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第28話 狂気と混沌



 貴方は誰ですか。この世界で闇の魔法使いと呼ばれるその女は俺にそんなことを尋ねる。

 俺はカガリビト。この世界で骨と皮の怪物として生まれた俺は、本来は違う世界の住人だ。

 なぜ俺はこの世界にカガリビトとして呼び出されたのか。

 カガリビトの生みの親であるはずのこの女が、俺のことを知らないのはどう考えてもおかしい。

 あまりの動揺に少し眩暈すらしてくる。

 俺は一体何者なのか。本当に俺はこのままディアボロの篝火を目指す旅を続けていいのか。

 ここに来て、根本的な問題が俺の目の前に立ちはだかっていた。


「そんなことはどうでもいい。私の問いに答えて貰おう、闇の魔法使い」


 しかし俺の隣りに立つソウルは、闇の魔法使いの困惑も、俺の狼狽も全て一言で切って捨てる。

 いくらなんでもどうでもいいって酷くないか。どんだけ俺に興味ないんだよこいつ。 


「え? どうでもいいんですか? 私的にかなり気になるんですけど……?」

「コレは私の武器だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「そうなんですか」

「待て待て。納得するなよ? 言っておくが、あんたの今の発言で一番ショックを受けてるの俺だからな?」


 だが女もぽん、と手を叩き何を領得したのかそれっぽく頷いている。

 俺が他のカガリビトとは違い、闇の魔法使いではない別の何者かによって呼び出されたという事実は、どうもそこまで大きなことではないらしい。

 ソウルはまだしも、闇の魔法使いである女ですらあっさり話を打ち切ろうとしている辺り、俺の過剰反応だったような気がしてくる。

 とりあえず先にソウルに気のすむまで話してもらい、俺に関する疑問はその後に訊くことにしよう。


「私の質問は全部で二つだ。先に問おう。貴様に私の質問に答える意志はあるか?」

「そうですね。そっちのカガリビトさんは例外ですが、基本的にカガリビトはみんな私の子供みたいなものですから、できる限り答えようと思いますよ。私のこと一生懸命探してくれたんですよね? 正直、嬉しいです。実は私も、カガリビトとお喋りするの初めてなんです」

「そうか。なら私のことはソウルと呼べ。私は自らの仮の名をソウルとしている」

「あ、ちなみに俺はカガリで通してるから」

「わかりました。ソウルちゃん。カガリちゃん。なんでも訊いてください!」


 いまいちキャラの掴めない女はそう言うと胸を張る。その際に豊かな巨波が漆黒のローブを揺らし、案外着痩せするタイプだということがわかった。

 張り詰めていた緊張がゆるりとほだされていき、俺は近くにあった適当な小岩に腰掛ける。


「一つ目の質問は、私が生まれるときに言ったあの言葉は真実か、というものだ」

「ああ、アレですか」


 悲しいことに、俺はいきなり話に置いてけぼりにされる。

 生まれるときに言ったあの言葉とは、はて一体なんのことだろう。

 目が覚めた瞬間、一切の説明なしにわけのわからないポチとの戦闘を余儀なくされた俺には、どこの誰にもありがたい言葉をかけられた記憶がない。

 いや、何か引っかかるな?

 目覚めの時、俺は誰かに言葉をかけられたような――、


「あの、“ディアボロの篝火を辿れ、さすれば汝に生者の喜びと朽ちることなき名を与えよう”、という奴ですね? たしかに私はカガリビト全員にその言葉を送っています」

「そうだ。その言葉だ。その言葉は真実か?」

「……はい。もちろん。その言葉に嘘偽りは一つたりともありません。ディアボロの篝火を辿り、闇の三王を打ち滅ぼしたあかつきには、生者の喜びと朽ちることなき名を与えます」


 ――女は目を細めて笑う。

 それにしても案の定まるで聞き覚えのない台詞だ。生者の喜び? 朽ちることなき名? 初耳だ。ディアボロの篝火を辿れという言葉も、親切だか不親切なんだかわからない湖の精霊に言われただけだからな。

 

