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第6話 潰れた目


「シュリンプギュルッ!」

「はっ! しまったっ!?」


 攻撃が効かないことにショックを受け、一瞬動きを止めていた俺はエビの叫びでやっと我を取り戻す。

 頭上から感じる空気ごと全てを押し潰そうとする凄まじい圧力。

 まずい。これは間に合わない――、


「シャァァァッ!」


 ――足が地面から離れていく感覚。

 視界の隅にバジリスクの尾が見えたと思った次の瞬間には、豪快よく砕け散る炸裂音と共に俺は思い切り吹き飛ばされる。


「がっ……!」


 全身を走り抜ける痺れるような痛み。

 痛覚なんてどこにもなさそうな身体のくせに、俺は激痛に身をよじっていた。

 直撃はしていない。だが状況は最悪に近いな。

 どうやら支柱の一つに背中を打ちつけたらしいと身辺を窺いながら、俺はふざけた怪物の姿を探す。


「シィィィィ……!」


 真っ赤な瞳孔を鋭くさせるバジリスクとはある程度距離があいていた。ずいぶんと派手に吹っ飛ばされたらしい。

 剣はしっかりと握ったまま。

 よろける足と安定しない視界の中、俺は立ち上がる。


「はっ……ふざけろ。ゴブリンが懐かしいぜ。こんな化け物どうやって倒せっていうんだよ」


 勝手にバジリスクなんて呼んでいるが、今のところ目が合っても石化されない。そこは俺の記憶のバジリスクとは違う点だ。

 まあ、だからといって勝てる気がするかどうかといったらそれは違うが。


「どうする……考えろ……考えろ……考えろ……!」


 遥か格上の怪物が目の前。

 逃げ場はどこにもない。

 まともに攻撃を食らえば、おそらくそこで即終了。

 そんな最悪の事態の中でも、なぜか俺の頭は普段より冴えわたっていた。


「外皮は鱗に覆われ傷はつけられない……なら鱗がない場所は……身体の内部……無理だ……それ以外の露出した箇所……」


 ちょこまかと宙を舞うエビに業を煮やしたのか、バジリスクはエビ本体ではなく壁や柱そのものに尾を打ちつける行動にでる。

 そして弾ける瓦礫を避けることに気を回す必要が出たエビは、たまらず俺の方へ避難してきた。


「シュリッ…ンプギュルッ……!」

「ああ、悪い。せっかくお前がチャンス作ってくれたのに、無駄にしちまったよ」


 顔を真っ赤にしたエビが、いや元々真っ赤だが、俺の横に綺麗に着地する。

 節足動物なのに息を切らすエビを労いながら、猛烈な勢いでこちらに向かい始めたバジリスクを静かに俺は注視した。

 あのバジリスクを翻弄したエビの機動力。

 苛烈に耀くバジリスクの紅い瞳。

 俺の中に一つのアイデアが生まれる。


「いけるか……? いや、行くしかないんだ」

「シュリンプギュル?」

「こうなったら一蓮托生。すまないがエビ、もう一仕事してもらうぞ」


 エビの真っ黒な瞳に視線を流す。

 首を可愛らしく傾げ、俺の意図を理解できているのかは怪しいが、そんなことに構っている暇はない。

 今度こそチャンスは一度きり。

 皮付きスケルトン、綺麗系ミイラの力を見せてやる。


「よし! エビ! 俺を背中に乗せて、あのバジリスクの顔面まで飛んでくれ!」

「シュリンプギュルッ!? シュッ、シュリンプゥギュゥッ!?!?」


 返事を待つことなく、俺はエビの背中に抱き付く。

 不思議と少し柔らかい。あとちょっとだけ暖かかった。


「行け! エビ! もたもたしてる余裕はないぞ! 躊躇えば俺たちがやられるんだ! 俺を信じろっ!」

「シューリンプギュールッ!」


 もうどうなっても知らないからなー! たぶんエビはそんな感じのことを叫びながら、そして走り出す。

 剣を握る手に力を込め、俺は真っ直ぐと巨大な怪物の紅眼を見据えた。

 

 今から俺はあの馬鹿デカい目ん玉に剣をぶっ刺す。

 

