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第45話 亡き者の火―3



「終わった、のか?」


 夜の王の姿が消え、どこか閑散とした印象を与える王間の中心で全身から力が抜けていく。

 すぐそこにはドネミネが立っていて、興味深そうに辺りを見回している。

 俺とソウルで傷をつけ、ドネミネが止めを刺す。ドネミネの言葉から察するに、息の根を止めたのではなく何かしらの術で封印を行ったらしい。

 だがそれでも十分だと俺は思う。

 達成感や満足感はなく、ただ脱力感だけに満たされた俺は若干チカチカする目元を擦った。


「ははっ……まだ生きてるよ、俺。信じられないな」


 自分の手を改めてじっくりと見やる。

 およそ生きている人間とは思えない、骨と皮しかないミイラ然とした手だ。

 でもその手はまだ俺の意思でひらいたり、握ったりできる。

 ずいぶん遠いところまで来た。

 きっと俺一人だけじゃここまで生きて辿り着くことはできなかったはず。

 少し視線を遠くに移せば、アルタイルを介抱するミヤの姿が見えた。あの様子だと、アルタイルも大丈夫だな。

 

「……ソウル、一応、感謝しておく。俺がまだ生きていられてるのは、お前が俺を鍛えてくれたおかげだ。……ありがとな」


 そして俺は床に両膝をついたままのソウルにも声をかける。

 なんだか気恥ずかしい言葉だったが、それでも伝えておきたかった。


「……ってシカトかよ」


 しかし、ソウルからの返答はない。

 せっかく俺が恥を忍んで感謝の気持ちを伝えているというのに、思いっ切り無視されている。

 相変わらず、薄情な奴だ。

 少し悔しい、というよりは拗ねた気分になった俺は、腹いせにソウルを小突く。


「おい、ソウル。ちょっとくらい労いの言葉をかけてくれてもいいだろ。ちゃんとお前の代わりに夜の王に傷をつけてやったんだから――」


 ――グラリ、とまるでスローモーションのように倒れていくソウル。

 床で少しバウンドしても、ソウルはまだ言葉を返さない。

 小突いた俺の手に何か、生温かい感触がまとわりついている。

 

 指と指の間で糸を引くのは、赤黒い漿液。

 

 うつ伏せに倒れたままのソウルを中心にして、血溜りが広がっていることに俺は遅れて気づいた。


「は、は? おい! ソウル! どうしたんだよ!? お前はこの程度の傷で倒れるような奴じゃないだろっ!?!?」


 慌てて俺はまだ動かないソウルを抱きかかえ、自分の膝の上に頭を置く。

 白銀の瞳は開いたままだが、いつもの力強い光はどこにもなく、焦点がまるで合っていない。

 

 なんで流れ出る血が止まらないんだ。

 

 ソウルは俺が悠久の時イーオン・テンプスを使っても死ななかった。

 そのソウルがちょっと全身を串刺しにされたくらいで死ぬわけがない。

 こんなの間違ってる。

 俺たちは勝った。

 負けてないのに。


「しっかりしろ! ソウル! 俺の声が聞こえてるだろっ!?」

「……あぁ、カガリか。どうだ……夜の王は、倒せたのか?」

「ああ! 倒した! 俺たちは勝ったんだソウル! だから早くこの傷をなんとかしろ! いつもみたいにさ! お前はこれくらいじゃ死なないだろっ!?」


 やっとソウルの声が返ってくる。

 だがその声は信じられないほど弱々しく、今にも途切れてしまいそうだ。

 いつもよりその声には優しい響きが含まれていたが、それが俺は全く嬉しくない。


「……そう、か。やったんだな、カガリ。さすがは……私の信じた唯一の者……私は正しかった……私の選択は、正しかった……」

「ソウル! なんでだ! なんで血が止まらない!」

「感謝する……カガリ、私は幸運だった……カガリ、お前と共に旅した時間は短かったが……私にとって、最も愉快なものだった……ああ、そうだ……愉快だったんだ……」


 抱えるソウルの身体が段々と軽くなっていく。

 

 銀の瞳はたしかに俺を見つめているのに、その焦点はいまだ外れたまま。

 

 俺はまだ結局ソウルに負けっぱなしだ。勝ち逃げなんてずるいだろ。


 

「美しい……黄金の、花が見える……とても、綺麗だ……とても……」



 いつだって前触れなく、いつだって無茶苦茶で、いつだって俺の先にいた。

 旅の終わりには、見送って貰うつもりだったのに。

 なにが簡単には死なないだ。

 普段はつかない嘘を、最後の最後でつきやがって。

 

 ――白銀の瞳から光が消える。

 

 自然と閉じられていく瞳。

 口角は僅かに上がっている。

 最初で最後の笑みを残して、天災のカガリビトは永遠の眠りについたのだと俺は知った。






「レベルは198……アビリティは永遠の命ファルサ・ヴィテ……死を否定できる能力……しかし一度能力を発動させると24時間は使えなくなる……あーあ、ソウルちゃん。私が手をだす前に死んじゃったんですか。残念ですねぇ」


