第20話 次に向かう場所
第04節 廃都の王〔5/5〕
「ところで。お前はオレにシローの話をしに来た訳ではあるまい。
『俺に訊きたいことがある』。昨夜はそう言っていたな。
今更お前が魔導の深淵などというモノに興味があるとは思えんが、一つの示唆を俺に与えてくれた礼として、訊きたいこととやらに答えよう」
この、王らしくなく、魔術師らしくなく、魔物らしくない男との会話は楽しくもあるが、しかし残念ながら無駄話をしに来た訳ではないのも事実。俺の目的を果たすこととしよう。
「俺は彼の世界を知っている。彼の世界の知識に基づいて此の世界の魔術を再構成している最中だ。今となってはこの世界の魔術を学ぶことは、俺にとって百害あって一利なし、ってところだろうな」
「この世界の魔術を再構成する、か。なかなかに興味深い。では古き魔術師たるオレとしては新しき魔術師たるお前と勝負がしたい」
「待て待て、まだ完成しちゃいないよ。今の俺じゃ全くあんたの相手にはならない」
「ではいつなら良い?」
「アンタは自分の魔術を完成させるのに何年かかった? 〔不死魔物への転生〕の魔法を神殿が教えてくれる筈ないよな。それを研究始めてから5年や10年でモノに出来たか?」
「確かにな。虚構と前置きされて、シローから『リッチ』という魔物の話を聞かされてから、50年近くは掛かっている」
「流石に50年待たせるつもりはないけどさ、20年くらいは余裕を持ってほしいな」
「良いだろう。では20年後、カナン暦720年の正月にでも、勝負をしよう」
「失望されないだけの力を付けておくよ。
で、だ。俺があんたに聞きたかったのは、歴史の話だ」
「……歴史?」
「そう。アンタほどの賢者が付いていながらカナン帝国が亡びた理由。最後の皇帝シグルドの遺体が見つからない理由。そして、この世界の歴史がカナン帝国の建国を境にその過去に辿れなくなっている理由」
「それを聞いて、どうする?」
「単純に、興味本位さ。俺は世界を知りたい。さっきの話じゃないが、アンタの言葉で言う『新しい魔法』を完成させる為に。その為に、今の魔法を知る必要は無いが、この世界の過去を知る必要はある。
特に、迷宮はカナン帝国が魔獣を兵器として生み出す為に作り出したものだ、なんていう説もあるしね」
「成程。では一つずつ答えていくとしよう。
まずシグルド帝。いや、皇帝を名乗るのも烏滸がましい小物だな。あの者はオレが殺し、その死体は幽鬼として我が使い魔となっている。会ってみたいか?」
「遠慮する。今の俺じゃぁワイト相手でも瞬殺されるだけだろうからね」
「彼我の戦力差をあっさり認めるか。長生き出来そうだな」
「20年以内に死ぬようなことがあれば、俺を不死魔物にしてでも研究を続けさせようとする不死王に心当たりがあるんでね」
「違いない。
次に、帝国が滅んだ理由か。シグルドが愚かだった、だけでは足りぬか」
「シグルド帝の台頭を許した土壌、だよ。もっと言えば、アンタがいながらなぜ愚帝の即位を許した?」
「シグルドの前の皇帝、サンドラに子がいなかったからな」
「サンドラ帝。第三代皇帝、少女帝か」
「そうだ。たったの19歳でシグルドに首を刎ねられた。彼女は正しく、アレックスの孫だ。彼女であればアレックスの時代を再来させることも出来ただろう」
「にもかかわらず、それは実現しなかった」
「人材が足りな過ぎた。一度だけ書簡でシローに助けを求めたこともあった。シローの答えは簡潔だったよ。『帝都を捨てて守りに適した小さな町に遷都しろ』。少数精鋭で大都市を守ることは不可能だと彼は知っていたようだ。だが、サンドラの幕僚誰一人として帝都を放棄することを善とする者はいなかった。
大都市を守るだけの兵力もなく、広大な国土を治めるだけの人材もなく、連戦の兵站を整える財務官もいない。サンドラが負けるのは時間の問題だった」
「……」
「本来なら、サンドラはもう少し大人になってから、サンドラと同世代の人材が育ってから帝位に就くべきだったのだ。
しかし、シグルドと並び称される、第二代皇帝ファーン。サンドラの父親にこれ以上政務を壟断させないようにする為には、サンドラの早期の即位は必須だった」
「ファーン帝は病死、と歴史書には記載されていたが」
「オレが殺した。あの男は、宮廷内の派閥作りは得意としていたが、あの男の世界は宮廷内にしかなかった。だが、アレックスの正妃の息子であるレイオスだったらどうだったかと言われても、何ともいえん。
アレックスと、シローと、俺の三人で作った国は、三人のうち一人でも欠けたら成り立たなくなる。その程度のモノだったという訳だ」
「参考になった」
「何だ、お前も国を興したいのか?」
「男なら、一国一城の主に憧れるものじゃないのか?」
「かもしれないな。では俺たちは悪しき例だ。こうはなるなよ」
「心得ておくよ」
「それで良い。
それから、歴史の断絶、か。
その原因はカナン帝国ではなくアザリア教にあると思うぞ」
「どういうことだ?」
「アレックスの死後、帝国から独立を宣言したした都市や領主が、帝国に対し、或いは互いに対し兵を向け合った。そんな時代にアザリア教は生まれたんだ。
アザリア教は、戦に疲弊した民に対し、『精霊の力を誤った方向に使った結果が現状だ。精霊の力を誤った方向に使えば、その者は悪神の使徒となる』と告げた。そして同時に神教の教会が精霊の力に基づく魔法を編集し、より多くの民が魔法を使えるようにした。その後魔術師ギルドを介し、アザリア神教と関係ない一般の精霊神殿にも、教会で編集された魔法理論を流布させた、ということだ。
俺たちが生きていた時代は、四大精霊に基づく魔法は普通にあったが、この属性の術者はこの属性の魔法は使えない、などという相克は起こらなかった。教会が編集した魔法より使い難く、その一方でより自由な魔法だったとも言えるな」
「成程ね。じゃぁ魔法史に関してを知りたければ教国を目指す方が良い訳だ」
「そうだ。だがその価値は――」
「ああ、俺にはないね」
「最後に、ダンジョンと帝国の関係、か。
確かに魔獣兵計画というのはあった。帝国の戦力として魔獣を使用するというモノだ。だが、調教出来たのは一部の魔獣だけであり、その繁殖や人工的な魔物の創造などは全て失敗した。
ダンジョンの軍事利用も同じだ。それを目論み、死を覚悟したこともある。
カナン南方、ベスタ大迷宮。
そのダンジョンマスターの気紛れが無ければ、俺たちは全員死んでいた」
「カナン南方、ベスタ大迷宮、か」
「そうだ。そこが、お前が次に向かう場所だ」
(2,951文字:2015/11/26初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/06 03:00掲載予定)
・ 地球史(西洋史)上に於いても、歴史の断絶は実際に何度か起こっています。特に大きいのが二回。古代ヒッタイト帝国崩壊時と、古代ローマ帝国崩壊時。これら歴史の断絶後に於いて、断絶前の技術や文化の多くが失われています。また古代ローマ帝国崩壊時はキリスト教の拡大期と重なり、キリスト教にとって不利益な知識や文化は取り締まりの対象にさえされてしまい、科学的な意味での発展がかなり遅れたことも事実です。




