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第27話 闇の魔法使い

 


 闇の魔法使い。

 それは今から数十年前にディアボロに現れた一人の魔女のことを指す。

 “夜の王ハイマ”ゴーズィ・ファン・ルシフェル。

 “黒の王ドラコ”ピルロレベッカ・ナーガイン・シヴァ。

 “影の王スキア”ラグナ・イビ・クロノス。

 闇の三王と呼ばれる神に等しい圧倒的な力を持った三体の魔物。この闇の三王によって支配されていたディアボロにその魔女はある日突然現れ、こう宣言したという。


『私が闇の時代を終わらせよう』


 彼女が唱えたのはたった一つの魔法。

 ディアボロの篝火。

 人々はその魔法の名を知らなかった。だがその輝きは彼らを照らした。

 魔物たちはその魔法を見たことがなかった。だがその光は彼らに陰を落とした。

 闇の三王が治める地にそれぞれ三つ燃え盛った、天を穿つほど大きな篝火。

 その炎に触れるものは人魔関わらず灰塵へと変えられ、闇の三王でさえその業火を遮ることはできなかった。

 しかしディアボロの篝火がこの世界に齎したのは、光と熱だけではない。


 “カガリビト”。


 彼女が闇の魔法を唱えたその日を境に、ディアボロのありとあらゆる場所に骨と皮の怪物が姿を見せ始めたのだ。

 人々は初めその怪物たちを魔を打ち払う兵士だと思った。だがその怪物たちは人々の命を容赦なく奪っていく。

 魔物たちは初めその怪物たちを自らの同族だと思った。だがその怪物たちは魔物の命を嬉々として屠っていく。

 骨と皮の怪物は人魔関わらず全ての生命を喰らおうと世界を闊歩する。

 やがて人々と闇の三王は気づく。その異形の生命喰らいがディアボロの篝火を目指して細い足を動かしていることに。

 篝火に向かうヒトの形をした怪物。ゆえに彼らはカガリビトと呼ばれたのだ。


 彼女の言う通り、闇の時代は終わった。


 無尽蔵に湧き続けるカガリビトの数は年月を経るごとに増えていく。闇の三王もカガリビトの侵攻への対策に頭を悩ませるようになる。

 しかしそれは人間の時代の復活とは成り得ない。人々にとっては、自らの命を狙う怪物の種類がまた増えただけ。

 そして闇の三王、人間、両者を敵に回した闇の魔法使いは行方をくらます。


 魔物、人間、カガリビトが入り乱れる混沌をディアボロに残し、彼女は姿を消したのだった。




――――――



 あれほど濃かった霧地帯も抜け、俺は黒い岩肌の露出が多い広陵地を歩いていた。

 前方にはソウルとサイガードという二体のカガリビトがいる。この中では俺が一番背が低く、サイガードが最長身だった。

 闇の魔法使い。

 話によれば、俺たちカガリビトとディアボロの篝火を出現させた張本人がそう呼ばれていて、俺たちは今のそのおそらくこの世界で最も有名であろう魔女の下へ向かっている途中だ。

 なぜ俺がこんな世界に呼び出されたのか、もしかしたら、というよりまず間違いなく闇の魔法使いなら知っているはず。

 大きな期待と少し不安を抱きながら、俺は二つの異形の背中を追い続けていた。


「しかしよく闇の魔法使いの居場所を突き止めたな。この前は、近いうちに夜の王の眷属が闇の魔法使いを見つけ出す間近だと言っていたが、まさかそれに先んじて貴様が見つけ出すとは思わなかった」

「ぶふふっ! 実は夜の王の眷属の情報網を僕がちーとばかし利用させてもらったんです。さすがに闇の魔法使いを夜の王に見つけられると困りますからね。正直ソウルさんには期待してますよ。闇の魔法使いとの邂逅を経て、このピーンチをなんとかしてくれると」

「貴様はすでに闇の魔法使いと一度会っているのか?」

「いんや。僕もまだ実際に会ってません。違うところにまた逃げられたらかないませんし」


 ソウルたちの会話を後方で聞きながら、俺は適当に闇の魔法使いに対するイメージを膨らます。

 噂では女らしい。カガリビトなんて趣味の悪い生き物を創り出すくらいだ、相当捻くれた女なのだろう。

 しかもこのディアボロで闇の三王とやらだけでなく、人間側からも相当怨みを買っているという話も聞く。そんな全方位敵だらけの世界で逃亡生活を続け、今もなお暢気に生きている。常人離れした精神状態にあるだろうことは簡単に予想できた。

 なんだか段々会いたくなくなってきたな。というか本当に会って大丈夫なのかすら心配だ。

 元々は俺たちカガリビトはその女の魔法で創られた存在。だとしたら、俺たちを生かすも殺すもその女次第の可能性が高い。ちょっとでも機嫌を損ねたら強制的に存在消滅とか笑えないぞ。


「なあ、その闇の魔法使いとやらはどんな奴なんだ? そもそもソウルはそいつになんの目的で会おうとしてる?」

「お? カガリくんもやっぱり興味あるん? そらそうよね。なんたってカガリビトの生みの親。このディアボロ全てを敵に回した女やもんな。でもごめんな。僕もどんな人間なのかはほとんど知らないんよ。さっきも言った通り、僕も会ったことないから」

