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第33話 餌に喰いついたモノ

 


 誰かが階段を降りてくる音に、俺は横になっていた身体を起こす。

 この地下牢に放り込まれてから何時間が経過したのかはわからない。

 蝋燭だけが頼りの薄暗さはずっと同じで、夜が明けたのかどうかも確認する術はなかった。


「ん、んん~~……もう朝かな?」


 もぞもぞとチカが伸びをするのが視界の端に見える。

 一睡もしていない俺とは違って、彼女はそれなりの睡眠を確保したようだ。

 そういえばソウルやドネミネは今どこで何をしているのだろう。

 できればどこかで合流したいが、しばらくの間は無理そうだな。


「全員起きろ」


 そして鉄格の外から、昨日とはまた別の悪魔が顔をのぞかせる。

 先が二股になっている角を生やした悪魔だ。あだ名はカブトムシというところが妥当か。


「並べ」


 カブトムシは眉一つ動かさず機械的に命令を出し、俺たちもそれに従う。

 地下牢からわらわらと出てきた人間の女たちの誰もが痩せこけていて、実に不健康そうな顔色をしている。

 会話は当然なく、ゾンビのような足取りでまたもや長い列をつくっていく。

 

「餌の時間だ」


 冷たい声でカブトムシがそう声をかけると、列の最前列が動き出したようだ。

 地下牢の一番奥の部屋にいるため、必然的に最後尾に並ぶ俺とチカも、そのゆっくりとした前進についていく。

 今日の担当なのか、それともこの時間帯限定の監視役なのかは不明だが、カブトムシは俺たちのさらに後ろに着いている。

 餌、つまりは食事の時間ということか。

 時間帯的に夕食ということはないはずなので、やはりもう朝になっているらしい。

 階段を一段ずつ登りながら、俺は今後の予定を考える。

 ドネミネいわく、上質な家畜とやらに選ばれることができれば、夜の王ハイマの住処であるヴィーナス城に入れるとのことだ。

 だが一体どうすれば、その上質な家畜とやらになれるのだろうか。

 というかそもそも判断基準はなんだ。

 俺はこんな見た目をしているが、一応真っ赤な血を身体に流してはいる。まあ、自己評価的にも美味しそうな血ではないと思うが。


「何を呆けている。早く行け」

「……!」


 知らない間に足を止めていた俺は、カブトムシの言葉で我に返る。

 階段はすでに上がり切っていて、廊下の曲がり角の先に続く列に少し急ぎめで距離を詰めた。

 廊下の先からはカチャカチャと、何かがぶつかるような音が聞こえてくる。

 やがて列の先が一つの大扉の向こう側へ続いているのを見て、俺はここではどんな食事が出されているのか少しだけ興味を抱いた。


「(あそこでご飯を受け取って食べるんだよ。結構美味しいから、安心して)」

「……」


 やっと扉の向こう側の大食堂らしき部屋に辿り着いたところで、そっと俺にチカが耳打ちする。

 なんとも気が利く子だ。

 思わず頭を撫でて上げたい気持ちを抑えて、俺は料理が配られている箇所を見やった。

 料理を配膳しているのは、俺たちとはまた離れた数字のバッジを付けている別の人間の女たちで、ここでは赤い野菜スープのようなものを食べれるらしい。

 スープを受け取った女たちは、順番に少し離れた席に座っていく。


「……!」


 そんな風に食堂を観察しながら自分の番を待っていると、俺は嫌なものを見つけてしまう。

 真っ黒な毛並に、息の臭そうな獣顔。

 昨日の犬の顔をした悪魔だ。

 誰にも聞こえないように調整された器用な舌打ちを連発しながら、俺は糞犬を睨みつける。フードを深く被っているのでこちらもバレる心配はない。


「(次、あなたの番だよ)」

「……」


 またチカに小声で耳打ちされるまでずっとガンを飛ばしていた俺は、完全に感情を失っている女たちから料理を受け取った後、空いている席に座る。

 そして最後の一人であるチカのことを待っていたのだが、そこで問題が起きた。


「きゃっ!?」


 ガラッシャン、という派手な音が食堂に鳴り響き、一瞬スプーンと食器がぶつかる音も聞こえなくなる。

 音がした方を向いてみれば、そこには料理をぶちまけ床を赤く汚し、両手を床に落としわなわなと震えるチカの姿が見えた。


「アア、アマリニチイサクテ、キヅカナカッタナァ」


 そんなチカの横で不細工な笑い声を上げる、例の糞犬。

 しばしの静寂のあと、再び動き出す食堂の時間の中で、俺は今何が起きたのか正確に把握する。

 ようはスープを持って歩いていたチカに、あの糞犬がわざとぶつかりでもしたのだ。

 冷静かつ穏やかな俺らしくない殺害衝動を必死で抑え込みながら、俺は床の掃除を命じられたチカを待つ。

 彼女が清掃をしている間に、料理当番の女たちは片づけを始めている。おかわりは禁止らしい。


