第06話 ブリーフィング
第02節 悪神の使徒〔2/8〕
「実力も実績もある冒険者諸君が多数集まってくれたことを、喜ばしく思う」
大規模国際誘拐組織の拠点への強襲という依頼を請け、その事前説明に足を運んだ冒険者は、俺たち【C=S】他17名いた。
さすがに銅札以上に対して出された依頼だけあって、皆歴戦の兵という雰囲気を醸し出している。何人か若手も交じっているが、その彼らも一癖も二癖もありそうだ。
目標は、モビレアから一日程度離れたところにある森の中にある。そこを強襲し、資料等の押収。もし拐されている女性たちがいればそれを開放し、賊どもがいれば可能な限り捕縛。不可能であれば殲滅、というのが作戦の大筋である。
その為、隊を3班に分ける。
第一班は斥候。隠形に長けた冒険者が事前偵察を行い、状況を把握する。
第二班は強襲。文字通り戦闘力特化で敵性戦力を無力化する。
第三班は支援。敵の増援があるのならこれを食い止め、また拠点内の敵性戦力が予定より多いのであれば、援軍として突入する。
【C=S】は第三班に配属されることになった。
「質問がある」
発言したのは、第一班に配属されることになった、俺たちよりちょっと年上でしかない若手の冒険者だった。
「敵に対して、どの程度情報が秘匿出来ていると思うんだ?」
「この中に内通者がいるということか?」
「それ以前だ。冒険者なら誰でも、依頼板を見れる。もし賊の手の者が冒険者をしていたら、これから俺たちが攻めるぞって教えているようなものだと思うが?」
「キミの懸念はもっともだ。だがその心配はいらない。
あの依頼書を見て、確かに何らかの反応を示した冒険者はいる。その内、今ここにいない者たちは、全員拘束して取り調べをしている」
「つまり、逆にこの中にスパイがいる可能性の方が高い、ということか」
「可能性それ自体は否定しない。だから今よりキミたち全員、作戦開始までギルドの宿舎に留まってもらう。拒否は認めない。
勿論必要な道具等を自分たちの家に置いている者もいるだろうが、今回は諦めてほしい。その他必要な道具はギルドより貸与する」
多少の不満は出たが、概ね了承され、全員で宿舎に移動することになった。
◇◆◇ ◆◇◆
「面倒なことになったな」
シェイラに目で合図をして、〔気配隠蔽〕を発動させてから、小声でシェイラに話しかけた。
「確かに二六時中他の冒険者と行動を共にする、というのはあまり気分が良くないですが、この程度は仕方がないのではないですか?」
「否、そのことじゃない。ブリーフィングで職員が言っていただろう? 依頼板を見て不審な動きをした冒険者がこの中にいるって。少なくても俺たちは、その中の一人だ」
「ですが、それなら気にする必要は無いのでは。実際私たちはスパイではないのですし」
「逆だよ。さっき質問した、あの若手冒険者の懸念の方が正しい。
あまりにもあからさま過ぎるんだ。まるで、誰かに対して誘拐組織を殲滅するぞとアピールしているかのような」
「それって――」
「リュースデイルのときのように、冒険者ギルド自体が敵に通じている可能性も否定出来ない。
そしてその場合、これは単なる罠だ」
「ですが、罠であれば標的となる獲物がいる筈です。
ウサギを獲る罠でクマを捕えようという者はいないでしょうし、魚を獲る罠で鳥を捕えようとする者もいないでしょう」
「その通りだ。敵が相手をウサギと看做しているかクマと看做しているか、そして誰をウサギだと思っているのか、それがわからない」
「私たちをウサギだと思っている可能性もあるのですか?」
「もしギルドが『悪神の使徒』と通じているのなら、フェルマールでの一件ももう知っている筈だ。そのタイミングでフェルマールから来た俺たちが、マークされている可能性は否定出来ない」
「私たちを炙り出す罠。或いは――」
「俺たちを抹殺する為の罠。最悪、それを想定して行動した方が良いだろう」
「では」
「装備は戦闘ナイフだけ。鉄串も苦無も今回は使用しない。お前は手甲鉤も封印だ」
「畏まりました」
「〔空間音響探査〕は常時発動。情報量が多くなるから、処理に意識を割かれ過ぎるな」
「わかりました」
「前方と左側は俺が受け持つ。後方と右側は任せる」
「了解です」
◇◆◇ ◆◇◆
「お二人さん、こっちに来て輪に加わった方が良いぞ。皆がここにいるのは相互監視の為だ。輪から離れるとそれだけで痛くもない腹を探られる」
一通り打ち合わせが終わったのを見計らったかのように、冒険者の一人が話しかけてきた。
年の頃は30前後、金髪碧眼、ここらではありふれた容貌だ。武装は金属製の胸鎧と長剣。身ごなしに隙は無く、ベテラン特有の空気を纏っている。
だが、「俺たちに声をかけた」。この時点で要注意人物リストに登録する必要がある。
何故なら、〔気配隠蔽〕はこちらを意識して注視している相手には通用しないからだ。つまり、この男はずっと俺たちを見ていた、ということになる。
「忠告感謝する。俺たちは外国人だからな、はじめから要注意人物になっていると思うよ」
「だからこそ、だろ? 一緒に騒いで、酒でも飲んで……って訳にもいかないが、飯でも食えば、そんなこと誰も気にしなくなるぞ。
ああ、名乗ってなかったな。俺はマティス。旅団【夜啼鴉】のリーダーで今回の依頼では第二班に配属された」
「俺はアレク、こっちのシェイラとともにパーティ【C=S】を組んでいる。第三班だ」
そして俺たちはマティスに連れられて、他の冒険者たちとの会話に参加することになった。
とはいえ意味のある会話はない。それこそ『相互監視』を意識してか、当たり障りの無い(今回の依頼と関係ある話題さえ避け)雑談に終始している。どこかしら空々しい空気が漂っている。
だから俺たちも、なるべく自分の手札を見せないよう、それでいながら相手の手札を読み取れるよう、空々しい会話に参加した。
(2,720文字:2015/11/15初稿 2016/05/31投稿予約 2016/07/09 03:00掲載予定)
【注:「二六時中」は、「六時」=12時間を2つで合計24時間。一日中という意味です。なお「時」を「じ」と読むことから、現代では「1時間」を意味すると解釈し「四六時中」の言い回しをするように変わっております】




