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第43話 亡き者の火―1



 たった今、夜の王ハイマによって目の前で殺された女をミヤは知っている。

 名はクロウリー・ハイゼンベルグ。

 狂える賢者インサニア・ワイズマンと呼ばれることも多い、ディアボロ世界において比類なき魔法使いの一人だ。

 天災のカガリビトとの邂逅の後、なぜか目が覚めるとクロウリーはミヤの前に立っていて、理由を説明することなく彼女に魔法を教えると一方的に言い放った。

 だが当初こそ戸惑っていたミヤも、じきにクロウリーの存在を受け入れる。

 己の弱さを人知れず悔いていたミヤにとって、クロウリーの申し出を断る理由が見つけられなかったからだ。

 そしてクロウリーの魔法使いとして能力は真に優れたものだった。

 使用できる者が存在しないとさえ言われていた最高階級の魔法である絶級魔法にすら手が届く。それほど傑出した魔法使い。

 ミヤが百人いても足りないほどの力を持つクロウリーは、彼女にとってこれ以上なき師であり、理想だったのだ。


 しかし、そのクロウリーは夜の王に傷一つ付けられないまま死んだ。


 勝機の薄い戦いになるとは言っていた。だがこれほどとは想像していない。

 闇の三王の強さに疑いは持っていなかった。それでも期待はしていた。

 

 王を討つ。それがどれほど無謀で、愚かなことなのか、ミヤはここで初めて理解する。



(格が違う)



 隣りのアルタイルはもちろん、カガリビトとしては異常な力を持つカガリでさえ、夜の王が放つ圧し掛かるような魔力に圧倒され動けなくなっていた。

 触れなくても、直接交わらなくてもわかる、歴然とした生物としての差。

 これほどの相手にクロウリーはたった一人で挑んだということを思い出し、ミヤは今は亡き師にやはり追いつけていないと感じる。


「やはり最低、200レベルは欲しいところだったな。《ウィード》」


 しかし、固まる三人を後目に、たった一人だけ泰然とした態度で夜の王に向かって踏み出る者がいる。

 天災のカガリビト。

 かつてミヤたちの前に突如姿を現し、彼女たちが全力を出し切っても結局倒れることのなかった世界最古最強のカガリビトだ。

 その天災のカガリビトでさえ、夜の王の前では霞んでしまう。

 だがそれほどの力量差がある中でもなお、白銀の瞳をこれまでと変わることなく煌めかせる姿に、ミヤは初めて出会った時とはまた違う感慨を得た。

 

「カガリ、これを貴様に返しておく」

「……これは」


 ミヤたちより一歩分前に出た天災のカガリビト――ソウルは、おもむろに刃のない剣をカガリに渡す。

 それはかつて、ヘパイストス平原の洞穴の奥地で燃えていた篝火の中にあった剣だった。

 困惑を隠せないカガリは縋るような視線を送るが、ソウルは多くは語らない。


「お、おい、本気でアレと戦うつもりなのか……ソウル?」

「そのために私はここに来た。それにここまでは予定通りだ」

「予定通り? というか、そういやそうだった。肝心のドネミネはどこにいる?」

「あいつは待っている。私たちが役目を終えるのを」

「役目?」


 ソウルは薄笑いを浮かべるの夜の王を見つめたまま、静かに剣を構える。

 

「夜の王に傷をつける。それが私の役目であり、貴様の役目だ」

「……はぁ、そうか。そうだよな。俺に選べる道はたった一つか」


 夜の王に傷を。

 闇の魔法使いドネミネはそう言ったという。

 今更もうこの道を引き返すことはできない。

 カガリは小さく苦笑すると、背の高いカガリビトの横に並び立つ。

 それぞれが皆、自分の役目を果たしている。全てを賭けて。

 立ち止まっている暇はないと、彼は朱色の刃を真っ直ぐ前に向けた。


「私はカガリビト。篝火を目指し、立ち塞がるモノ全てを喰らっていく、それが私だ」

「俺はいつまでもカガリビトやってるつもりはない。さっさとこの下らない旅路は終わらせて、名前を取り戻す。そのためなら、どんな手段、可能性だってとってやる」


 そしてそんな風に瞳に金と銀の瞳を輝かせるカガリビトたちの背後で、ミヤとアルタイルは静かに顔を見合わせる。

 闇の三王を討つ。

 それは人間の悲願であって、カガリビトの物ではない。


「まったくこの骨皮野郎どもは、人様の夢を勝手に取ろうとすんじゃねぇよ。闇の三王を倒すのはこの俺、アルタイル・クリングホッファーの方がかっこが収まるだろ?」

「私もこの世界に平穏な時代を、と思ってここまで来ましたが……とりあえずは仇打ちですね。まあまあ怒ってますよ、私」


 誇りを取り戻したアルタイルと、怒りを自覚したミヤも一歩前に踏み出す。

 するとこれまであえて静観に徹していた夜の王が心底おかしそうに腹を抱えて笑い出した。


「……オイ、このオレを目の前にして、なぜお前たちはそんな眼ができるんだ? この女もそうだったが、ずいぶんと頭が狂かれてるらしいなァ? 冷静になって考えてもみろよ。お前らのような下等生物がこのオレ、夜の王ゴーズィ・ファン・ルシフェルに勝てるはずがないだろ?」