 抜け殻のように軽くなったソウルを抱きかかえたまま、放心状態にあった俺に耳に、場違いに気楽な声が聞こえてくる。

 顔を振り向かせれば、そこにあるのは俺を除くカガリビトの生みの親である黒髪の魔女の姿。

 そして俺はある言葉を思い出し、たしかな希望を胸に抱く。


「ドネミネ……そうだ! ディアボロの篝火に辿り着き、闇の三王を倒せば、生者の喜びと朽ちることなき名をくれるんだろ!?」

「はい。そうですよ。ちょうど今からカガリちゃんにも、私からその贈り物をしようと思っていたところでした。カガリちゃんは私の創ったカガリビトではありませんが、闇の三王に傷をつけるほどの力を持っていますからね、見逃せません」

「俺はどうだっていいんだ! まずはソウルを! ソウルを早く生き返らしてくれっ!」


 俺は必死で声を張り上げる。

 縋るようにドネミネの足下に両手をつく。

 しかしドネミネは不思議そうに、そして憐んだような表情を見せると、右手を軽く薙ぐ。



「なに言ってるんですか? カガリちゃん? ソウルちゃんはもちろん、カガリちゃんも死ぬんですよ? 生き返らせる? ちょっとなに言ってるかわからないですね」



 ――黒く澱んだ魔力が刃をかたどり、一切の躊躇なく振るわれる。

 ぐるんと、見える景色が突然回転してドネミネが視界から消えた。

 痛みはなかった。

 しかしもう感覚もない。

 回り続ける景色の中に、首から上を失ったカガリビトの身体が一瞬映ったのがなぜか気になった。


「生者の喜び……それは死。死は生者だけに許された悦楽ですから。私が望むのはあくまで混沌。闇の三王に届くような、強すぎるカガリビトは必要ないんです」


 また悠久の時を使っていないのに、やたら世界がゆっくりに感じる。

 ドネミネの哄笑が頭に響くが、見える景色から段々と色が抜け落ちていく。

 なんだか夢の中にいるようだ。

 記憶が走馬燈になりたがっているが、曖昧過ぎてそれは受け入れられない。



「朽ちることなき名……安心してください、カガリちゃん。ソウルちゃんの名も一緒にちゃんと墓標に刻んであげます。私は約束は守る女ですので」



 視界が完全に暗転する。

 光はどこにも灯っていない。

 ついに声も聞こえなくなり、俺の全てが闇に浸った。


 まるで深い深い海の中に沈んでいくような気分。



 懐かしい。なぜか感じたそんな感慨だけを引き連れて、俺は旅の終わりを迎える。





――――――





「シュリンプギュルッ! シュリンプギュルッ!」


 暗い洞窟に反響する甲高い鳴き声。

 ピタ、ピタ、と濡れた足音を立てる生き物が蒼白い光に照らされている。

 薄紅色の甲殻から伸びる、理想的な曲線を描く二本の生足。


 その生き物はエビだ。


 人間の足を二つ分生やした、まぎれもないエビだった。



「自己の存在に理由を求めた魂は、長い長い旅に出る。私はそれを生と呼んだ」



 そしてエビの向かう先、凪の湖のほとりには一人の少女が唄うような声を奏でている。

 地面にまで伸びる銀色の髪の毛先は濡れていて、一秒ごとに色彩を変える瞳はどこも見ていない。


「疲弊した魂は歩みを止め、やがて長い長い眠りにつく。私はそれを死と呼んだ」


 エビが跳ねるような足取りで近づいてくるのを確認すると、しかし少女の瞳がやっと明確な景色を得る。

 横に尻尾を振り、エビはじゃれるように少女の胸に飛び込む。

 それを真正面から受け止め、少女は微かに笑った。


「シューリンプギュルッ!」

「……そう。夢の時間は終わってしまったのね」


 少女はエビの頭を撫でながら、少しだけ残念そうな表情を見せる。

 だがそれは刹那に消え、どこか夢見るような表情に移り変わった。


「それじゃあ、行きましょう、ラー。彼の下に」


 少女は無白の手を湖に掲げる。

 すると光が一瞬煌めき、光が収まる頃には湖は消えていた。

 あたかも初めから存在していなかったかのように、嘆きの湖なる名を持つ洞窟はもぬけの殻となっていたのだ。



「彼は教えてくれるかしら、私が生きているのか、死んでいるのか」



 自分は生者なのか、死者なのか、その問いかけに答える者はどこにもいない。

 だから彼女は夢を見せることにしたのだ。

 

 そしてその夢は覚めた。



 加護の篝火とこの世界で呼ばれる光を灯した彼女は、それが道標になったかどうか尋ねてみたかった。

 




***

【Level:165/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:狂気の呪い】

そろそろ終わります

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