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第7話 悠久の時

 


 誰かが俺を呼ぶ声がする。

 心が落ち着くような優しい香り。

 慈愛に溢れた暖かな眼差し。

 薄らとぼんやりした頭で、俺はそんなことを感じる。


「うっ……ここは……?」


 筋肉痛か何かでキレを失った身体を起き上がらせ、俺は霞む目を擦る。

 すると、やけに狭いが視界が鮮明さを取り戻す。

 そして俺はやっと現実に帰ってくることができた。



「シュッ! シュリンプギュルゥッ!?」



 真っ黒な瞳と視線が交差する。

 気を失って倒れていた俺を呼んでいたのは、磯の香りがしそうで、感情の一切読み取れない眼差しをした、ただのエビだった。


「シュゥ~、リンプギュル?」


 もぉ~、心配したのよ? きっと目の前にいるのがエビではなく、幼馴染の美少女だったらそんな台詞を俺にかけてくれたのだろう。

 しかし現実は厳しいものだ。そこにいるのは、なぜかやたら肉感的な美脚をもったエビだけ。

 俺もやれやれが口癖のイケメンではなく、ただの骨と皮。筋肉痛も気のせいだった。


「はぁ……まあ、それはどうでもいいか。それにしても、本当によく生き残れたなぁ、これ」


 ゆっくりと立ち上がりあらためて周囲の状態を確認する。

 そこら中に散らばった石破片。

 崩れていないのが不思議なくらい傷痕の目立つ大きな支柱。

 そして、その圧倒的巨躯を床に寝転ばせたままピクリともしない蛇の怪物。

 壮絶な戦闘の跡はそのままで、俺はなぜ自分がまだ生きていられるのか本当に不思議に思った。


「……とりあえずお前には感謝だな。ありがとう、エビ」

「シュ……シュリンプギュ」


 なんとなくエビの別に手触りのよくない頭を撫でながら礼を告げると、理由はわからないが完璧な均整の美脚がモジモジとし始める。

 しかし海洋生物の生態に興味のない俺は、まるで別の事柄について思案することにした。

 絶体絶命のピンチになったときになぜか敵が一撃で死んで、その後俺の身体がまったく動かなくなる。


 これは初めてじゃない。今回で二回目だ。どう考えてもおかしい。


 俺がカガリビトとかいう存在になってしまってからまだそれほど経っていないが、幾つかわかったことがある。

 その内の一つが、俺にスタミナという概念がないということだ。

 たしかに疲れや疲労を感じるのは感じるのだが、どうもそれは精神的なもので肉体的なものではない気がする。

 でも、そんな俺の身体が一切動かなくなってしまうことがこれまで二回あった。

 一度目はポチとの戦闘、そして二度目がこのバジリスクとの戦闘だ。


 やっぱりおかしい。不自然だ。心当たりは、まあ、一応ある。


 これまで俺はポチとバジリスクと、二度俺より確実に格上であろう相手を倒してきた。

 だがこの二度の戦闘に関して、よく考えてみると不可解な点が思い浮かぶ。

 まずポチとの戦い。

 記憶がたしかならば、俺はあの時ほんの一瞬、を止めていたはず。

 俺の頭がおかしくなっていないのならば、どうして今まで疑問に思わなかったのかわからないほど不可解な出来事だった。


 そしてこの怪物。バジリスクだ。


 目玉を思いっ切りぶっ刺しても死なず、毒も回りきらなかったこの化け物が、口の中をちょっと斬り貫いたくらいで即死するとはどうしても思えない。

 ポチ戦での時間が止まったかのような現象、バジリスク戦での謎の即死。

 この二つのことから考えられるのは――、



「まさか俺は……時間加速クロックアップできるのか?」



 ――時間加速。そんなファンタジーよろしく馬鹿げた現象を俺が起こせていると仮定すると、全ての辻褄が合う。

 

「シュリンプギュルー?」

「ん? ああ、別に俺は大丈夫だよ」


 俺が目を覚まし立ち上がったはいいが、そこから一向に動かないことを心配してくれたのか、エビが顔を覗き込んでくる。 

 いつまでも爬虫類の死骸置き場にいても仕方がない。気は進まないが先に進もう。


「俺は天の道を行き、全てを司る男」

「シュリンプギュル?」

「いや、なんでもない」


 無駄に広く寂しさを増徴させる空洞の中を、俺とエビは今度こそ奥に向かって行く。

 それにしても時間加速、か。

 やはり頭から離れない思いつきにまた意識を向ける。


 まず間違いない。そうとしかもう考えられない。

 

 ポチに殺されかけたときの時間が止まったような感覚。あれは俺だけが時間加速をしていたとするなら、俺以外の全ての時が止まったように感じるのは当然だろう。

 そしてバジリスクが即死した理由。それも奴を貫いたこの剣の特性と合わせれば説明がいく。

 あの少女の言葉が真実なら、この剣でつけられた傷による毒は時間が経てば経つほど影響を強くする。つまり時間加速をしながら斬りつければ、ほとんど一瞬で毒は致死量まで膨らむ。

 まさにデスコンボ。

 偶然手に入れたこの剣と、カガリビト全てが持っているのかわからないがとりあえず使える時間加速の能力。この二つの組み合わせはあまりにも強力。

 一対一の闘いなら正直、どんな相手にだって勝てるんじゃないか?


