第19話 常盤木門、そして天守~謁見~
第04節 廃都の王〔4/5〕
ちなみに。俺が骸骨戦士との戦いで〔神聖魔法〕を使わなかったことには、一応理由もある。
俺が一から研究し組み立てた無属性魔法であれば無詠唱でも発動出来る。しかし、子供の頃に人から学んだ【生活魔法】は、呪文とセットになっている。つまり、詠唱というタイムラグがどうしても必要になるのだ。
俺とシェイラ、二人いるのだから上手くタイミングを合わせれば、その詠唱の隙を減らせると考えることも出来るが、それだと対応範囲が限定される。
なら無詠唱で効果のある魔法を使い、その範囲から外れた相手をシェイラの〔神聖魔法〕で始末する方が、効率的なのだ。具体的には、〔気弾〕で連携を乱し、小集団単位を相手に〔神聖魔法〕で浄化する。これを繰り返すだけでも、時間はかかるが全滅させられる。今回は〔点火〕の開発に成功したからもっと容易に事を運べただけで。もっとも、火力が足りないので手持ちの油をぶっかけたが。そのあたりは今後の研究テーマだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「終わりましたね」
「ああ」
「こういっては何ですが、思ったより――」
「そうだな。簡単だった」
「ご主人様の火属性魔法、凄かったです」
「あれは火属性じゃないよ。無属性だ」
「え? でも……」
「火属性の魔法じゃぁ物は燃えないよ。火種を熾す為の〔着火魔法〕は【生活魔法】であって火属性の魔法じゃない。そして今のは〔着火魔法〕を無属性魔法で再現したものだ」
実は、火属性魔法でもアンデッドとは戦える。らしい。だが迷宮内では効果が著しく劣化するとも謂われている。人間が火属性の魔法で火傷するのと同じ、「偽薬効果」でダメージを与えるのだが、物理ダメージじゃないことから魔力濃度の濃いダンジョン内では効果が薄いのだろう。
「でしたらはじめから〔着火魔法〕を使った方が良かったのではありませんか?」
「その為に呪文を詠唱するのなら、はじめから〔神聖魔法〕を使うよ。それに、これで俺の無属性魔法の手札も増える」
こっちが本音。勝つ為の手筋が見えたなら、選択肢を増やすことを考える。それだけのことだ。
「どんなことが出来るようになるんですか?」
「それはまだ内緒。おいおいな?」
◇◆◇ ◆◇◆
そこにあったのは、大きな松の樹。
常緑樹の中でも、「待つ」に通じ、「永遠」を意味する「常盤木」の代名詞として相応しい。
その一方で松は「祀る」「奉る」に通じ、「神を待つ樹」として前世日本ではおめでたい樹とされていることを考えると、『廃都』『死霊都市』の天守を守る御神木としては甚だミスマッチだ。もっとも、「永遠」と「不死」でお似合いだ、という考え方もあるのかもしれないが。
入間史郎氏が植樹したであろう、そしてその後のカナン市の炎上を見届けたであろう樹齢数百年の松の樹を横目に見ながら最後の堀を渡り、小田原城なら本丸に相当する場所まで足を進めた。
そこは瓦礫と風化した遺構しか残っておらず、もはや城の面影はない。俺が建築学に造詣があれば、この遺構からでも色々なことを知ることが出来たかもしれないが、残念ながらそこまでは手が届かない。
そして、城の天守があったであろう場所に、彼の不死王、タギ=リッチーがいた。
◇◆◇ ◆◇◆
「よくぞここまで辿り着いた、我が精鋭達よ」
「……それ、入間氏に教わったんだろうけれど、権利関係が色々ヤバくなる可能性があるんで自重してくれると有り難いんだが」
「ご主人様。権利関係とは?」
「彼の世界の言葉だ。気にすんな」
単純に入間氏が彼の世界にいた頃TV番組をネットで違法視聴していた可能性が浮上した、など此の世界では意味のない事情を説明しても、それこそ意味がないだろう。
「もとい、俺たちはアンタのとこの精鋭になった覚えはないよ」
「フム、昨夜とは随分口調が違うな。そちらが素か」
「この廃都の王に対して相応の礼儀を示そうと思ったんだがね。アンタの一言で全部吹っ飛んだ」
