第21話 廃都を後に
第05節 二人の旅路 phase-3〔1/3〕
それから俺は、タギ=リッチーと多くの話をした。
タギ=リッチーは、俺から彼の世界についての話を聞きたがり、またウィルマーで受け取った入間氏の鞄の中身の話を聞きたがった。
俺は、彼に帝国時代の風物についてたくさんの話を聞いた。同時に入間氏が持ち込んだ異世界知識についても。暦(カナン暦)の元年がアレックス帝の誕生年にしたこととか、商人ギルドで使われる信用通貨の単位が「カーン」なのも、入間氏が定めたことだったのだそうだ。ちなみに長さの単位として「レックス」(アレックス帝の身長を1レックスとする)を導入しようという話もあったそうだが、計画の段階で挫折したとのこと。
不死魔物の王と一晩語り明かした。タギ=リッチーは最早食事をすることはないが、嗜好品として酒を嗜むことはあるという。それでも百年以上口にしていないそうだが(寧ろ百年以上前になら酒盛りの相手がいたのか、とそっちに驚いた)。アンデッドと夜通し酒盛り、などと言えば、常人なら気が触れたとでも思うだろうが、相手があまりに特殊で、例外に過ぎたというべきだ。「一夜王と語る。百年書を読むに勝る」という心境だ。
だがやがて、夜が明ける。
活動出来るとはいえ昼間はアンデッドの時間ではない。「死ぬことは眠ること」なら、ここは夢の中といえるだろう。けど俺たちは生者。朝には目を醒まし、生の時間を生きなければならない。
◇◆◇ ◆◇◆
タギ=リッチーが帰路の安全を保障してくれた。
周辺警戒をしないで良いのなら、帝都を抜けるのに距離にしてほんの数km。3時間もあれば外に出られる。
何だかんだで俺は徹夜になってしまったが、馬を預けたセムスの村までこのまま行き、村で一日休息を採ることを選択した。
「それにしても、驚きました」
「ん?」
「ご主人様がアンデッドの王と意気投合なさっていたからです」
「あぁ、そのことか。言ったろ? 『言葉を交わすことが出来るのなら、それは人と同じだ』って。ハティスの近くのカラン村に棲む小鬼と同じだ。話が出来るなら、必ずしも戦う必要があるとは限らない。
言葉が通じない、っていうのは、相手が言葉を理解しないだけじゃない。こちらの話を聞こうとしない、理解しようとしないって場合の方が多い。そう考えれば、人間の方が厄介だよ。言語は間違いなく通じるのに、言葉が通じるかどうかがわからないんだからね」
「でも普通は試しません」
「そうかもな。俺は異世界を知っているから、そのあたりの常識が普通の人とは違うんだろう」
「彼の世界では、魔物とも普通に語り合えるのですか?」
「魔物はいない。人間の言葉を理解出来る動物もいない。
だからこそ、人間と語り合える動物や魔物の物語や、動物や魔物と語り合える魔法使いの物語が、虚構として多く描かれている。
此の世界は、彼の世界から見ると物語のように見える。だから、物語の中で出来ることは、彼の世界で出来ないことでも此の世界でなら出来ると考えてしまうんだ」
「それでも、出来ないことは多くあります」
「当然だ。だけど、その“出来ない”と判断する基準が、シェイラは此の世界の常識、俺は彼の世界の常識という具合に、はじめから違っているんだ。
彼の世界の常識で出来ないことが此の世界で出来ても不思議じゃない。だから、試すんだ」
「その挙句失敗したら?」
「『失敗した』という結果が得られる。
シェイラ。出来ることをやれば良いのなら、そんなことは誰でも出来る。出来ないことを諦めることもまた、簡単だ。だけど、それで終わっていたら、その先はない。
その先を目指したいのなら、それで終わってはいけないんだ」
「……わかりません。否、言葉では理解出来ます。けどそうまでしなければならない理由はあるのでしょうか?」
「無い、かもしれないな。けど俺は『世界を知りたい』。それが俺の原点なんだ。だから、これからも出来ないと言われることに片端から挑戦する。無意味と謂われることに意味を見出す。それが俺の生き様だ。
だからもし、そんな俺についていけないというのなら、無理をする必要は無いぞ?」
「それは私を手放す、ということですか?」
「俺は俺の生き方を変えるつもりはない。だがシェイラの身を危険に曝したくもない。なら場合によっては離れた方が良いかもしれない」
「良いことなんてありません。確かに怖いです。理解出来ません。でもご主人様に捨てられるより余程マシです」
「わかったよ。でも次は『ベスタ大迷宮』だ。それも彼の大魔導士が死を覚悟したほどのダンジョンマスターと、言葉を交わす必要がある」
カナン帝国時代、ダンジョンを軍事拠点にする、人工的にダンジョンを作り敵軍を誘い込む、または人為的に大氾濫を起こし敵軍(或いは敵都市)に向ける、などが検討されたそうだ。その為には迷宮核の分析とダンジョンマスターの支配が必要だった。その為に選んだダンジョンが『ベスタ大迷宮』だったのだ。
しかし、結果は大敗北。アレックス帝の時代で最大の損害を被り、計画は破棄せざるを得なかったのだという。
「ダンジョンマスターと会話、ですか。言葉が通じるのでしょうか?」
「言葉が通じるかどうかはわからない。が、意思は通じる筈だ。
タギ=リッチーが言っていただろう? 『ダンジョンマスターの気紛れが無ければ』って。気紛れがあるのなら、知性もまたあるってことだ」
「わかりました。すぐに『ベスタ大迷宮』に向かうのですか?」
「地理を確認しないといけないし、“大迷宮”と銘打っているところに向かうのなら相応の準備も必要だろう。それに、正直少し休みたい。
一旦マートル村に戻って、身体を休めながら『ベスタ大迷宮』の情報を集めよう」
「それが良いと思います」
◇◆◇ ◆◇◆
セムス村で一泊し、それからまたモビレア市を迂回してマートル村に戻ってきた。出立してからひと月も経たずに戻って来た為、中途で考え直して引き返したと思われているようだが、別に訂正する必要もないだろう(事実より余程信憑性が高い)。
ひと月程度滞在することを村長やプリムラの家族(おっさんは出かけていた)に告げ、空き家を提供してもらい俺たちの生活環境を整えた。
暦は既に、冬の二の月。早くても新年までは、この村でのんびりすることになるだろう。
(2,799文字:2015/11/27初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/08 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)
・ 「一夜王と語る。百年書を読むに勝る」という言葉は、中国の北宋時代の儒学者程伊川の語録「古人云、共君一夜話、勝讀十年書。若於言下即悟、何啻讀十年書。」(古人曰く、一夜君と語る、十年書を読むに勝る。言葉で悟れるというのなら、何故十年も書を読むのに費やすのか、と:『二程全書卷之一 遺書二先生語一』たかあきら読下)のオマージュです。




