第07話 蜥蜴の尻尾、或いはデコイ
第02節 悪神の使徒〔3/8〕
そして俺たちは、ギルドの馬車で現地に向かった。
組織の拠点とやらが木々の隙間から見える程度の距離まで近付き、まずは第一班が偵察の為進出する。彼らの中で最も業が優れている者でも俺と同程度で、ましてや〔気配隠蔽〕を発動させたシェイラとは天と地ほども差がある。あれがここの銅札冒険者の水準だとしたら、随分程度が低いことになる。
やがて、第一班が戻ってきた。拠点の中には賊と思わしき男たちが10人程度、囚われた女たちが5人。うち3人が現在進行形で男たちの慰み者にされており、残りの2人も全裸で男たちの体液に塗れているという。
義憤に駆られた第二班のメンバーが正面から強行突入。ものの数分の戦闘の結果、静かになった。
俺たち第三班の周辺探索した(俺とシェイラは〔空間音響探査〕も使った)結果敵組織の増援の気配は無いと断定し、第三班も突入。第三班にはシェイラの他女性が2人いた為、その3人で囚われていた女性たちに毛布を被せ保護した。
女性たちを除いた男どもは、徹底的に家探しし、片端から資料を押収した。
そして撤収する際、その拠点とされた小屋に火を点けた。
◇◆◇ ◆◇◆
俺たちの出番は殆どない、圧勝であった。だからこそ違和感を覚えた。
ハティスとリュースデイルの一件で、『悪神の使徒』は女に手出しをしなかった。あの賊どもにそんな理性や良識があるとは思えないから、おそらくはトップの狂的科学者の指示だったのだろう。
では今回は? こいつらが『悪神の使徒』であれば、首領の御膝元でそこまで野放図なことが出来るものだろうか。
それとも、単に別口?
否、そう考えるのは無理がある。
依頼は、はじめから『大規模な国際的誘拐団』と謳っていた。
大規模な国際的誘拐団が、一つの町に二つも三つもあってたまるものか。
だが。そうなると、やはり当初の疑問に突き当たる。
『何故大々的に冒険者の募集をかけたか』。
敵を(誰にとっての“敵”かは取り敢えず置いておくが)炙り出す為だとするのなら、今回の賊どもは手応えが無さ過ぎる。
否待て、整理しよう。今のところ、事件の構図そのものが見えていないのだから。
まずギルドが敵に通じている場合。
追跡者(この場合は捜査当局、というべきか)を炙り出す為に今回の依頼を起こした、という可能性があったが、こんな雑魚たち相手じゃ誰であれ尻尾を出さないだろう。
逆に統制が利かなくなった末端組織を、冒険者ギルドに処分させたという可能性。これならあり得るが、しかし余計な情報を冒険者たちに与えることになる。
次に、ギルドが敵と無関係である場合。
敵との内通者を炙り出すという可能性は、上記の通り否定出来る。
正規に誘拐団の調査をしていた結果、ババを引いたという可能性は? 否、それならやはり大々的な募集という事実と矛盾する。
三番目に、ギルドが知らず敵に利用されている場合。
ギルドは信頼に足ると確信出来る情報を得て、今回の依頼を計画した。内通者もほぼ特定出来ていたから、寧ろ泳がせている。そして今回の依頼で敵組織の拠点の一つを粉砕し、これで王手をかけられる、とギルドは思っているという可能性。……もしかしたら、この可能性の方が高いのかもしれない。
否、四番目の可能性。
ギルドは敵に利用されているが、ギルドはそれを承知で逆に相手を罠にかけようとしている場合。
つまり、今回の依頼は空振り前提。事情聴取していると言っていたのはただのポーズ。これでギルドが満足したと敵に油断させて、今後本命に強襲するつもり。
こうしてみると、可能性の高いのは三番目と四番目。つまり、ギルドの情報は敵に筒抜けであるが、ギルドがそれを承知しているかどうかだけが現状不明、ということだろう。
今回の依頼が敵にとってはただのデコイ(捜査当局をミスリードすることを目的とした捨て駒)であることは、おそらく間違いない。なら、本命は?
このデコイこそが本命であると捜査当局が信じることで、動き易くなる存在がいる筈。ソイツこそが本命に通じる手懸りだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
「諸君らの働きに感謝する」
作戦終了後のミーティングは、ギルド職員のそんな言葉で締められた。
冒険者たちも三々五々、ギルドの会議室から退出する。
しかし、何人かの冒険者は、そのまま座して動かない。
「どうしたんだね? 報酬の額にでも不満があるのか?」
「報酬なんかどうでも良い。不満があるのはこの幕引きについてだ」
口を開いたのは、マティスだった。
「どういうことかね?」
「まさか本気で、あんな雑魚共が国際的誘拐組織の一員だ、とでも信じているのか?」
「どんな大組織でも末端はあんなものではないのかな?」
職員の呆けた物言いに、俺もツッコむ。
「随分『こくさいてきゆうかいそしき』の内情に詳しいんだな」
「何が言いたい」
「言葉通りだよ。俺はハティスの冒険者ギルドで、そこの受付のお姉さんによく言われたもんだ、『物事を自分の都合の良いように解釈しようとするな』ってね。
で、だ。今回の一件を、俺にとって都合の悪いように解釈してみると、連中は俺たちに『これでおしまい』と思わせる為に、適当な拠点をでっち上げた。もしかしたら自分たちの部下を名乗るろくでなしの処分まで、俺たちに押し付けていたのかもしれないな。
なあ、あんたはどう思う? 今回の一件は、これで落着かい?」
「仮にそうでなかったとしても、貴方がたには関係ないのでは?
貴方がたに対して出された依頼は、間違いなく完了しています。ならそれで良いでしょう?」
「良くねぇよ。それで幕引きされたら、俺の姪っ子は帰ってこない」
「マティス?」
「俺の姉さんの娘っ子が、この夏に誘拐された。人買い市場も探したし、貴族共が最近購入したっていう性奴隷についても調べたが、姪っ子に繋がる手掛かりは見つからねぇ。
そんなとき、フェルマールで大規模な誘拐事件があったことを聞いた。
その誘拐犯たちは捕えられたが、取り調べの結果モビレアに行く予定だったと供述したという。
その矢先にこの依頼だ。関係が無いとは思えねぇ。もう少し調べてくれ」
「フェルマール王国で起こった誘拐事件なら、そこの彼の方が詳しいのでは? 捕り物の舞台になった街はハティスというらしいですし。
そしてその件とこの件が、同じであるとは限りません」
「同時に違うとも限らない。少なくとも、違うと言い切れるだけの根拠がない。
それともあんたたちは持っているのか? 違うという根拠を。
ならそれを提出しろ。それが誘拐団『悪神の使徒』の手掛かりになる」
「『悪神の使徒』? それがその誘拐団の名前なのか?」
「ああそうだ。フェルマールでも活動していた、人攫い集団の名前だ」
「小僧、何故それを知っている?」
「今ギルドの職員が言った、フェルマールで起こった事件の当事者だからだ」
(3,000文字:2015/11/15初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/11 03:00掲載予定)
・ 「私はそんなこと言った覚えがないんですが」(ハティスの冒険者ギルド受付嬢オードリー氏、談)
 