「まあ良い。オレとしてもかしこまった物言いは好きではないからな」
「そう言ってくれると助かるな」
「先程の戦いも見事だった。あれほど芸術的に炎を使う術者はそう多くない。大抵は術に頼った火球や火壁を使うからな」
「入間氏なら、火を使った戦術をもっと多く知っていた筈だ」
魔術師タギが〔状態保存〕の魔法を掛けた鞄の中には『三國志』のゲームパッケージもあったし、ね。
「良く知っているな。シローの、都一つ焼き尽くした火計は芸術的でさえあった。魔法で再現することも叶わぬほどにな」
「入間氏の生まれ育った世界、そして俺が前世に生きた世界は、魔法が無かった。だから知識と技術、創意工夫で、此の世界の魔法以上の様々なことを実現していたよ」
「前世の世界、か。ではお前はシローを以前から知っていたのか?」
「いや知らなかった。この世界で入間氏のことを知ったときは運命を感じたよ」
そして、ウィルマーの町で入間氏の鞄を受け取ったことを話した。
「フム、では良ければあの鞄の中にあった品物の、使途を教えてくれないだろうか?」
「その多くは、この世界では使えない、或いはすぐに使えなくなるものだ」
「シローもそう言っていた。だがその理由を聞かせてはくれなかった。それを教えてほしい」
「彼の世界の品物の多くは、特別な力で動いている。その力は此の世界にもあるが、その力を制御する術は此の世界にはまだない」
「その力が此の世界にもあるのなら、それを使えば良いのではないか?」
「此の世界で自然に存在する力の、数兆分の一の力でその品物は動かす。たとえば、大賢者タギ。アンタは出来るか? 自分の魔力を万分の一の更に万分の一の更に万分の一の精度で制御することを」
「力を増幅するのであっても、万倍も増幅することは不可能だろう。ましてや微細な制御となれば、十分の一のレベルで扱えれば上等というモノだ」
「そういうことだ。ちなみに入間氏はその力を活用する技術の専門家だ。此の世界で、自然界にあるその力を流用することも、それに替わり零からその力を生み出し制御することも、現状では不可能と踏んだんだろう。だから、アンタに説明しなかったんだ。アンタほどの術者なら、不可能と言われれば可能にする為に努力するだろうからね」
「当然だ。今のオレには無限の時間もある。今不可能でも時間を掛ければ実現出来るかもしれない」
「なら、俺から課題を出そう。神話級魔法〔雷光〕。これを実現させられるか?」
「何故?」
「彼の世界の品物は、稲妻と同じエネルギーを使っている。魔法による稲妻の再現、〔雷光〕を使えるようになれば、力の制御に第一歩を踏み出せる」
「俗人が“魔術を極めし者”と呼ぶ、このオレに課題を出すか。面白い。見事熟して見せようぞ」
(2,972文字:2015/11/22初稿 2016/07/03投稿予約 2016/08/04 03:00掲載 2016/08/04脚注修正)
【注:松に関する雑学は、Wikipediaの「マツ」の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/マツ)などを参照しています。
「ノーライフキング」は〔いとうせいこう著『ノーライフキング』河出文庫〕が原典ですが、「リッチ」の別称として一般名詞化しています(リッチを別称で呼ぶようになったきっかけについては第17話あとがきを参照のこと)。なお原典に於ける「ノーライフキング」は「無機の王」であり、「不死の王」は一般名詞化した際の当て字です。
「よくぞここまで辿り着いた、我が精鋭達よ」という台詞は、1980年代にTBS系列で放送された『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』の、クライマックスシーンに於ける攻城側の谷隼人氏の決まり文句「よくぞ生き残った我が精鋭達よ!」のパロディです。当時、入間氏は生まれてましたっけ……? ちなみに筆者はリアルタイム世代です】