 やっとのことで笑いを収めた夜の王は、氷のように冷たい声でそう語りかける。

 しかし招かれざる客たちの瞳は変わらない。

 そのことが癇に障った夜の王は大きく指を鳴らす。

 

「やはり家畜カスとは理解し合えないな」


 夜の王のスナップに反応し、突如空中に出現する夥しい数の紅い剣。

 その切っ先が前に向けられ、雨のように四人に降り注ぐ。


「カガリ」

「わかってる」


 ソウルが二つの斬撃を飛ばし、紅剣の嵐を弾き飛ばす。

 瞬間同時にカガリが駆け出す。もうその動きに迷いはなく、この場で唯一の勝機を自らが担っていることにも気づいている。


「《フレイムオペラ》! アルタイルさん!」

「わかってるってのっ!」


 ミヤが火属性上級魔法を発動させ、王間を爆炎の連鎖で埋め尽くしていく。

 合わせるようにアルタイルが走り出す。言われずともわかっていた、全力でカガリを支えるが自分たちの役目であり、カガリの一撃だけがこの場で無二の希望であることを。


「死ねよ塵芥ゴミ

「ぐぅあ……っ!?」


 猛々しい雄叫びを上げながら正面から突進するアルタイルの目前に、夜の王が瞬間移動し拳を奮う。

 空間を超越した動きにアルタイルは当然付いていけず、無抵抗に胸を貫通される。


「ハ、脆いな、なんて脆いんだ」

「……っ!」


 吐血を避けるように夜の王はさらに空間を飛び越え、自ら創造した魔剣でソウルを斬り薙ぐ。

 かろうじて身を逸らしたソウルだが、完全に躱すことには失敗し、右腕を肩口から失った。


「《フレイランス》!」

「へぇ? お前は美味そうだなァ?」


 そこに撃ち込まれる火焔の槍々。しかしそれは全て夜の王が軽く手を払うと、一瞬で掻き消されてしまう。

 ミヤに集中する血のように真っ赤な眼光。

 舌なめずりを共に、夜の王は再び空間を飛び越え牙を向ける――、



「【悠久の時イーオン・テンプス】」



 ――その時、一変する世界。

 夜の王は闇に溶け込もうとする自らの動きが、極端に遅くなっていることに気づく。

 重い身体は言うことをきかず、夜の王は全てが愚鈍化した世界で、何かが凄まじい速さで近づいてくる感覚を得る。

 宙で停止する火の粉を砕きながら迫る、一体のカガリビト。

 錆びついた世界で、その黄金の瞳だけが唯一無二、瞬きを繰り返していた。


「届く」

「なァ……っ!?」


 見極めた空間転移のタイミング。

 意識が一点に集中した絶好の機会。

 すでに致命の間合いに入り込んでいた夜の王の胸に、深々と朱色を帯びた刃が突き刺さる。


「お前……オレに一体何をした…?」


 再び本来の姿に戻った世界で、夜の王は信じられないものを見た。

 すぐ前に立つ、一体のカガリビト。

 自らの胸は貫かれていて、毒の影響か身体が腐敗し始めている。

 腐敗は止まらず、夜の王の肉体は砂のように崩れ去っていく。





「……おい、オレに今、何をしたのか訊いてるんだよ」

「――なっ!?」


 そして完全に夜の王の肉体が崩れて消えると、代わりに底冷えするような低い声が王間に響き渡った。

 声と同時に、カガリは痛烈に弾き飛ばされる。

 壁に勢いを持って追突し、不治のポイズンアッシュがカガリの手から零れ落ちる。


「カガリさんっ!」

「嘘だろ、おい……今、あいつ死んだんじゃないの? これ俺、マジ胸の抉られ損じゃねぇか」

「“最防の王”……やはりそうか」


 幽々と闇色の靄が人の形をつくる。

 黒い髪に、白い肌に、赤い瞳。

 半透明で、実体を持たないその靄からは、おぞましい魔力が滲み出ている。



「答えろよ、黄金の瞳をしたカガリビトォ?」

「……糞が、化け物チートめ」



 ゴーズィ・ファン・ルシフェルには夜の王以外に、もう一つの呼び名がある。

 大陸一つが消滅したとしても、かの王には傷一つ付かないと言われる所以の名だ。


 “最防の王”。


 世界で唯一の霊体的存在、それがゴーズィ・ファン・ルシフェルの真の姿。

 闇の三王、神に等しき存在として君臨する吸血鬼ヴァンパイアは痛みを知らない。




*** 

【Level:165/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:嘆きの加護,憂いの加護,狂気の呪い,混沌の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,無刃のヴァニッシュ,ありふれたローブ,質の良い鞘】 

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