第13話 四人の旅路
第03節 二人の旅路 phase-2〔1/3〕
「……所長さん。私は貴方のことを憶えていません。けど、貴方のおかげでご主人様と巡り会えました。だから、そのことに関しては感謝します。
そのお礼に、貴方の生命は奪いません。
が、私の想いの幾分かには報いてもらいます」
シェイラは、『悪神の使徒』の頭領たる「狂的科学者の右腕を切断し、その喉を切り裂いた。
シェイラの気持ちを汲んで、俺はその右腕と喉の傷口を〔着火魔法〕で焼き、〔回復魔法〕で傷口を塞いだ。つまり、右腕の接合を不可能にした上で発声も出来なくしたのだ。
生命を奪わないが、魔法使いとしての命を奪う。それが、シェイラがこの男に対して科した罰だったのである。
その後研究所の地下に向かうと、丁度多くの女性たちを引き連れたおっさんたちと合流出来た。おっさんも、多少の怪我こそあれど、無事目的を果たすことが出来たようだ。
拉致されていた多くの女性たちを直近の村まで護送した上で、俺たちとおっさん、そしてその姪であるプリムラの四人は、プリムラの故郷であるマートル村まで行くことにした。
が、シェイラとほぼ同年代とはいえ、これまで殆ど村を出たことのなかった少女・プリムラ。騎乗での旅は随分負担が大きいとみて、俺たちの幌馬車を〔無限収納〕から引っ張り出した。
「……お前の〔亜空間収納〕は、一体どうなっているんだ?」
「秘密。色々と、な」
自慢の『独立懸架式サスペンション』が、ここにきて遺憾なくその性能を発揮し、下手な宿の寝室より快適な空間をプリムラ嬢に提供することが出来た。
ちなみに、旅程の馭者役は俺とおっさんの二人で、シェイラにはプリムラ嬢の話し相手を任ずることになった。
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ところで。ハティスを出てからの数ヶ月で、シェイラの成長は著しい。
身長はおそらく140cm程度、最近ようやく135cmを超えた俺の身長を既に抜いている(男子の成長期は女子より遅く来るんだ!)。
体重もそれに応じて増えていて、体の線もそれ相応に丸みを帯びている。
そして、どうやら女性としての色々も最近来たらしく、同年代の少女が近くにいることで結構助かっているようだ。
おっさんと馭者席に座っていると、後ろから黄色い声が聞こえ、気になって覗いてみると、決まって少女たちに叱られる。少女たちの語らいに男が首を突っ込むな、ということだろう。まぁ仲良くやっているのなら良いか、と前向きに考え、俺はおっさんの隣でミルトン侯爵邸から押収した書籍をつらつらと読み耽っていた。
そんなこんなでこれまでにない和やかな旅路の末、俺たちはマートル村に到着した。
◇◆◇ ◆◇◆
プリムラが誘拐されてから約4ヶ月。家族も村の人たちも、ほぼ絶望していたところに帰還した訳だから、その歓び方は筆舌に尽くしがたいものとなっていた。
またシェイラの証言で、その貞操の無事を伝えると、(シェイラの故郷ほどではないが)貞操観念が保守的な村人たちは皆安堵の息を漏らした。
俺たちは暫くプリムラの家にお世話になることになり、宿代代わりに手持ちの食糧を提供するなどしてまったりと過ごすこととなった。
が、それだけで終わらせる訳にはいかない。プリムラの身体には魔石が埋め込まれているのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
「魔石が埋め込まれているって、何処に?」
「わかりません。彼女の意識が朦朧としているうちに施術されたようで」
「見た目何処にも異常はないようだが?」
「魔石は指先程の大きさしかありませんから、埋め込まれた直後は自覚症状がありません。けど、魔石はだんだん大きくなっていきます。そうすると体の中の臓器を圧迫し、体調不良を引き起こすことになります。
具体的には、例えば魔石を埋め込まれた場所が喉なら。
魔石が小さいうちは問題になりません。が、大きくなれば、どんどん気管を圧迫し、そのうち呼吸そのものが難しくなり、最後に息が出来なくなるでしょう。
魔石が小さいうちは何事もないから気にならないけど、大きくなるとそれだけで命に関わります。そして、魔石が大きくなればなるほど摘出は困難になり、場合によっては痕も残ってしまいます。
小さいうちに摘出出来れば、その痕も目立たないくらい小さなもので済むのです」
「キミが正しいことを言っているのかどうか、俺には判断が出来ない。仮に正しいことを言っているのだとしても、娘の肌に刃物を刺し込むことを許容出来ない」
「気持ちは充分よくわかります。俺もシェイラの施術の際、かなり悩みましたから。
だから、じっくり考えてください。結論が出たら教えてください。
ただ、どちらに転ぶにしても、暫くの間お嬢さんは充分な休養と、適度な運動、肉と野菜を適度に合わせた食事、そして清潔な環境を維持するように心がけてください」
俺だって、昨日今日知り合った人間が、愛娘の肌に刃物を突き立てたいといったら、即座にOK出来る筈がない。前世なら「医者」というステータスを信用するだけだが、こちらには外科医はいないのだから。
そして身も蓋もない話だが、プリムラはどこまで行っても他人だ。シェイラのように家族じゃない。だから、プリムラの家族が魔石の摘出を行わないと決定して、その結果プリムラが死に至ったとしても、それを哀しむことはあれど責めることはないだろう。
だから、ここから先は、プリムラの親父さんの判断次第。
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「そういえばおっさん。おっさんの旅団はどうなったんだ?」
「あぁ【夜啼鴉】か。ミルトン侯爵邸襲撃の前に、サブリーダーに全権を委ねてきた。多分あいつが上手くやってくれているだろう」
「そうか、なら良いんだが」
最近の俺たちの仕事は、侯爵邸から押収してきた資料の仕分け。『悪神の使徒』の悪行の証拠となるもの、それに侯爵が関与している証拠になるもの、その他侯爵の悪事の証拠になるもの。そういったものをまとめている。
俺はこれ以上スイザリア王国の内部事情に関わるつもりはないが、おっさんらはそうも言っていられない。特に今回の一件で、冒険者ギルドのかなり奥深くまでミルトン侯爵の手の者に汚染されていた事実が判明したから、その除染の為にも資料を揃え、場合によっては領主たる公爵や国王(が無関係なら、という前提だが)を巻き込んででも、正常化する必要があるだろう。
その為のカードは多い方が良い。おっさんのこれからの戦いに健闘を祈るのみだ。
(2,893文字:2015/11/19初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/23 03:00掲載予定)




