魔法を掻き消すことが出来るんだ。
そして魔力を掻き消されたら、火属性の魔法は当然消える。だが、俺の魔法で生み出された火は、魔力を消されても消えないんだ」
「何故、でしょう?」
「燃焼は自然現象だ。俺の魔法はそれを発現させているに過ぎない。
だが、火属性の魔法は、燃焼の結果である“火”を、“熱”を、または“光”を、燃焼に因らずに魔力で強引に持ってくる。
俺の魔法の場合燃焼という現象が発動した段階で、魔法そのものは終了しあとは自然に任せているが、火魔法はその火の維持に魔力が必要になる。だから、魔力を掻き消されると火魔法の火は消えるんだ」
「ではご主人様の魔法の方が優れている、と?」
「そうとも言えない。たとえば照明の為の火魔法。
照明に必要なのは、あくまで光だ。だが俺の魔法の場合、どうしても熱を伴う。
だが、火魔法で光を作り出す場合、熱はない。
俺の魔法の場合、燃料が必要になる。たとえば薪だ。そして服なども燃料になってしまうから、火が燃え移る。一方で薪が燃え尽きたら火も消える。
だが火魔法の場合燃料は魔力だけで済む。だから触れても服に燃え移る心配はない。そしてその照明の維持には魔力を供給し続ければ良い。
照明として使うのに、火魔法程効率的なモノを俺は前世の世界でも知らないよ」
つまりは一長一短、適材適所。だからこそその欠点を熟知しておく必要があるのだ。
そして、マートル村の休日を過ごしながら、気圧操作に伴う魔法(無属性魔法Lv.4【気流操作】派生04.〔創水〕、同派生05.〔乾燥〕)並びに温度操作に伴う魔法(無属性魔法Lv.5【分子操作】派生02a. 〔加熱〕、同派生02b.〔冷却〕)の計五つを実用化させた。また、無属性魔法Lv.3【流体操作】派生02.〔泥沼〕(土を泥に変えて足を捕る魔法)と、同Lv.5【分子操作】派生03. 〔石化〕(土を石に変える――厳密には乾燥・焼結させて陶化させる――魔法)の二つの合成魔法を完成させることが出来たのである。
(2,921文字:2015/11/28初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/10 03:00掲載予定)
・ 成長痛は「成長期に急激に身長が伸びるから筋肉が悲鳴を上げる」為に起こると謂われますが、「身長が伸びる」から「成長痛がする」のではないのだとか。家庭医学の本によりますと、急激な筋肉の成長の所為で起こる筋肉痛の一種なのだそうです。




