第09話 魔法技研の研究内容
第02節 悪神の使徒〔5/8〕
「では、ギルマスはフロウ男爵邸の襲撃の指揮に向かってくれないか?」
背後に領主や王家がいるかもしれない。それを示唆したうえで、侯爵邸襲撃に関わるなと言う。その意味をギルマスは理解し損ねたようだ。
「何故だ?」
「ここでギルマスが抜けるのはあまりに不自然だ。ギルドが『悪神の使徒』と通じているのだとしたら、一発で警戒される。
ミルトン侯爵邸の襲撃は俺たち三人だけで行う。フロウ男爵邸襲撃部隊には、俺たちは逃げたとでも伝えてくれ」
「しかし……」
情報提供者である自分抜きで、高位貴族に喧嘩を売る。そこに後ろめたさを感じているのだろうか?
「はっきり言えば、俺たちにとってこの一件は私戦に過ぎない。その意味ではギルドと共同歩調をとる必要はない。
一方でギルマスは、たとえ国を捨てられても民を捨てることは出来ないだろう?
なら表面だけでも国と対立すべきじゃない」
「わかった。ではこれ以降俺に出来ることは何もないだろうが、お前たちの健闘を祈ろう」
「そちらも。フロウ男爵とミルトン侯爵の両方を同時に締められれば、その上がどうであれかなり事態は改善する筈だ」
「そうだな。その意味でもフロウ男爵邸襲撃も失敗は出来ない」
仮に男爵邸側で証拠を隠滅していたとしても、同時に侯爵邸も押さえれば、男爵の関与も証明出来るかもしれない。一方侯爵邸だけの襲撃では、男爵に逃げられる惧れがある。両方を抑えるつもりなら、両方同時に確保しなければ。
「あぁそうだ、最後にもう一つ。
精霊神殿魔法技術研究所の、表向きの研究内容は何なんだ?」
俺の質問に対し、ギルマスはちょっと戸惑ったような顔をして、
「表向きって、……、まあ、いいか。
魔法技研の研究テーマは、『神話級魔法の再現』だそうだ」
「神話級魔法?」
「知らないのか? 誰でも知っていることだと思ったがな」
俺の常識の欠如に呆れているようだ。
「誰でも知っていることなのか?」
「はい、ご主人様。私も聞いたことがあります」
「『創世記』の内容だろ? 知らない奴がいるってことの方が驚きだ」
「そういうもんか」
どうやらそういうものらしい。
◇◆◇ ◆◇◆
ギルマスが退出した後、俺たち三人も侯爵邸を目指して家を出た。
「それはそうと、さっきの『神話級魔法』について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「ほんっと~に、お前は何にも知らないんだな」
「ご主人様。私が答えます。
『創世記』に拠れば、この世界に精霊神様たちが降り立つ前、世界は混沌の中にありました。
多くの力ある者たちが世界の神足らんと欲し、相争っていたのです。
それを見兼ねた精霊神様たちが世界に降り立ち、この世に秩序と安寧を齎した、と謂われております」
「ちなみにアザレア神教では、精霊神様たちをこの世界に派遣したのが最高神アザレア、ってことになるらしい」
「『神話級魔法』とは、その混沌の時代に神となることを望んだ者たちが使用した魔法です。
具体的には、万物を吸い上げ吹き飛ばす〔竜巻〕、あらゆるものを呑み込む〔津波〕、大地を崩壊させる〔地震〕、天からの光で悪を討つ〔雷光〕、などがあります。また神話級魔法の中でも最上級とされるのは、夜天の星そのものを落とす〔星落し〕ですね」
「あれ? それら全て――」
「はい。現在では精霊神様たちがそれぞれの神威として振るわれておいでです。
ですので、神話級魔法を人間の魔術師が使うというのは、神の力を人が使おうとしているということになります」
「神殿関係者がそれで良いのか?」
「それに関しては、私は何とも」
「『出来ないことを証明することで、神の威光を知らしめる』ってのが建前だ。
だが一説によると、実際に神話級魔法を使った魔法使いもいるらしい。
カナン帝国時代の記録にそんなものが残っている」
「それは、帝国宮廷魔術師タギが使ったってことか?」
「それは違うようだ。とはいっても記録それ自体も何かの間違いの可能性もあるしな。
だが逆に言うと、神威を人間が使える可能性があるのなら、『神を理解することこそ、神の使徒たる者の使命』だと思っているのかもな」
「『神の使徒』ね。いったいどの神の使徒なのか」
「俺からも聞いて良いか?」
「何だ?」
「アレク、お前はそっちの嬢ちゃんが『悪神の使徒』の犠牲になった、って言ったな?」
「ああ。にもかかわらず今ここにいる理由、か」
「そうだ」
「シェイラの鎧の中央に、魔石が嵌め込まれているだろう?」
「ああ。随分高級な魔石だな」
「あれは、『悪神の使徒』によってシェイラの体の中に埋め込まれていたものなんだ」
「何だと?」
「『悪神の使徒』の、本来の研究テーマは、魔獣や魔物だ。マティス、魔獣と野獣の違いはどこにある?」
「魔石の有無で判断するのが一般的だな」
「では、人間に魔石を埋め込んだら、その人間は魔物になると思うか?」
「!」
「魔物は基本的に、複数種の野獣や虫どもの特徴を併せ持つ。だがその中に、人間を連想出来る特徴を持つ連中もいる。所謂鬼系の魔物だ。
では、鬼系の魔物と人間の違いは?」
「……」
「それがわかれば、大鬼の剛力を持つ戦士や牛鬼のような耐久力を持つ兵士を生み出すことが出来るかもしれない」
「確かにそうかもしれないが……」
「だが、シェイラは魔石を埋め込まれても何も変わらなかった。もしかしたら変化が観測されなかっただけかもしれないがね。
何にしても、実験の失敗作として廃棄されたんだ」
「廃棄、か」
「そして、私はご主人様と出会っていなければ、おそらく今頃生きてはいなかったでしょう」
「何故?」
「……シェイラ自身の魔力が、埋め込まれた魔石に過剰反応して自家中毒を起こしていたんだ」
「じかちゅうどくって、何だ?」
「簡単に言うと、シェイラの無意識が魔石を“毒”と認定し、それを排除しよう〔解毒魔法〕を発動させた。けど、それは毒じゃなかったから排除出来ず、排除出来ないから更に〔解毒魔法〕を使い続けた。その所為で、シェイラは慢性的に魔力不足の状態に陥ってしまったんだ」
「自分の魔力の所為で死にかけた、ってことか」
「そういうことだ」
「俺の姪っ子も、そんな目にあっているかもしれないってことか」
「けど、処置をするのが早ければ、助かります。
ご主人様なら、助けることが出来ます」
「あまりやりたくないのが本音だけどね」
「どうしてだ?」
「体の中に埋め込まれた物を摘出する為には、肌を切り肉を裂いて取り出すしかないからだ。失敗すれば、当然患者の命は喪われる」
「だが、そうしなければ結果的に死ぬんだろう?」
「もしかしたら『悪神の使徒』の研究が成功すれば、何もしなくても死なずに済むかもしれない」
「『悪神の使徒』とお前となら、俺はお前を信じるよ」
「何故? 昨日会ったばかりなのに」
「勘、だよ。お前は悪い奴じゃない」
(2,970文字:2015/11/16初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/15 03:00掲載予定)
・ ちなみに、記録に残っているという、カナン帝国時代の神話級魔法は、入間史朗氏が行った火計「火炎旋風」(厳密には、「空城の計」から「火計」に繋げた結果偶発的に発生した火炎旋風)がそう誤解されたものです。




