第15話 帝都遺跡を目指して
第03節 二人の旅路 phase-2〔3/3〕
「もう行くのか?」
プリムラ嬢の手術を終えてから一ヶ月。感染症や副作用等がないことを確認出来た俺たちは、再び旅に出ることにした。
「あぁ。予定のある旅じゃないけれど、あまり長居すると今度は離れられなくなるからな」
「そのまま永住しちまえば良いじゃないか。皆歓迎するぜ」
「そういう訳にもいかないさ。やりたいこともあるし、しなきゃいけないこともある。
それに、永住を考えるのはまだ先の話だし、な」
「……あのお嬢ちゃんに手を出していないのは、それが理由か?」
「おっさん、流石にそれは下品だぞ」
「うるせ。で、どうなんだ?」
「ま、その通りだよ。
俺はまだガキなんでね。シェイラを抱いたらそれに溺れる。そんなこと考えるのは10年後でも遅くはないだろう?」
「10年後も今のままとは限らないぞ」
「その時はそのときだ。けど10年後は今より良い関係になっているように努力するのは、当然だろう?」
「ま、そうだな。俺の考えることじゃない。
俺に言えるのは、ちゃんと守ってやれよ、ってくらいだ」
「それこそ言われるまでもない」
考えてみれば、こんな男同士の与太話が出来る相手は、これまでいなかった。
シェイラにプリムラ嬢という友人が出来たように、これもまたこの旅の成果かも知れない。
「そういえば、お前たちはこれから帝都遺跡を目指すんだって?」
「あぁ、帝国時代の記録を色々調べる為には、まずはあそこからだろう」
「物好きだな。だが一応念押ししてやるが、帝都が放置されているのは、あそこが不死魔物の巣になっているからだ。帝都それ自体が既に迷宮化しているっていう説もある。そこらのダンジョンより、余程危険だぞ」
「知ってるさ。それも帝都を目指す理由の一つだからな」
前世地球には、アンデッドなど虚構の中にしかいなかった。
つまり、「魔法」「魔物」「迷宮」と並んで、此の世界と彼の世界の大きな違いの一つということだ。
世界を識る為には、アンデッドの研究も欠かせない。
「ま、お前たちならどうとでもなるんだろうがな」
「それより、おっさん、否、マティスたちの方がこれから大変になるんじゃないか?」
「確かにな。まずギルマスを救出して、貴族たちのうち敵とそうじゃない奴とを選り分けて、ミルトン侯爵一派を追い詰める。
簡単な仕事じゃないだろうな。頼りになりそうな奴は、モビレアを背に帝都に向かおうとしているし」
「……だからこそ、そろそろ出発しないと拙いんだよ。最悪スイザリア全土を巻き込む争乱になり兼ねない事件にこれ以上首を突っ込んだら、次に自由になれるのがいつになるかわからないからな」
「違いない」
笑いながらお互いの健闘を讃え、そして俺たちは再び旅立った。
◇◆◇ ◆◇◆
帝都遺跡は、プリムラ嬢の暮らすマートル村から見てモビレア市の向こう側。魔法技研があった場所の至近の村であるセムスの近くにある(より正確には、魔法技研が帝都遺跡の近くに作られたのだが)。
そしてプリムラ嬢以外の拉致被害者たちはセムス村まで連れて行ったのだが、彼女らはそこから商人たちの助けを得て、それぞれの故郷へ帰ることになったようである。勿論帰ることの出来ない事情を持つ人たちもいないでもなかったが。
そして彼女たちが情報を提供した結果、神殿の魔法技研が研究所長の指揮で、怪しげな人体実験を行っていたことが白日の下に曝されることとなった。それによりモビレア地方の神殿や領主である公爵、その他研究所の後援者であったミルトン侯爵やフロウ男爵などは、かなりの窮地に立たされているようだ。
またそのおかげで、冒険者ギルドのギルドマスターによる謀叛の容疑も、もしかしたら、と考える風潮が強くなっているという。
この上マティスが証拠となる資料を上手く提出出来れば、状況の逆転も夢ではないだろう。
ついでとばかりに顔見知りの商人に、魔法技研の人体実験に供された女性たちを拐かしたのは『悪神の使徒』と名乗る連中だということを伝えておいた。
シェイラの誘拐に端を発した一連の騒動も、これで完全に決着だろう。そう思いながら、『廃都』と謂われる帝都カナン、その遺跡に向かうのであった。
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カナン帝国史〔抜粋:初代皇帝崩御後〕
カナン暦49年、初代皇帝アレックス崩御。アレックス帝の嫡子と庶子の間で帝位継承を巡る争乱勃発。51年、庶子、第二代皇帝として即位。嫡子は母后の親族もろとも公開処刑される。嫡子派の貴族は粛清を恐れて国外へ。
この頃から、帝国領内で本国から分離・独立を宣言する都市・領地が続出する。都市国家同士・独立領地同士が合従連衡の末幾つもの国家が誕生し、また滅びていった。
74年、第二代皇帝崩御。皇帝の長女が14歳で第三代皇帝(少女帝)に即位。他の妹たちは、先帝即位時の混乱を教訓とした重臣たちの手で、全員毒杯を仰がされた。
78年、帝都カナン防衛戦。少女帝の従兄を自称するシグルド率いる侵略軍の7割以上を損耗させ大勝するも、糧秣も国庫も底をつき、戦える兵も殆ど残らなかった。79年、シグルド軍に無条件降伏。帝都カナンを無血開城。シグルド、第四代カナン帝国皇帝に即位。シグルド帝、少女帝を公開処刑。少女帝は未婚であり、子供もいなかった。シグルド帝による暴政開始。
80年、シグルド帝、独立を宣言した貴族領や都市に対し帝国への帰順を求めるも、応じた都市・貴族は僅かしかいなかった。シグルド帝、帰順を拒んだ領地に対し派兵するも、軍事的才能の無いシグルド帝の指揮する軍は誘引の計に嵌まり壊滅的損害を被ることとなる。
82年、帝都炎上。シグルド帝の治世に反発する市民を粛清する為に、帝都内の市民団体拠点に火を放つ。その火が居住区に延焼し、4日間燃え続けた。その影響で暴動や略奪が頻発した。当初の出火は4日後には鎮火したが、その後に相次いだ放火や失火により、この後半年以上都市のどこかから常に火の手が上がっていた。皇帝の御膝元である帝都は、既に無政府状態に陥っていた。
83年、帝城崩壊。暴動の末、帝城も燃え落ちた。シグルド帝の遺体は発見されず、その後の消息も不明。その後数百年に亘って「シグルド帝の継嗣」を名乗る者が出る原因になる。市民は帝都を放棄した。
なお、歴史上この年を「カナン帝国終焉の年」とするが、79年の少女帝の処刑を以て帝国の歴史は終わっていた(シグルド帝の出自そのものが疑問視されている為)とする史家や、82年の帝都炎上で国家は消滅したとする史家もいる。
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(2,950文字:2015/11/20初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/27 03:00掲載予定)
・ この時代の性行為年齢は低く、12歳(数え)から15歳くらいまでには経験を済ましているのが普通です。が、アレクの場合は平成日本の常識を引き摺っているので、その年齢では「早すぎる」と感じています。
・ 少女帝は戦術レベル(戦場単位)ではアレックス帝を凌ぐ軍事的才能があるといわれていました。また後見人である魔術師タギのおかげで、広い視野を持って戦うことも出来たといわれています。ただ惜しむらくは、主計参謀(補給計画を立てる人)がおらず、それ以前に有能な人材が先帝時代に軒並み処刑されていた為、広大な国土を支え切れなかったのです。