「私は闇の魔法使いに尋ねてみたいことがある。それゆえ以前から彼女を探していた」


 とりあえず俺が気になっていることを実際に口にしてみたが、不安は一切解消されない。

 そういえばソウルはディアボロで初めて現れた最古のカガリビトだと誰かが言っていた気がする。そんなソウルでも初めて会うのか。案外幸運な機会に俺は恵まれたのかもしれない。

 だが俺も訊きたいことがあるの一緒だ。

 そう。俺はそもそもカガリビトなんかじゃない。人間だ。しかも別の世界の。

 なるべく不興は買わないようにするつもりだが、その事に関してはどうしても直接闇の魔法使いに訊いてみたい。


「あ、そろそろ見えてきましたよ。あの洞窟ですわ」

 

 そうやってしばらく歩き続けていると、やがて大きな洞穴のようなものが見える。

 なんとなく嫌な思い出が甦るが、俺はそれを意識的に無視した。


「あの洞窟の奥にある湖のほとりに闇の魔法使いがいますんで。それじゃあ、あとはまあ、頑張ってくださいな」

「貴様はこないのか? サイガード?」

「僕は特に会う理由ないですからね。この通り、僕は弱いですし」


 サイガードは自らの頬に刻まれた44の数字を指さしながら、例の嫌な微笑みを浮かべる。

 俺にも粘っこい視線が送られてくるが、舌打ち混じりに顔をそむけやり過ごす。 

 

「また会える日を楽しみにしてますよ、ソウルさん。……あと、君もね? カガリくぅん?」


 ソウルと俺はどちらとも返事をしない。それにサイガードは何が面白かったのかたまた一度ケラケラ笑うと、一瞬で霧の如く消え去る。

 そしてサイガードがいなくなったことを確認したソウルは、光明一つない闇の中に足を進めていく。

 当然俺もそれを追い、空気交換の行われない呼吸を荒くさせながら、歩幅を大きくさせた。




 洞窟の中は少しひんやりとしていて、ほんのり蒼く光る茸のようなものが壁ところどころに生えている。

 俺とソウルの足跡だけが響く狭い道は幻想的な雰囲気を纏いつつも、どこか落ち着かない感じだ。

 この蒼光と狭隘で暗い道を歩いていると、俺がこちらの世界にやってきた当初の頃を思い出す。

 目が覚めると身体には骨と皮しか残っていなく、いきなり命を狙う化け物に襲われた。

 何度も死にかけながら、俺はなんとかまだ生きながらえている。この姿で生きながらえていると言っていいのかはわからないが、とにかく死んではいない。

 人間を止めてからどれほどの月日が経ったのかももうわからなくなった。

 俺は元の世界に帰るつもりでいるが、果たして戻ったところで時間軸的なアレは大丈夫なのだろうか。

 本当の名前はなんと言うのだろう。本名もカガリとかさすがにないだろうな。


「……うお。どうしたんだよ?」

「相変わらず情報だけは信頼のおける奴だ」


 気づくとソウルが足を止めていて、思考にどっぷりつかっていた俺はついつんのめりそうになってしまう。

 視界に映る景色に意識を向けると、薄暗くてよくわからなかったが、知らない間に狭い道は抜けていたようだ。

 申し訳程度に暗闇を照らす茸が頭上にも大きく広がっている。まるで星々の煌めき。

 数歩前に踏み出し、ソウルの横に並び立つと、目の前に何か異質な気配を感じる。

 それはこれまたどこかで見たことのあるような大きな湖。

 そしてその湖の際に、闇に溶け込むように静かに立つ小さな影が気配の正体らしい。


「貴様が闇の魔法使い……私たちを創り出したニンゲンか?」


 ソウルの声が闇に投げかけられる。

 すると小さな影がこちらへゆっくりと振り返った。

 

 黒い髪に黄金の瞳。


 頭に仮面のようなものを付けた人間の女は、まず初めにソウルの顔を見て、次に俺の顔を見る。

 すると俺の顔を見たところで女は不思議そうに首を傾げ、眉間に皺を寄せた。

 俺の胸に生まれる微かな騒めき。

 そのさざ波は、次に女――闇の魔法使いが口にする一言によって大波へと変化する。


「え、えーと、そうです。私が“闇の魔法使い”で合っていますし、銀色の瞳をした貴方は私の創ったカガリビトで間違いないんですけど……そっちの隣りの黄金の瞳をしたカガリビトはどちら様ですか? 貴方は私の創ったカガリビトじゃないですよね?」


 想像とは裏腹に気弱そうな声で、闇の魔法使いはそう呟く。

 

 まさか。

 いや違うだろ。

 なんで俺が質問される側なんだ。

 

 そして本気で困ったような表情で、真っ白な指で俺を真っ直ぐとさし、闇の魔法使いはありえてはいけない質問をもう一度繰り返した。



「貴方は誰ですか? 私の知らないカガリビトさん?」




【Level:164/Ability:悠久の時(イーオン・テンプス)/Gift:嘆きの加護,憐みの加護,憂いの加護,狂気の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,ありふれたローブ,質の良い鞘】  

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