表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/47

第31話 伏毒の代償


 ふいに馬車の揺れが止まり、内容こそわからないが、外で二言三言の会話がなされるのが聞こえる。

 隣りからドネミネの目配せを受け、俺はフードを深く被り直してその時を待った。


「降りろ」


 そして外部からまたもや知らない声が聞こえ、その言葉を合図にして中にいた全員が降車する。

 月明かりと篝火に照らされる夜天。

 馬車の外は硬質な石畳の上で、目の前には先ほどとは別の悪魔がいた。その悪魔は侮蔑の色を隠そうともせずにこちらを見やっている。


「並べ」


 山羊みたいな角を生やした悪魔は、顎をしゃくって俺たちにぞんざいな指示をする。

 ここが夜の王ハイマの支配する街、ヴィーナスか。

 直で見るとなお美しさが際立つ街並みに、それなりに俺は感心した。

 だが街を観光する暇はなさそうで、俺たちは指示通りに列をつくるだけ。


「ついてこい」


 俺たちが一列をつくると、悪魔は行き先も告げずに歩き出す。

 動き出す際に背後をちらりと見てみると、あの影の眷属とかいう悪魔が馬車の横でこちらに向かって手を振っていた。ニヤニヤした顔に腹が立った。

 それにしても列を作って一斉に歩くなんて、ずいぶんと久し振りだな。

 

「あそこに合流しろ」


 すると数分も経たずに悪魔は足を止め、俺のどうでもいい回顧がぶつ切れになる。

 連れてこられたのは、異様な雰囲気のするひらけた場所だ。

 また悪魔は顎をしゃくりその先を見てみると、そこには俺たちと同じような格好をした人間が長蛇の列をつくる光景があった。

 

 なんだこれ。これ全部が“家畜”なのか?


 列の先頭はなんの逡巡もなく、その長蛇の列の最後尾にくっつく。

 某千葉ネズミーランドを思い出すような行列だ。残念ながらここには夢も希望もないが。


「(おい、ドネミネ。これはなんだ? なんで列をつくってる?)」

「(え? 知りませんよ、そんなこと。私だってここに来るの初めてなんですから。これじゃあカガリちゃんじゃなくてビビりちゃんですねぇ)」


 俺の一つ前にいるドネミネに小声で尋ねてみるが、なんとも役に立たず腹の立つ返答がもどってくる。

 ソウルはドネミネのさらに一つ前にいるので、ソウルの方に訊いてみることもできない。

 色々と諦め、俺は遅々と前に進んでいく列に溶け込むことに専念した。




「次」


 やがて無駄な音のまるでしない夜の中を待つこと一時間ほど、やっと列の最前列が見えてくる。

 俺たちがこの列の最後尾なので、この広場的なところも結構寂しい感じになってきていたところだった。 どうやら、列の一番前にいるのは一体の悪魔と一人の人間の少年らしい。いや、人間の方はよく見ると胸の膨らみがあるので少女か。


「ケイル様、これで最後です」

「あ、そうなの? はー、疲れた。なんか今日はいつもより多めだったね」


 黒髪の少女と悪魔の会話を耳にして俺は軽く驚かされる。

 どうも会話の中身と態度を見る限り、一本角の悪魔より人間の少女の方が地位が高いらしい。

 もしかして、一見ただの女の子に見えるが、実はあの子も魔物か何かなのか?


「はい。じゃあ、アンタ達は第四十番倉庫。ここにバッジがあるからそれぞれ付けて」


 近くにポツンと置かれたテーブルの上に置かれた銀製のバッジ。

 それを列に並ぶ人たちが順にとっていく。

 そして当然のように俺もバッジに手を伸ばそうとしたのだが、ちょうどドネミネの分でバッジがなくなってしまう。


「あ、バッジなくなっちゃった。こういう時ってどうすればいいんだっけ? ネクロシスは何て言ってた?」

「申し訳ありません、ケイル様。私にはわかりかねます」

「だよね。あ、アンタ達は第四十番倉庫の方に行っていいよ」


 唖然とする俺の前で、ぴったり俺の直前までの列の人々は街の奥へ消えていく。

 一瞬ドネミネが俺の方を振り返り、心底楽しそうに笑っている顔が見えた。とても腹が立った。


「さて、どうしよっかな。残ってるのは……四人か。やっぱバッジないとマズイよね」


 俺の後ろにはもう三人しかいない。凄まじい居心地の悪さに襲われ、胃が痛くなってきた。俺の身体に胃があるのかは確認したことないけど。


「ケイル様、会議の時間が近づいています。よい対処方法が思い当たらないならば、殺してしまえばどうでしょう。家畜の一匹や四匹。消えても問題ないと思われます」

「あー、たしかにね。でも……」


 不穏な気配に俺はローブの中に隠した剣の柄を握る。

 これは最悪のパターンもありうるぞ。

 俺は緊張に身を硬くさせ、次の一言を待つ。



「僕の前で人間を家畜って呼ぶなって言ったよな? そうだろ、悪魔ゴミクズ?」



 ――突如燃え上がる漆黒の火焔。

 まったく予期せぬ熱量に俺はあっけに取られてしまう。

 黒々しい炎は悪魔を一瞬で包み込み、黒火が消えるとそこにもう先ほどの悪魔の姿はなかった。

 え。なにこれ。

 わけのわからない俺は、ただ茫然と立ち尽くすのみ。


「まったく困っちゃうよね。僕も人間だっていうのにさ。なんでこう悪魔って気が利かないんだろう。アンタ達もそう思わない?」

 

