第38話 名前ナキ革命―4
火属性の魔法を連発するが、背筋を丸め猫のように跳ね回る夢魔には一撃たりとも当たらない。
夜の王の五幹部の一柱であるアリスと対峙するミヤは冷静に状況を見定め、自らが苦戦、不利な状態にあることをたしかに自覚していた。
(私にもまだ余裕はあるけど、こっちは魔力を消費して戦ってる分戦闘が長引けば長引くほど勝率が下がっていく。どこかで流れを変えないとまずい)
軽妙なステップで回避に徹するアリスから焦燥は感じられない。
アリスも無理な攻撃はせず、牽制程度の反撃が主なためミヤにも傷はないが、それでも追い込まれているのは確実にミヤの方だった。
「どうしたの小さな魔女? 大見え切ったわりには、大したことないじゃない」
「貴方こそ夜の王の側近にしてはずいぶん臆病な戦い方をするんですね。その逃げ回り方を見ていると、幹部というよりはペットの方が貴方に合ってると思いますよ。転職をお勧めします」
「なにそれ? まさかそれで煽ってるつもり? 自分の置かれている状況がわからないほど貴方は愚かじゃないと思っていたけど、残念。買い被りだったみたい」
「それは朗報ですね。貴方を倒さなければならない私としては、どちらかといえば過小評価される方がありがたいので」
火焔の槍を空中で三つ創造し、異なる角度からミヤはそれを襲わせる。
しかし驚異的な反応速度と身躯で炎槍全てを躱し切ったアリスは、勢いそのままにミヤの懐に潜り込み拳を振るった。
「くっ! 《イルフレイム》!」
「ちょっと危ないじゃない。このドレスはゴーズィ様から貰ったものなのに、焦げ目でも付いたらどう責任とってくれるのよ?」
すかさず灼熱の爆破を起こすが、アリスは宙返りでそれすらも避けてみせる。
圧倒的機動力。
両手両足を地面につけ高飛車な笑みを覗かせるアリスに、ミヤはいよいよ脅威を感じた。
(うわー、これちょっとやばい。想像以上にすばしっこくて、全然魔法が当たらない。発動速度の速い魔法といえば風属性とか水属性だけど、私どっちも使えないしな。あれ。ひょっとしてこれ詰んでるんじゃ……)
またもや接近し鋭利な爪を煌めかせるアリスに、ミヤはいくつもの炎波で対応するがダメージは与えられない。
火属性魔法は他の同魔力で発動できる属性魔法に比べ威力が大きいが、その分詠唱、魔力の揺らめきという予兆発生からの本発動までの時間が幾分か長い傾向がある。
もっと高位の火属性魔法をミヤは使えるが、それも当たらなければ意味がない。
アリスの隙をつくる方法を見つけなければ、ミヤにすでに勝ち目はない状況だったのだ。
「どうしたの? もう息切れ? じゃあ直接殺すの面倒臭いから今すぐ自分で喉掻っ切ってよ」
「ごめんなさい。それは無理です。私、自分の喉掻っ切るの苦手なので。代わりといってはなんですが、貴方が自ら首を差し出すというのはいかがでしょう」
「なにが代わりなのか意味わかんないだけど」
「ですよね。それでは《フレイランス》」
アリスの背後から数本の炎の槍を打ち込もうとするが、またもやそれは魔力の浪費に終わる。
前傾姿勢を取り、急加速する美麗の悪魔。
ミヤは再び爆炎で対応するが、それをすり抜けたアリスの接近をついに許してしまう。
「お喋りにも飽きてきたし、そろそろ本気で死んでよ」
「それは……困りますっ!?」
鞭のようにしなるアリスの蹴撃を両腕で受け止めるが、ミヤの小柄な身体は簡単に弾き飛ばされる。
地面を勢いよく転がるミヤはアリスを見失ったことに気づき、慌てて立ち上がり姿を探すが、気配はどこにもない。
「はい。これでお終い」
「しまっ――」
背後から聞こえる声に反射的に振り向くと、そこには蒼い瞳を冷たく光らせるアリス。
避けるには近すぎる。魔法を発動させるには遅すぎる。
ミヤは自らの失策に顔を引き攣らせながら、奥の手を使わざるを得ないと覚悟するが――――、
「でえええええぇぇぇぇいいいいいい!!!!!」
――突如上方から聞こえる、騒がしい雄叫びに注意を奪われる。
「え。この凄まじく頭の悪そうな叫び声はまさか」
「ちっ! なんなの!? 今日はホグワイツ村同窓会パーティーってわけっ!?」
大きな剣を振りかぶり、空から落ちてくる一人の男。
真っ赤な髪を獅子の如く突き立たせ、顔に携えているのは獰猛な笑み。
研ぎ澄まされた魔力纏繞、見えない力の鎧を纏った男が豪速の剣でアリスを吹き飛ばす。
「俺参上! 待たせたな、小さな魔女! 俺が迎えに来たからにはもう安心! あとはこの俺に任せとけ!」
雪白色の両刃剣を器用に手元で回し、男――アルタイル・クリングホッファーは高らかに自らの登場を宣言した。
――――――