「そうか。わかった。なら二つ目の質問だ」

「はいはい。ばっちこいです。なんですか?」


 そして手を合わせて実に楽しそうにする女に対し、ソウルは次の質問へ移るらしい。

 思っていたより人懐っこい女の言動に、本当にこの人が闇の魔法使いなのか少し疑問に思った。


「なぜ貴様は私たちカガリビトを創った? なぜディアボロの篝火などという魔法を発動させたのだ?」

「え? そんなことですか? 決まってるじゃないですか。私は一応人間ですので、闇の三王に支配されたこの時代を終わらせたかったんです。全て人間のため。その一心ですよ」

「それはおかしい」

「……はて? 私が言ったことのどこがおかしいんですか?」


 女の笑顔が一瞬凍りつく。

 ソウルの口調はずっと一定のままだが、俺にはなんとなく女の雰囲気が少し変化した気がする。

 女の頭の上にかぶされたままの、猫を模した仮面のようなもの。

 もしかしたら、俺はまだこの女の本当の顔を見ていないのか。


「私は自らのルーツとなった“ディアボロの篝火”と呼ばれる魔法について長い時間をかけて調べた。調べた結果、この魔法を発動させるためには大量の魂が必要。貴様は人間の魂を使って、魔法を発動させたな? 人の為という割には、ずいぶん多くの人間をすでに犠牲にしているようだが、それはなぜだ?」

「……魔物の魂を使ったという可能性もあるんじゃないですか?」

「ディアボロの篝火によって召喚される怪物は、代償として支払われた魂の形に似る。私たちはカガリ“ビト”だ。この姿が犠牲になった魂が何かを表している」

「……正~~解~~! よく勉強してますね、ソウルちゃん! たしかに私はこの魔法を発動させるために数えきれないほどの人間を殺しました。でも、大いなる成功のためには、多少の犠牲は必要でしょう?」


 女の黄金の瞳孔が縦に開く。

 あれほど愛嬌のある雰囲気を纏っていた女から、滲み出るような狂気を感じる。

 やっぱりこいつが、闇の魔法使いだ。

 俺は嫌な緊張が戻ってくる気配に気落ちした。


「それだけではない。このディアボロの篝火という魔法は、発動者が生きている限り続く魔法だ。もし貴様の望み通り、カガリビトが闇の三王を打ち滅ぼしたとしても、その後の世界は人間の世界にはならない。貴様の言葉による目的地を失ったカガリビトで溢れる、怪物の支配する時代に変わるだけだ」

「……これまた大~~正解~~! よくそこまで調べ上げましたね! ソウルちゃん! 実はそうなんです。私、二つ目の質問には嘘ついちゃいました。ディアボロの篝火を発動させたのは、人間のためなんかじゃありません」


 真っ赤な舌をペロリと出して、女は邪気まみれの笑みを浮かべる。

 やっぱりカガリビトの生みの親、ろくな奴ではない。


「ただ見てみたかったんですよ。人間、魔物、そしてカガリビトが血を血で洗うような争いをする光景を。混沌。私はその素晴らしさをこの世界に教えたかっただけなんです」

「そうか。それが本当の理由か」

「はい。そうですよ。これは嘘じゃないです。正真正銘、本気でそう思ってます」


 女はニコニコしながら、ソウルの瞳を覗き込む。だがソウルそれでも微塵も反応を見せず、いつものように白銀を闇に煌めかせるだけ。

 この場にいるまともな奴は俺だけであると、改めて確信した。


「でも、それがどうしたんですか? ソウルちゃんはカガリビト。人間なんてどうでもよくないですか? 生者の喜びと朽ちることなき名を手に入れても、怪物であることには変わりない。なら、むしろ人間の時代なんて終わった方がよくないですか?」