「シュッ、シュリンプギュルッ!」

「……どうしたんだ? エビ?」


 だがそんな風に思考の海に潜っていると、ふいにエビが切迫した鳴き声を上げるのが聞こえる。

 なんとなくその理由に見当をつけながら、エビの目が向けられた方向に俺も目を凝らす。

 

「キヒャッ!」

「キヒャヒャッ!」


 まったく空気の読める奴らだぜ。

 薄闇の中から姿を現したのは、醜悪な面をさらに歪ます緑色のモンスター。

 我が愛しのゴブリンちゃんが二匹、素晴らしいタイミングで俺の下へやって来たのだった。


「シュリンプギュルゥ……?」

「ここは俺に任せろ、エビ。ちょうど試してみたいことがある」


 エビを背中に隠し、俺は一歩前に出る。

 バジリスクを退けた後にゴブリンを二匹程度見ても、何も恐怖は感じない。

 すでに使い慣れ始めてきた朱刃の剣を構え、俺は迎撃の体勢を整える。

 俺の予想だと時間加速を使うと、しばらく身体が動かなくなるはず。

 能力を試す前に、まずは一匹消しておこう。


「キヒャッ!」


 すると早速、ゴブリンの片方が飛び出してくる。

 こいつの攻撃は受け流して、後ろの奴を最初に潰す。


「……ってあれ? 俺まだ、能力使ってないよな?」


 だが俺はそこで明らかな異変を感じる。

 まだ時間加速は発動させていないはずなのに、なぜかすでにゴブリンの動きがやけに遅い。

 止まって見えるというほどではないものの、余裕も余裕。先手を取られたのに受け流さずとも、このまま首を一刀両断できそうだ。


「えい」

「キヒャ!?」


 なので実際に試してみる。

 するとやはり、驚いたような表情をしたゴブリンの顔が首から簡単に離れ飛んでいく。

 不思議と剣の切れ味も格段に上がっている気がした。


「なんだろうこれ。疲れも……別にないな」

「キ、キヒャ……」 

  

 一瞬のうちに仲間の首が切断されたのを見て怯えたのか、残ったもう一匹のゴブリンが後退りをし始める。

 しかし悪いが、君には引き受けて貰いたい役目があるのだよ、ゴブリン君。


「さて、念じればできるのかな? どう思う? ミスターアンダーソン?」


 カタカタと不気味な音が聞こえる。きっと俺の顔が笑っているのだろう。

 ついに逃げ出したアンダーソンとたった今名付けたばかりのゴブリン。俺はその背中を見つめ、時間を加速させるべく意識を集中させる。


 ――悠久の時イーオン・テンプス


 クロックアップは著作権的にまずいのか、念じるべき言葉が自然と頭に思い浮かんだ。


「【悠久の時イーオン・テンプス】」


 瞬間、静止する世界。

 さきほどとは違い、完全に動きを止めた不細工な怪物。

 悠々と俺はそんなアンダーソンとの距離を詰め、さっきと同様にその首を刎ねる。


「シュ、シュリンプ……!」


 す、凄い……! なんてエビ語を俺に都合よく翻訳しつつ、俺は時が元に戻ったことを確認する。

 

「……っかぁ…! やっぱめちゃくちゃ疲れるなこれ。俺の予想は正しかったらしい……!」

「シュリンプギュルッ!?」


 そして案の定片膝をつき身動きをできなくする俺。

 時間加速の能力。その代償は尋常ではない体力の消費。

 実験は成功。オールグリーンだ。

 あとはまたしばらく体力が回復するのを待てばいいだけ。



「……キヒャ……」



 ふいに感じる、闇の奥に蠢く気配。

 その気配は今さっき感じたものと同じ。

 しかし違う。

 決定的に違う点が一つだけあった。


「……っておいおい? 冗談だろ? これじゃあ、アンダーソンは俺の方じゃないか……?」


 闇からまた顔を覗かせたのは醜い怪物の顔。

 だがその顔の数は一つ、二つ、三つ、いや、もっとだ。



「キヒャァァァッッ!」



 疲労困憊。意識朦朧。しばらくはこの能力を気軽に使えなそうだな。


 そこにいたのは、嫌になるほどに空気の読める奴ら。

 能力を使ったばかりで立つことすらままならない俺の前に現れたのは、二桁で収まるのか怪しいほどのゴブリンの大群だった。




***

【Level:16/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:嘆きの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,狂気のローブ】 

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