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第40話 名前ナキ革命―6



「そぉい! そいそいそいそぉぉぉい!」

「ちっ! 貴方黙ってられないの!? 戯ける剣士クラウン・フェンサー!」


 小刻みなステップを繰り返しながら不規則な剣閃を描くアルタイルに向かって夢魔アリスは悪態をつく。

 縦横無尽に飛び回り、相変わらず攻撃を全て回避してみせるアリスだが、その表情に余裕はなく、薄らと額には汗が滲んでいた。


(おー、凄い凄い。アルタイルさんも一応強くなってる。たしかアルタイルさんはあの剣聖に稽古をつけてもらってたんだっけ。この短期間でこんなに変わるなんて、大変だったんだろうな)


 そしてミヤは呼吸を整え魔力の回復を待ちながら、静かに戦況を見守っている。

 見るに接近戦に関してはアルタイルの実力は相当に高く、明確な危機や隙がない限りは余計な手出しはしない方がむしろよさそうだと判断していた。

 

(剣速だけならカガリさんに追いついてるかも。あ、でも今のカガリさんのレベルってどのくらいなんだろう。たぶんまた上がってるよね)


 凄まじい速度で剣を振り続けるアルタイルだが口角は斜めに上がったままで、息が上がっている様子はない。

 基礎的な身体能力もかなり上昇をしているのだろう。

 粗削りだった剣の型もテンポこそ無茶苦茶であったが、動きそのものには無駄がほとんどなかった。


「はっ! まさか俺たちの村に悪魔が潜んでたなんてな! まったく気づかなかったぜ!」

「当たり前でしょ? 愚かな貴方たち人間に私の芝居が見抜けるわけないじゃない。特に一段と愚かな貴方に」

「おい! 愚か愚か連呼すんな! 超絶ナルシスト師匠に植え付けられたトラウマがよみがえるだろうがっ!」

「声がでかいわよ」


 アリスが宙返りしつつ、アルタイルの横薙ぎを躱す。

 その際にはためくスカートの内側が見えなかったことに、ミヤはなんとなく悔しい気持ちになった。


「どうですか。アルタイルさん。勝てそうです?」

「おい! 小さな魔女リトル・ウィッチ! お前もさっきからそこでぼけっと突っ立ってないで手伝えよ!?」

「え。だってさっき、あとは俺に任せとけって言ってたじゃないですか」

「そ、それはアレだ! 勢いっていうか、なんというか、アレだよアレ!」

「剣術の極意は学んできたのに、語彙はまったく増えてませんね。じゃあアルタイルさんごと燃やしていいですか?」

「いや駄目だから!? つかじゃあの使い方おかしくねぇ!?」

「冗談です」


 アルタイルはミヤと軽口を交わしながらも、その鉄剣を振るうのは止めない。

 反撃の暇与えずに圧倒的に攻め立てながら、冷静にアリスの動きの癖を見極めようとしていた。

 一旦身を屈めたあとは、必ず右側に転がり飛ぶ。

 突きを避けたあとは、かなりの割合で身を反転させる。

 バックステップで距離をとったあとは、後ろ側に回り込もうとする確立が高い。

 試行と思考の繰り返し。

 アルタイルはミヤとの会話さえ相手を油断させる要素の一つとして、ゆっくりと、だが確実にアリスを追い詰めていた。


「お喋りなんてずいぶん余裕じゃない。別にいいのよ? 二人がかりでかかって来てもらっても」

「おいおい、どうした? 眉間にしわが寄ってるぞ? 綺麗な顔が台無しだぜ?」

「悪いけど、貴方如きに褒めて貰っても不愉快なだけでまったく嬉しくないわ。ほら、私って面食いだから」

「アルタイルさん、振られましたね。しかも理由はそのふざけた内面ではなく顔です」

「お前は黙ってろ!」


 無駄なフェイントを減らせ。

 言葉すら剣の一部となせ。

 相手の表情、視線を見極めろ。

 最強の剣術とは、最も狡猾な剣術のことである。

