第11話 脱出
第02節 悪神の使徒〔7/8〕
「しかし見事な潜入だったな。これなら朝まで事が露見することはあるまい」
ミルトン侯爵邸を脱出し、市中を走りながらおっさんはそんなことを言ったが、
「否、夜明け前には露見するよ」
「何故?」
「フロウ男爵邸襲撃の件があるからさ。あっちがこっち並みに大成功していれば、朝まで隠し通すことが出来るだろうけど、流石にそれは無理だと思う。
ならその連絡が侯爵のもとに行くのが遅くても夜明け前だ」
「その連絡を受けて、秘密の更なる隠蔽なり反撃なりの対策を考える為に、侯爵が書斎に入り、自邸も襲撃されていた事実を知る、か」
「そして、男爵と侯爵を繋ぐ糸が『悪神の使徒』だけなら、その襲撃の意図も伝わるだろう。他の悪事でも繋がってくれていることを祈るけどね」
「じゃぁそれまでにこちらも神殿の研究所を捜すか?」
「そうしたいのは山々だが、夜明け前に都市を出るのはあまりに目立つ。
一旦家に帰り、朝一で商業ギルドに行って馬を手配して、それから動こう。
ギルマスとも情報交換したいが、向こうはもうマークされている。単独で動いた方が有利だ」
「わかった」
◆◇◆ ◇◆◇
一夜明けると、市の中は蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。
◇◆◇ ◆◇◆
俺はおっさんとシェイラを家に置いて、一人で商人ギルドに足を運んだ。
「こんにちは。何か街の中が騒がしいけど、何かあったんですか?」
「謀叛だってよ。冒険者ギルドのギルドマスターが、フロウ男爵邸に押し入ったんだそうだ」
詳しく話を聞くと。
何をとち狂ったのか、冒険者ギルドのギルドマスターが、数人の手勢を率いてフロウ男爵邸を襲撃したのだという。
ただこの襲撃は冒険者ギルドに対して内偵していた者が事前に市当局に通報していた為、一網打尽にされた。
冒険者の中には、ギルドマスターから計画を聞いていても襲撃に参加しなかった者もいた為、ギルド全体がこの謀叛に関わっている訳ではないと判断されたが、関与がどこまで広がっているかわからないので、現在冒険者ギルドに対して業務停止命令が下っているのだそうだ。
「昨日までに護衛依頼を請けていた冒険者以外は、市を出ることも認められない状況だそうだ」
「なら、俺の場合はぎりぎりセーフかな?」
「どういうことだ?」
「いや、ハティスから緊急の連絡が入ってね。すぐに帰らなければいけなくなったんだ。で、ここへはその足になる馬を買いに来たんだけど、昨日のうちに知り合いの冒険者に護衛の依頼を発注していたから――」
「あぁ、それならセーフだな。ギルドが閉鎖されているから、新規依頼が出来なくなっているだけだから。
それにしてもこのタイミングで帰国命令か。お前さんも大変だね」
「全くだ」
◇◆◇ ◆◇◆
実は。
俺たちは商人としての身分で発行された旅券で越境し、商人としての身分で発行された旅券でモビレア市に入っている。
その為、関や市の入出の記録を調べると、商会【セラの孤児院】に関する記録はあるが、フェルマールのハティスに拠点を置く冒険者旅団【C=S】に関する記録は存在しないのだ。
一方、モビレアの冒険者ギルドの名簿には、【C=S】がちゃんと記録されている。
注意深く調べれば、商会【セラの孤児院】のアレクとその奴隷のシェイラは、冒険者パーティ【C=S】のアレクとシェイラと同一人物だとわかるだろう。が、商人ギルドの名簿と冒険者ギルドの名簿、それにモビレア市の入出記録の全てを照合しなければ、資料からはその事実に辿り着けない。
言い換えると、仮に「銀札冒険者のアレク」が指名手配されていても、「Bランク商人のアレク」には関係ないのだ。
そして同様に、冒険者に対して市を出ることが禁止されているといっても、商人に対しては規制されていない。冒険者に馬を売ったり貸したりすることはおそらく禁止されているが、商人に対しては禁止されていない。
だから、商人としての旅券を持つ俺とシェイラの二人分、二頭の馬を購入することは出来るという訳なのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「と、いう訳だから、シェイラ。鎧は脱いで動き易い恰好をしろ。お前は俺の後ろに乗ってもらう。
おっさんは一人でそっちの馬だ。おっさんの立場はリュースデイルの関までの俺たちの護衛だ」
「わかった。しかし商人としての旅券も持っているとはな。お前の正体が気になるよ」
「ただの冒険者だよ。ちょっと色々縁があって、色々伝手があるだけの、ね」
◇◆◇ ◆◇◆
実際。噂はあくまでフロウ男爵邸襲撃に関してだけであり、ミルトン侯爵邸の襲撃に関しては全く表に出ていなかった。けれど、現時点で気付いていない筈がなく、その為の追捕の手が伸びていない筈がない。
ただ、侯爵が犯人像をどのようにイメージしているか。それにより追捕の向かう方向が決まるだろう。
たとえば、フェルマール王国関係者(【セラの孤児院】を容疑者としている場合も含む)だと考えていれば、リュースデイルへ向かう街道を抑える筈。
スイザリア国王の密偵と考えていれば、スイザル市へ向かう街道を。
ただの稀覯本盗難と考えれば(ありえないが)、もしかしたらマキア王国に至る街道も抑えられるかもしれない。
その一方で、この被害そのものを隠し通すつもりなら、あまり大々的な追跡も出来ないだろう。
だから、市を出るまでが勝負なのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「はい、次の人」
門の窓口では、モビレア市を出る為に多くの商人が列を成していた。
そう。殆どが商人。
通常、市の出入りの為に一番都合の良い身分は、冒険者である。
その為、この窓口に並ぶ人の6割は冒険者で、商人は3割程度となる(残りの1割は巡礼者など。一般市民に居所移転の自由はないので、市外へ出ることが認められることはほぼない)。
けれど、今日はほぼ全員が商人。ギルドでよく見る顔ぶればかりだ。
だから、列の中でも挨拶や雑談をし、情報収集が出来る。
そのおかげで命拾いした面もある。
「おい、お前は誰だ?」
「え? オ、オレはこの商隊の――」
「いや、うちの隊にはこんな奴いないが」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。急いでセムスの村まで行かなきゃいけないんだ」
「わかった。わかったから話は向こうで聞こう」
「……何だったんだ?」
「どうやら急用があった冒険者が、商隊に紛れ込んでいたらしい。
莫迦だね、こんな右も左も顔見知り、ってとこで、見知らぬ顔が混じっていたら、一発で目立つだろうに」
「じゃぁ俺らも目立っているのかな?」
「まだ若くして異国の商都まで勉強に来ている孤児院商会の商人、アレクとシェイラを知らない奴なんか、今のモビレアにはいないだろうさ」
「そうそう、ウザい位にいろいろ聞いて回っているからな。軍事や兵站の動きを聞いていたなら、フェルマールの密偵と思ったろうな」
「こんなあからさまな密偵がいてたまるか!」
そんな顔見知りの商人たちの(無自覚の)助けもあって、俺たちは無事モビレア市を脱出することに成功した。
(2,972文字:2015/11/18初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/19 03:00掲載 2016/10/11誤字修正)