「イソゲ、エサノジカンガ、オワルマエニナ」


 もうすでに食べるべき料理がどこにもないチカに対して、糞犬は不衛生な口を開け広げ汚らしい哄笑を上げた。

 いまだにスープに手を付けていない俺は、手元のフォークの端を小さく削り取り、こちらへ顔を青ざめさせてやってくるチカを迎えた。


「……へ、へへ。私、ちょっとドジっちゃった」

「……」


 今にも泣き出しそうな顔をしてチカは俺の隣りに座る。

 そんな彼女の前に、俺はそっと自分の分の野菜スープをスライドさせた。

 カガリビトには基本的に、食事なんて必要ないからな。


「え? だ、だめだよ! これはあなたの分なんだから、ちゃんと食べないと! わ、私貰えない!」

「……」


 俺はチカの肩を叩くと、さっきの糞犬の方を見るよう促した。

 非力な力でなんとか俺の方へスープを戻そうとする彼女に、どうしても俺は見せたい景色があったからだ。おそらくまた彼女は、俺のことを怒るだろうけど。


「な、なにをする気?」

「……」


 若干怯えた声を漏らすチカに、俺はニヒルな笑みで答える。むろんフードのせいで彼女からは見えていないが、どうやら危険なことをやらかそうとしている雰囲気だけは伝わったようだ。

 視線の先の糞犬は、鳥みたいな頭をした悪魔となにやらニヤニヤと会話をしている。

 まるで隙だらけ。

 俺は先ほどフォークに先から削り取った小さな破片を指の乗せ、静かに狙いすます。

 その役に立たない目ん玉を、俺が料理してやるよ。


「え?」


 ――凄まじい速さで、フォークの破片を指で弾き飛ばす。

 チカの茫然とした声の先で、俺の精密射撃が見事に糞犬の右目を貫いた。


「グアアアアアアッッッ!?!?!?」

「ド、ドウシタ?」


 突如右目を抑え屈みこむ糞犬に、食堂内は騒然とする。

 チカも口もパクパクさせたまま、元々蒼白かった顔からさらに血の気を引かせていた。

 これもソウルとの修行のせいかかな?

 満足気な俺はチカに食事を勧めるが、彼女はまだ呼吸で忙しそうだ。


「――っ!?」


 しかしその時、俺は突如見られている感覚を察知し、瞬間的に顔を伏せてしまう。

 感じたのは、射すくめるような視線。

 まさか、気づかれた?

 このタイミングで俺を見てるのはどこの誰だ?

 明らかに俺を狙った視線を感じた方向に、俺はおそるおそる瞳を返す。


「嘘、でしょ? い、いまのあなたが? え、ちょ、ばかじゃないの? 信じられない……」

「……っ!」


 合致する見開かれた瞳

 図らずとも交差してしまった視線に、俺はすぐに目を逸らす。

 チカの動揺を楽しむ暇さえない焦り。

 やはり俺は視られていた。

 そして俺を見ていたのは、向こう側のテーブルに座る人間の女だ。俺と同じようにローブを着こみ、フードを深く被った女が確実に俺を見ている。

 最悪だ。何者だよあの女。


「ちょ、ちょっと? 私の話聞いてる?」

「……」


 いまだ感じる強い視線に、俺は動揺を隠すので手いっぱい。

 なんだよあの女。いつまでこっち見てんだよ。

 俺のちょっとした悪戯に気づいたのが悪魔たちではなかったのが不幸中の幸いだが、それでもこれはあまりよくない状況だ。

 完全に油断していた。まさかあの破片飛ばしを知覚できるような人間がここに混ざっているとは思わなかったな。

 

「餌の時間は終わりだ! 全員、牢に戻れ!」


 そしてカブトムシが大きな声を上げると、席に座った女たちが一斉に立ち、俺もそれに続く。

 知らない間に糞犬の姿が消えていたが、いまやそんなことはどうでもいい。


「あとで絶対、話きかせてもらうからね」

「……」


 ちゃっかりスープを食べ終えていたチカの小声も、まだ頭に入ってこない。

 あの強すぎる視線は、列をつくるように動くこの時もまだ続いていた。ふざけるな。いい加減こっちを睨みつけるの止めてくれ。

 行きと同じように列をつくったところで、やっと視線に晒される感覚が消え、俺は一息つく。

 最初はドネミネやソウルかと思ったが、あいつらはこの洋館にはいないからな。

 でも、何かが引っかかる。

 動き出す列に続き、たまに背中をつつかれるのを完璧に無視しながら、俺は一瞬だけ合致した瞳になんとなく見覚えがあるような気がして仕方がない。


 あの灰色の瞳の輝きが、網膜からいつまで経っても離れなかった。 

 



【Level:164/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:嘆きの加護,憐みの加護,憂いの加護,狂気の呪い,混沌の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,ありふれたローブ,質の良い鞘】


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