 アルタイルは自らにとって唯一の師の言葉を思い出しながら、一歩大きく踏み出す。


「上段大振りぃ!」

「だから貴方は声が大き――っ!?」


 腕を大きく掲げ振り下ろす瞬間、アルタイルはその柄を離し思い切り投擲した。

 突如目の前に放り投げられた剣に、アリスは完全に虚を突かれ、回避には成功したものの体勢を崩してしまう。

 さらに一歩踏み出るアルタイルは服の内側から中型のナイフを取り出し構える。

 回避は不能。しかし防御、迎撃には問題なし。

 アリスは鋭い爪を突き立て、アルタイルの追撃に備えるが――――、



「俺のことは燃やすんじゃねぇぞ、小さな魔女リトル・ウィッチ



 ――アルタイルは構えたナイフを実際に突き出すことはなく、横に大きく飛び退く。


「言ったじゃないですか、冗談だって」


 道幅一杯の大きさを持つ、巨大な炎球。

 朱く轟々と燃える灼熱の塊は、一直線にアリスに襲い掛かる。


「《ソルトライク》」

「なっ……!?」


 崩された体勢、迎撃に傾いた意識。

 愚か、そう侮っていた男に全てを画策されたのだと悟ったアリスは屈辱に顔を歪めるが、それもろとも爆熱の烈火に飲み込まれた。






「……やったか?」


 アルタイルは燃え盛る炎の柱を眺めながら、地面に転がる自らの剣を拾う。

 その横でミヤが何か言いたげな表情をしたが、結局何も言わず再び魔力を手繰ることに集中した。



「……やってくれたわね」



 そして聞こえる地の底から響くような唸り声。

 アルタイルは驚きに絶句し、ミヤは隣りの男を睨みつけながら溜め息を吐く。


「これアルタイルさんのせいですよ」

「はぁ!? 俺結構頑張っただろ!?」

 

 焔の影から現れるアリスの姿は先ほどまでとは一変していた。

 後頭部から突き出る三本の角。

 全身は漆黒に染まり、身体中には血管が浮き出ている。

 蒼い瞳は蛇のように細まり、背部からは尾と翼が生え出した。


「……私のドレス。ゴーズィ様から貰った私の宝物を消し炭にしてくれちゃって。ねぇ? これがどれほどの罪なのか貴方たち理解してる? ねぇ? 理解してるのよね?」


 美貌を捨て、悪魔として本性を剥き出しにしたアリスからは表情が抜け落ちている。


「おい、なんかめちゃくちゃ怖くなってね? これ大丈夫か?」

「これが噂の激おこって奴ですね」


 明らかな雰囲気の変化にアルタイルは身をこわばらせ、ミヤは本格的にまずいことになったと頭を悩ませていた。

 最初からこの姿にならなかったのは、ドレスを着崩さないため。

 五幹部と呼ばれる、夜の王ハイマの腹心の真の姿はミヤの想像を超えていた。


(これ今日一でヤバいかも。凄い強そう。さっきまでの比じゃない威圧感。凄く帰りたい)


 怒りを滲ませ近寄って来るアリスに、アルタイルは寸前までの余裕はすでにない。

 格上の気配。

 アルタイルも、そしてミヤもその強者独特の空気を肌に感じていた。


「許せない。絶対に許せない。殺すだけじゃ許せない。四肢を引き千切るくらいじゃ許せない。臓物を引き摺りだす程度じゃ許せない。この罪はそれだけじゃ償えない」


 アリスは返答を求めない言葉を静かに呟き続ける。

 しかしふと歩みを止めると、骨の軋むような音を立て拳を握った。


「――ぐげぇっ!?」


 瞬きの間にアリスは距離を詰め、アルタイルの顔面を痛烈に殴り飛ばす。

 まったく反応できない異常な速度。

 ミヤは壁に叩きつけられ気絶したアルタイルを横目に、目の前で自らを見下ろす悪魔に絶望した。


(あーあ、これは無理。いくらなんでも速すぎでしょ。私、死んだな絶対。この状況をなんとかするための方法は幾つか思いつくけど、成功率低いだろうな……どうしよ、これ)


