第08話 真相
第02節 悪神の使徒〔4/8〕
「フェルマールで起こった事件の当事者、だと?」
「具体的には、俺たちがとある人攫い集団に囚われた女性を救出するという依頼を請けた。そして犯人を尋問してみたら、『悪神の使徒』という名称が出てきた。それが俺たちにとってのこの事件のはじまりだ」
「そういうことか。じゃあモビレアに来ているのは、その続きって訳か」
「それだけじゃないが、そういうことだ。
そして色々な事情を勘案すると、ギルドが『悪神の使徒』と通じているという懸念がある」
「何だと?」
「ギルドが捜査当局に対し『自分たちは充分役目を果たしました』ってポーズをとる為に、今日の一件を行ったということだ」
常識で考えれば、敵と内通している可能性のあるギルド内で、それを声高に公言することはデメリットしかない。が、今回は敢えてそれをやった。マティスの動機がそういうものなら、彼の信頼を得ることはギルドと敵対することに勝るから。
「もしそれが本当なら、ギルマスを締め上げるのが一番手っ取り早いんじゃないか?」
それを受けて、マティスがこれから殴り込みに行こうと言わんばかりの表情でそう言うと、ギルドの職員も、
「おっしゃる通りですね。
ではここに残ってくださった皆さんと一緒に、ギルドマスターのもとに向かいましょう」
と、同意した。
「は?」
「どうなさりましたか? マスターを疑っておいでなのでしょう? ですから案内致します。ご本人に話を聞いてください」
◇◆◇ ◆◇◆
ギルドの職員に連れられて、ギルドマスターの執務室にやってきた。
そしてギルドマスターは、一通り俺たちの顔を見回して、
「予定通りの連中が残った訳だな」
「どういうことだ?」
「今回の一件、根が深い。ギルドの中でも信じられる職員は限られている。
冒険者たちは連中と通じていないにしても信に足りない者も多い。
だから篩にかけた。残ったのがお前たち、ということだ」
「つまり、あれで終わりだと思う程度であれば、この先の仕事は――」
「そう。任せられない。
報酬の有無ではなく、権力や影響力でもなく、自らの信念に従って動いてくれる冒険者。
今回の一件には、そういう連中でなければ依頼出来ない」
マティスの表情も改まり、殴り込みに行くヤクザの顔から仕事を請ける冒険者の顔になった。
「詳しく訊こう」
「『悪神の使徒』なる誘拐組織がある。その目的は不明だが、そこでは拐かされた人々を切り刻んでいると聞く」
「なっ……」
「だが、その連中に金を出している貴族もいる。おそらく『悪神の使徒』どものやっていることは、かなりの利益を生み出すのだろう」
「その貴族は、わかっているのか?」
「大体判明している。だが、当然だが我々には貴族を拘束する権限はない」
「相手が悪党だってわかっていてもか!」
「証拠がない。そして取引をするにあたって悪人と取引することが悪だという法は無い。取引相手が善人か悪人かで、その人自身の善悪が決まる訳ではない」
「つまりその貴族が、相手が『悪神の使徒』だとわかっていたとしても、ただ金を出すだけなら罪にならない、ということか」
「そうだ」
「そこで、キミたちに極秘の依頼を行いたい」
「その貴族の屋敷に忍び込み、『悪神の使徒』と通じる証拠を探し出せ、か?」
「その通り。『悪神の使徒』と通じる証拠、一方的に便益を与えているだけではなくその貴族自身もそれに加担している証拠。或いは『悪神の使徒』の拠点に関する情報だけでも構わない。
やってくれるか?」
「良いだろう。その依頼、請けよう」
その場にいる冒険者全員が、ギルドマスター直々の依頼を受託することになった。
「それで、問題となる貴族は?」
「通商貴族として知られる、フロウ男爵だ」
◇◆◇ ◆◇◆
準備をする為と称して、俺とシェイラは一旦家に戻った(実際は全ての荷物を〔無限収納〕に入れている為、家ですることなどは無いのだが)。
「いきなり話が進展しましたね」
「そう、だな」
「……何か?」
「フロウ男爵。商人ギルドの方でも何度か名前が出たことがあるな」
「はい、たしか絹の交易を中心に行っている方でしたね」
「そうだが、……やっぱり引っかかる。
フロウ男爵が『悪神の使徒』に資金を提供するメリットって、一体何だ?」
「それは……、今回の依頼を完遂すれば、わかるのでは?」
「確かにそうだが……」
まだもやもやするものを引き摺りながら、時間調整の為にお茶を淹れる。
と。
家の外の、砂利が鳴った。
「ご主人様。お客様のようです。この気配は、ギルドマスターとマティスさんですね」
◇◆◇ ◆◇◆
「庭に播かれた小石は、警報装置かい。ただの冒険者の家とは思えないな」
「うちは年頃の女の子がいるからね。変な連中に拐かされることのないように、常に警戒しているんだ」
「冗談には聞こえないな」
「それで? 集合時間にはまだ早いし、集合場所はここではない筈だが」
ギルドマスターは俺の問いに、悪戯小僧のような表情を浮かべ、
「目標の変更だ。我々はフロウ男爵邸には向かわない」
「理由を聞こうか」
「情報が洩れている惧れがある。フロウ男爵邸に向かっても迎撃される惧れがあるし、無事依頼を達成出来たとしても、重要な証拠は既に処分された後の可能性もある」
つまり、執務室での会話もまた篩の一つ、だった訳か。
「じゃあどうする?」
「ミルトン侯爵邸に向かう」
「は? 侯爵? また随分大物が出て来たな」
「フロウ男爵は資金面で『悪神の使徒』を援助しているが、ミルトン侯爵は法律、取り締まりの側から『悪神の使徒』を援助していると思われる」
「思われる、ね。こちらも証拠がないんだな?」
「ない。だが司法のトップが向こう側である以上、法的に説得力のある証拠など、どれだけ探しても出てこないだろう」
「済まんが外国人の俺たちは、ミルトン侯爵の立場を知らない。ミルトン侯爵はどんな人物だ?」
「精霊神殿魔法技術研究所から貴族法院に移った変わり種だ。本人の魔法力は大したことないという話だが、魔法に関する知識は豊富で、抱えている魔法使いの質も高い」
探していたキーワードが、こんなところに出てくるとは。
「精霊神殿魔法技術研究所、か。繋がったな」
「何がだ?」
「『悪神の使徒』と、だ。ギルマスの調査に間違いがないのなら、おそらくはその研究所が、『悪神の使徒』の本拠地だ」
「何だと?」
「拐かした人たちを切り刻む。そう言っていただろ?
それは、魔法実験に供しているんだ」
「何故そんなことが言える?」
「シェイラもその犠牲者だったからだ」
「な……」
「その研究所の所長が代替わりしたのは?」
「5年前だ」
「ぴったりだな。だが、だとすると。
……ギルマスは良いのか? もしかしたら、研究所や侯爵ではなく、モビレア領主である公爵や、最悪王家が出てくるかもしれないぞ?」
「我が国が、裏で『悪神の使徒』を操っている、と?」
「寧ろその可能性の方が高いだろう。だとすると、あんたたちは国を裏切ることになる」
「悪神の使徒の、更にその下僕になり下がるくらいなら、国を捨てる方がマシだろう」
(2,963文字:2015/11/15初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/13 03:00掲載 2016/07/13衍字の修正 2016/10/11誤字修正)