「……え? そうなの?」

「そうだな。人間などどうでもいい。この質問も単純な興味からだ」

「ですよね! よかった。それなら一安心です」

「え? え? ちょっと待って? え?」


 完全に無視されているが、今俺は聞き捨てならないことを聞いたぞ。

 生者の喜びと朽ちることなき名を手に入れても、怪物であることには変わりない? どういうことだ。

 ディアボロの篝火を辿れば人間に戻れるとばかり思っていたが、もしかして違うのか。生者の喜びって人間になれたヤッター的なことじゃないのか。


「質問は以上だ。それで貴様はこれからどうするつもりだ? 知っているとは思うが、貴様はじきに夜の王ハイマに捉えられるぞ。時間の問題だ」

「あ~、そうなんですよね~、それ困ってるんですよ……なので実は、こちらから“ヴィーナス”に乗り込もうかと思ってます」

「……強気だな」


 結局混乱する俺には二人とも目もくれず、会話は進行していく。

 本格的に俺は自分がこの旅の途中にいる理由がわからなくなってきた。

 俺は一体どうすれば、人間に戻れる、元の世界に帰れるのだろう。


「ちょうどそろそろ一体くらい潰そうかなって思ってたんですよ。私一人ではぶっちゃけキツイかなってところだったんですが、偶然にも! ソウルちゃんとカガリちゃんが私に会いに来てくれたので! これはチャンスですよね!?」

「……私たちも連れて行くつもりか?」

「当たり前じゃないですか。そのために創ったんですからね。カガリちゃんはよくわかんないですけど」

「おい。なんか話進んでるけど、さっき言ってたヴィーナスってなんだよ?」


 しかしここでそろそろ話に追いついておかないとまずい気がしてきたので、俺は無理矢理会話に割り込む。

 どうやらこの女はどこかに行こうとしていて、そこへ俺とソウルも同行させるつもりらしい。


「あれ? カガリちゃん知らないんですか? ヴィーナスは夜の王が住んでいる魔物の都のことですよ」

「……は?」


 夜の王の住んでいる魔物の都。

 ということはつまり、必然的に、ついにその時が来たということなのか?


「ディアボロの篝火。その三つの炎の内の一つが灯る地、そこがヴィーナスです。心配しないでください。私は転移系の魔法が使えますので、すぐに着きますよ? カガリちゃんたちは運が良いですね。カガリビト的には、ですが」

「とうとう、その時が来たってわけか……」

「そうか。目標のレベルまでは到達しなかったが、闇の魔法使いと共に戦えるならば勝機もあるやもしれん」

「そうですよ! 私とカガリちゃんとソウルちゃんが力を合わせれば、夜の王なんてチョチョイのチョイです! 本当はもうちょっとパワーバランスが均衡した状態を保ちたかったんですが、なんか殺されそうなので、先に殺しちゃいましょう!」


 かれた魔女は無駄に元気よく声を張り上げる。

 闇の三王、か。話に聞く限りとんでもない化け物とのことだ。それにその怪物との戦いの先に、俺の望むものはない可能性が高い。

 しかし、なぜだろう。

 なのに、俺はなぜか、自然と剣の柄を力強く握ってしまっている。

 楽しみなのか? 俺も中々に狂気染みてきているじゃないか。


「ソウルちゃん、カガリちゃん、頑張って私を守ってくださいよ? 私が死んだら、多分貴方たちも消えちゃいますから。あ、カガリちゃんは違うかもですけど」

「死に怖れはない。私は自らの存在理由を証明し続けるのみ」

「まあ、とにかくその夜の王とやらを倒せば、俺をこの世界に呼んだ奴の手掛かりが得られるかもしれない。いっちょやるしかないか」


 妖しく微笑む闇の魔法使いは両手を広げ、俺たちを歓迎する。

 そこにただならぬ邪悪を感じはしたが、それは歓迎を拒絶する理由にはなりえなかった。


「あ、そういえば、まだ私の名前を教えてませんでしたね」


 そしてさざ波一つない湖の前で、女は今思い出したかのように目を見開く。

 俺やソウルとは違って、本当の名前がこいつにはあるのか。

 だけど意外じゃないか、むしろ当然だな。



「私の名前はドネミネといいます。仲良くなりたいので、私のこともちゃん付けか呼び捨てでいいですよ」




【Level:164/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:嘆きの加護,憐みの加護,憂いの加護,狂気の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,ありふれたローブ,質の良い鞘】

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