 目と鼻の先にいる悪魔は、再びピシピシと拳を軋ませる。

 足掻くなら、その命尽きるまで。

 自らの師の言葉を思い浮かべながら、覚悟を決めたミヤは最後の賭けに出ようとするが――、



「やっと追いついたぞ、ミヤ」



 ――彼女ミヤ悪魔アリスの間に突然現れた一つの影が、その覚悟を無為にする。


「は? 誰よ貴方は――」

「悪いな。お前には与えられる役目がない」


 眉を顰めるアリスは言葉を最後まで紡ぐことなく、縦に両断される。

 真の実力を露わにしたアリスの遥か上を行く、異次元の剣速。

 迸る血飛沫の中で、ミヤはまたアルタイルの紅髪が地面に転がっていることに苦笑した。



「……カガリさん。前にもこんなことありましたね」

「ん? そうだったか? ああ、なるほど。あの地面で寝てるのがアルタイルか。あいつはいっつも気絶してるな」



 想像より早い思わぬ二度目の再会に、ミヤはただ苦笑を深めるばかりだった。



 

―――――― 




 コツ、コツ、と暗い廊下で靴音を鳴らす一人の女がいる。

 顔全体を隠すのは鳥類を模した仮面。

 まるで踊るかのように陽気なスキップをしながら、女は一人鼻歌を唄っている。

 やがて、女は一つの扉の前に辿り着く。

 絢爛な装飾のなされた重厚な扉。

 その扉を女は何の逡巡もなく開くと、刹那途絶えていたスキップを再開させた。



「これは驚きだな。よくこのオレの下まで無事で来れたものだ。招かれざる客よ」



 扉の向こう側に広がっていたのは、天井高く造られた大広間。

 最奥の玉座に座るのは濡れた黒髪と血のように紅い瞳をした一人の男。


 “夜の王”ゴーズィ・ファン・ルシフェル。


 闇の三王と呼ばれる、ディアボロ世界絶対の支配者の一柱がそこで悪意に塗れた冷笑を見せている。


「どうも初めまして、ですかね。夜の王」

「一応訊いておこう、このオレに何の用だ?」


 しかしその絶対の王を前にしても、女の歩みは止まらない。

 どこまでも気楽で、一切の怯え、怖れを見せない歩みを彼女は続ける。

 

「今日は貴方をぶち殺しに来ました」

「……へぇ? なるほどな。いいだろう。招かれざる客よ、名を名乗れ。お前の死骸を晩餐会に出す時に、料理名に使う」


 夜の王は緩慢な動きで玉座から立つ。

 神に等しい力を持つとされる吸血鬼ヴァンパイアは、真っ赤な舌で自分の唇を舐め、鼻腔を引きつかせる。


「私の名前はドネミネ。みんなには闇の魔法使いと呼ばれています」

「ハハハッ! オレはお前の血を一滴残らず飲み干すこの日を待っていたぞ、ドネミネェェッッッ!?!?」


 大口を開け哄笑する夜の王。

 その瞳は狂気に染まり、雪のように白い歯が剥き出しにされた。

 

 

「……なはっ♪ 歓迎してくれているようで何よりですよ、ゴーズィさん」



 しかし夜の王は知らない。

 真っ白な髪を揺らす女の仮面の下で、どれほどの狂気が渦巻いているのかを。




***

【Level:165/Ability:悠久の時(イーオン・テンプス)/Gift:嘆きの加護,憂いの加護,狂気の呪い,混沌の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,ありふれたローブ,質の良い鞘】

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