「ねぇー、フューネラルちんー、暇だよー、僕も騒ぎが起きたところいきたいー。このまま城の警備だなんて暇すぎて死んじゃうよー」
「んなこと俺に言われても困るっつの。仕方ねぇだろ。我慢しろよ、ベリアル。ネクロシスに俺たちは待機だって言われてんだから」
ヴィーナス城。
夜の王ゴーズィ・ファン・ルシフェルの住処であるその城の広間で、入り口の扉を見張るのは二人の悪魔だ。
真っ赤な絨毯のしかれた床でごろごろと寝転がる少年風の悪魔が悪魔公爵ベリアルで、その横で無愛想な表情を保つ蒼髪の男が悪魔男爵フューネラルだった。
「あーあー、早くこないかなー、闇の魔法使いー。そしたら僕も戦えるのにー」
「闇の魔法使いを捕まえにネクロシスは行ったんだろ? だったら今回俺たちが戦うことはまずねぇだろ」
「えー、そうなのー? それは困るなー、それじゃあ僕つまんないよー。あー、ネクロシス負けて殺されないかなー。そしたら僕に出番が回ってくるのにー」
「おいおい。ファッキン不謹慎だな、お前」
ぶつぶつと二人の悪魔は雑談に興じる。
そこに警戒の色はまるで見えず、弛緩した雰囲気が漂っていた。
「……ん? あそこにいるの誰かな、フューネラルちん?」
「あ? あそこってどこだよベリアル」
しかしその時、ベリアルの纏う気配が一変する。
のそりと寝そべっていた身体を起こし、瞳を輝かせて口角を上げるベリアルの姿に、フューネラルも遅れて異変に気づく。
「……マジかよ。ファッキン職務怠慢じゃねぇかネクロシスの野郎」
「アハハッ! やったねー、やっと僕の出番だー」
扉の入り口の空間に生まれる黒い沁み。
その黒染みは瞬く間に広がり大きな影を形づくり、内側から二人の来客を城の中へと案内した。
「どうも、こんばんわ。私はドネミネ。みんなには闇の魔法使いって呼ばれてます。今日はちょっとこの城に住んでらっしゃる夜の王をぶち殺しに来ました」
「……」
似た外套を着た二人の来訪者の内一人ががフードを浅く被り直す。
そこから現れたのは鳥類を模した仮面をつけた女の顔。
女はよく通る声で挨拶をすると、綺麗なお辞儀を見せた。彼女の隣りの背の高い人物はフードを深くしたままで、いまだ動かない。
「こんばんわー、僕はベリアルだよー」
「うわマジもんじゃねぇか。なんで来たんだよ。無理無理。ゴーズィ様に勝つとか無理に決まってんだから諦めて帰れって。ゴーズィ様はメチャ強えから」
歓迎するベリアルと露骨に嫌がるフューネラルの態度の違いに、ドネミネと名乗った女はくすくすと笑う。
だが彼女はさらに一歩踏み出すと、邪悪に言葉を付け加えた。
「申し訳ないんですけど……ザコには興味ないんで、道、あけてくれますか?」
瞬間、ベリアルが動く。
床を踏み砕き跳ね飛ぶ。
仮面を被り素顔を隠した女に溢れんばかりの笑みを浮かべた若き悪魔が拳を向けた。
「……《ウィード》」
だがベリアルの拳は横から唐突に飛び出してくる剣に防がれる。
視線をずらせば、もう一人の来訪者の白銀の瞳と目が合った。
「それじゃ、あとは任せましたよ。私は先に行って待ってます」
そして女は城の奥へと走り出す。ベリアルは当然それを止めようと反応するが、死角から繰り出されたさらなる剣撃に妨害された。
「フューネラルちん!」
「わかってるってのっ!」
遅れたベリアルに代わり、フューネラルが女を止めようと動き出す。
「《ウィード》」
空を貫き投げ放たれた、一つの剣。
その投擲先にいたフューネラルは間一髪、剣から身を守ることに成功したが、その隙に女を取り逃してしまった。
「危ねぇなオイ!」
体勢を立て直したベリアルから一旦距離を取った、残された方の来客数がローブを脱ぎ捨てるとその姿が露わになる
靡く、足先まで伸びる長い黒髪。
骨と皮のみで構成された呪われし肉体。
煌々と光る銀色の瞳には、一切の揺らぎが見えない。
「っては? おいおいマジかよ……こいつはいくらなんでもファッキンデビルが過ぎんだろ?」
「アハハッ! 見てよフューネラルちんー! あの数字ー!」
そこにいるのは人ではない。
そこにいるのは魔物でもない。
胸に刻まれた197という数字が示す、そのモノの正体。
「貴様らの命は、私の力の糧としよう」
“天災”のカガリビト。
そこいるのは世界からあまりに逸脱した力を持つ、正真正銘の怪物だった。
***
【Level:164/Ability:悠久の時/Gift:嘆きの加護,憐みの加護,憂いの加護,狂気の呪い,混沌の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,ありふれたローブ,質の良い鞘】