 最後の作戦は実にシンプルで、最高にクレイジーだった。


「シャァァァッッッッ!」


 石床を溶かす唾液を撒き散らして、バジリスクは大口を開ける。

 大方、餌が自ら自分の口に向かってくると笑っているのだろう。

 愉快な爬虫類だな。毒が効かなかったら終わりとか、毒が回る前に殺される可能性の方が高いとか、そんな俺の不安を見事打ち消してくれるほどに愉快な奴だ。


「シュリンプギュルゥゥゥゥッッッッッ!!!!!」


 そしてついにエビが俺を背に張り付けたまま特大の跳躍を見せつける。

 硬い頬を打つ渇いた風。

 汗一つかいていない俺の手から、朱帯びの刃が零れ落ちることはない。


「サンキュゥゥゥエビィィィィイ!!!」

「シュリギュルッ――」


 バジリスクの顔面が間近に迫ると、俺はエビの頭部によじ登りその頭を思いっ切り蹴飛ばす。

 これでこの温もりのない怪物の前には俺一人。

 足蹴にした勢いそのままに、俺はとうとうその憎らしい眼球に剣閃を奮う――――、


「ガンくれてんじゃねぇぞこの女子受け最悪冷血動物がぁぁっっっ!」

「シィィィイイイイ!!!」


 ――迸る赤くて粘つきのある液体。

 全身にかかるその不快な液体を完全に無視して、俺はたしかに柔脆い何かを貫いた剣に力を込め続ける。


「シャァァァァァァァッッッッ!」


 苦痛に喘いでいるのか途端に身体を滅茶苦茶に暴れさせるバジリスク。

 予想外のジェットコースターに俺の視界も目まぐるしく変わっていく。


「がはっ……!」


 壁に頭を叩きつけ、石床に頭を叩きつけ、そのたびに俺にも尋常ではない衝撃が伝わる。

 深く突き刺したはずの剣の手応えにも異変が起きているのがわかった。

 このままじゃ、確実に剣が抜けてしまう。


「ぐっ……! し、しまった!」

「シャァッッ!」


 そして気づけば床を転げまわっている俺。

 いまだしっかりと握ったままの剣先には、もうあの凶悪な顔面はない。


「抜けた、か……!」

「シィィッ!」


 なぜか視界がいやに狭い。おそらく眼が片方潰れたのだろう。

 やがて俺に覆い被さる真っ暗な影。

 顔を見上げれば、俺と同様に片目を潰し、凄惨な形相になったバジリスクが俺を飲み込もうとしていた。


「そうかよ。そんなに腹が減ってるなら、しっかり味わえよ……!」


 切迫する死の牙口。

 だが俺はそこであえて、一歩踏み出す。

 もっと速く。

 あの口が閉まるより速く。

 何よりも速く、この刃を血で濡らす。



「ああああああぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」



 魂の雄叫び。踏み抜くのはバジリスクの口腔下。

 俺を包む闇が濃さを増す。

 もっと速く。

 闇に飲み込まれるより速く。

 誰よりも速く、この剣で命を斬り裂く。


 この瞬間だけは、この時だけは――――、




「シャァ…ア……」




 ――ドサリ、そんな音を立てて何かが崩れ倒れる音がふいに聞こえた。

 俺がバジリスクの口の中に入ってから、俺が剣を振り上げてからどのくらい時間が経ったのだろう。

 いつまで経ってもバジリスクの口が閉じられる気配はない。

 不気味なほどの静寂に、俺は知らない間に瞑っていた目を開ける。

 

「はぁ……どうなったんだ……これ……?」


 気づけば俺はおびただしい血の海の上に腰を下ろしていて、覆っていた影は消え、薄暗い天井が顔を上げれば見える。

 しかし横に視線を向けてみれば、そこには鋭利な牙。

 

「ああ、なるほど……口を開けたまま横倒れになってるのか……」


 思いついたように呟かれた言葉。それを自分のものと理解するのに時間がかかるほど霞んだ思考で、俺は一振りの剣が深く差し込まれた上口をぼうっと見やる。

 状況がまるで理解できない。

 夢中で剣を振るったあの一瞬。

 そして赤黒い血を溜まらせるだけとなったバジリスク。



「俺、生きてる……のか?」



 それは誰に尋ねたわけでもない自問。


 だがその問いに答えを出す前に、遠くからペタペタと近づいてくる足音を子守唄代わりに、俺の意識はそこで途絶えた。




***

【Level:16/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:嘆きの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,狂気のローブ】 

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