 頷いていいのかわからない俺は、曖昧に苦笑いで答える。

 しかし考えてみれば俺は深くフードを被っているので、このなんともいえない感情はきっと伝えれていないだろう。

  

「まあ、いいや。とりあえずアンタ達は三十八番倉庫の方に連れて行くよ。たしかあそこのバッジにはまだ余りがあったはずだから。ほら、ついてきて」


 颯爽と踵を返す少女に、俺は黙ってついていく。

 この子は夜の王に属しているようだが、どうも色々わけありそうだな。


「本当は外に逃がしてあげたいんだけど……それは今の僕にはできないんだ。ごめんね」


 前を歩く少女は、暗い声を夜の闇に零す。

 逃がしてあげたい。きっと捉えられた人間たちに向けた言葉だろう。

 だが俺には少女の言葉が、逃がしてあげたいではなく、逃げ出したいに聞こえたような気がした。 




――――――



 コツ、コツ、と廊下を叩く靴音が反響する。

 窓から見える二つの月は、黄金を夜に輝かせている。

 肌寒い季節になった。そんなことを考えながら彼女――ケイル・ライプニッツはヴィーナス城の渡り廊下を一人歩いていた。


「遅かったじゃない、ケイル。あんた以外の“幹部”はもう全員揃ってるわよ」

「やあ、アリス。ごめん、ちょっと今日の仕事は量が多くて」

「私に謝ったって仕方ないでしょ」

「それもそうだね。というか幹部全員が揃ってるの? 珍しいね」


 そして廊下の突き当りにある部屋の入り口で、一人の女が鋭い声でケイルを迎える。

 滑らかな金色の髪に、透き通る蒼色の瞳。

 一見すると人間の美女に見えるが、彼女は夢魔サキュバスという魔物で、見た目通りの存在ではない。


「行くわよ」


 そんな夢魔であるアリスに続き、ケイルも開かれた扉の中に入っていく。

 きらびやかなシャンデリアに、漆塗りの円卓。

 部屋内に用意された椅子は五つあり、その内の三つはすでに埋まっていた。


「遅いぞ、ライプニッツ」

「ごめんね。それで今日の議題はなんなのさ。元々会議の予定なんてなかったはずだけど」


 空いていた席にそれぞれアリスとケイルが座ると、部屋の最奥にいた悪魔が冷たい声を発した。

 悪魔子爵ネクロシス。

 夜の王の配下の幹部内でも、普段まとめ役を担うことの多い悪魔だ。


「なんでもねー、なんかねー、凄いビッグニュースがねー、あるらしいよー?」

「ベリアル。勝手に喋るな」

「ごめんー、ネクロシスちんー」


 とぼけた顔でケイルへ喋りかけ、それをネクロシスに咎められるのは後頭部から巻き付くような角を生やす少年。

 彼の名は悪魔公爵ベリアル。

 悪魔としては若輩ながらも、夜の王から公爵の名を与えられた力ある悪魔だ。


「ほら、ケイルも来たんだし、さっさと始めなさいよネクロシス。私たちも暇じゃないんだから」

「わかっている。……出てこい」


 アリスが急かす言葉をかけると、ネクロシスは眉を小さく動かし言葉を部屋の隅へと投げかける。

 それにつられてケイルは部屋の隅に視線を動かすと、隅の影が蠢き人型の形をとるのを目撃した。


「こんばんわぁ~。僕の名前はスーイサイド。今日はちょっと夜の王さんのところにお邪魔させてもろてます~」


 影は一際大きな悪魔を姿作る。

 二本の巻き角に、先の尖った尾。

 軽薄な笑みを浮かべていて、毛の色は茶色をした悪魔。

 これまでまったく存在を感じさせなかったことに、ケイルは驚嘆した。


「わー、凄いねー、全然いることに気づかなかったよー」

「スーイサイドって、悪魔公爵スーイサイド? たしかあんたは影の眷属じゃなかった? なんでヴィーナスにあんたみたいのがいるのよ」

「あれぇ、僕のこと知ってるん? 嬉しいなぁ」


 アリスの警戒を超えて敵対心を露わにした視線を受けても、スーイサイドの弛んだ表情は変わらない。

 ベリアルはというと自らと同じ公爵の名に反応し、瞳を輝かせていた。


「アリス、逸るな。スーイサイド、さっさと本題に入れ」

「ぶふふっ! せやね。そうした方がよさそうや」


 ケイルは冷静にスーイサイドを探っていたが、どこか捉えどころがなく、すぐにその努力を止めた。

 夜の眷属。影の眷属。黒の眷属。

 魔物、特に悪魔種はそれぞれ生まれながらに、闇の三王のいずれかの眷属となるらしいが、影の眷属だけは他の眷属に比べて謎が多い。


「実は今日は、耳よりな情報を持ってきたんよ。この話は先にゴーズィ様にも通してある。それほどの情報や。耳の穴かっぽじてよう聞き? きっと僕に感謝しても感謝しきれんようなるから」


 スーイサイドの目が細まり、ケイルは嫌な予感を覚える。

 不穏な気配はそこまで近づいていて、むしろすぐ目の前に顕現しているような気がした。



「この街に今、悪魔と人間以外の存在が紛れ込んどる。それにそれだけやない。もっとデカい獲物が足下に潜んでる。君らの主がずぅっと探しとった、デカい獲物がなぁ?」




【Level:164/Ability:悠久の時(イーオン・テンプス)/Gift:嘆きの加護,憐みの加護,憂いの加護,狂気の呪い,混沌の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,ありふれたローブ,質の良い鞘】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